21 果し合いまで六時間 相生家
文字数 3,504文字
桧に怒られたけど、あっという間に十六時半だ。藍菜はやけに慎重で、落窪さんが戻るまではモスプレイで待機を続けるらしい。
柚香も待っているし早めに終わらせよう。恋人同士が二人きりになれるのはボーリングの日以来だ。
「元ハーバーランド支部長の落窪さんですよね。私はあなたが去ったあとに本宮直属となりました。いまはハウンドピンクと本名しか名乗りません。春木千由奈です」
「かわいくてしっかりした子ですね、ぐひひ。私は本名も落窪ですが、下の名は一狼太でなく一朗太です。ぐひひ」
「私は親衛隊員だった岩飛です。本名は忘れてしまいましたが、精霊ネームは南極トビーです」
「あなたも存じてますよ、ぐひひ。原田のお気に入りでしたよね、ぐひひひひひ」
元布理冥尊の三人が千由奈を中心にテーブルへ並ぶ。対面では落窪さんをセンターに俺と桧が両脇。俺と岩飛は庭から持ってきたデッキチェアだ。座面が低いからみんなを見上げる感じ。
「スカシバレッドの妹の相生桧です。いつも兄がお世話になっております」
「これまたしっかりした娘さんだ……。スカシバに似ていますね」
「彼女は初対面だと必ずそう言われます。でも中身は大違いですぞ。――私は千由奈に次いで親衛隊に若くして昇格した洞谷湖佳でございます」
「ぐひ、執務室長よりも早く?」
「奴は親衛隊を通り越して本宮直属になりましたのでカウントしませぬ。
本日落窪殿が来られた理由は推測できますな。千由奈を恐るべき戦いに誘うため。ああ、我が身が山犬の爪と牙に裂かれようとも彼女を守ります。
代わりに岩飛殿を貸し出します。彼女は幾多の戦いを無傷で生き延びたラッキーの持ち主です。いずれも彼女以外は全滅しましたが」
「いえいえ。特性のおかげですよ」
岩飛は照れているが、彼女の愛嬌はおそらく黒岩に通用しないし、通用しても彼女が生き延びるだけ……。沈黙が流れているではないか。ホストとして俺が発言しないと。
「ハウンドピンクの術はハデスブラックに通じるのか?」
「敵を弱め味方を強める花吹雪。月にも通じた」
千由奈はこそこそ言うけど、俺は西新宿の戦いを思いだす。レイヴンレッドが月明かりを至近で弾いたな……。深雪の祓いよりもすごくないか?
「敵のレベルが一割落ちて、こちらのレベルは一割上がりますな。『宴の後』の中では、月ですら生身から変身できませんでした。さらには桜散れ。弱った状態でかけられたら、もはや誰も逃げられませぬ。とどめに春風の治癒。コンディションとライフを同時に復活させます。それはどこかの雪と違い、授けた半分しかおのれのコンディションを減らしませぬ」
ちっぽけな雪割草の、越えられない夜桜の壁。俺はスマホで計算する。消費税の要領。189X1.1=207.9。千由奈がいるだけで規格外だ! レイヴンレッドがレベルより強く感じた理由が分かった。
「俺からもお願いす」
「隊長も千由奈が現れることを想定するでしょう。まずは全力でハウンドピンクを倒しに来ます。おお、なおさら行かせられませぬ」
「頼るべきは夜桜と猟犬。だがハデスブラックの特性はそれよりも恐ろしい。冥王星は空に浮かび、絶望の闇に包みこませる」
落窪さんが誰にとでもなく言う。
「玄武岩は土と一体になれる。四神獣の玄武のように幻亀と幻蛇にて襲い、みずからも爬虫類のごとく牙を持つ。毒を持つ。貪は、むさぼるような攻撃を表します。ぐひひ……」
「その実体は巨大な黒い悪魔。ペンちゃんでさえ一口サイズですよ」
岩飛も会話に参加する。
空を飛ぶし地面にもぐるし、でかいし……。勝てるのか?
千由奈は腕を組んでいる。
「千由奈本人はどう思って――」
「お兄ちゃん! 押しつけないの! このために私たちの家に匿っていたの? そんなのは正義じゃない。無理やり戦わせるのも正義じゃない!」
桧が立ちあがって怒鳴る。愛らしい顔で……、本気で怒っている。お兄ちゃんを戒めるでなく敵視するような眼差し。
「桧と湖佳には感謝するが、私は参加してもいいと思う。いざとなればみんなを離脱させられるし……、あの男を倒せば大司祭長の目も覚めるかもしれぬ」
千由奈が俺を見ながら言う。
「それでも執務室長が残ります。城壁のごとき結界を自分や他人にまとわせられる。すべてを打ち崩す鉄槌のごとき波動。そして、精神エナジーを律する」
落窪さんはお茶をすすったあとに。
「私は隊長よりもリーガルエボニーのが怖いと思いますよ。もしあの二人が一緒に現れたなら、ぐひひ……」
病院屋上でハウンドピンクにかけられていたものこそが、城壁の結界かも。アフガンハウンドとアナグマは、お祭り娘の十三夜を二発喰らっても生き延びた……。
「あり得ますぞ。千由奈、この戦いには絶対に行ってはいけない」
「やっぱり私も行きませんよ。いくらペンちゃんがブリザードを起こせると言っても、冥王星は最初から凍っているし」
地吹雪? でかいだけと思っていたペンギンは、そんな格好いい技を使えたのか。
「真壁律が現れるのならば、私は参加する」
千由奈が宣言する。
「その代わり、ハウンドピンクと組むのはスカシバレッドだ。一緒にリーガルエボニーを倒してもらう」
中学生女子が、俺へと不敵に笑う。
***
柚香は夢月と組むと宣言した。あの二人のが俺よりずっと修羅場でもプライベートでも付き合いが長いわけで、仲直りできたのならば、それがベストなのだろう。
そして俺には最強の補助系パートナーがつく。西新宿で俺たちを手玉に取った焼石より活躍しないとならない……。レイヴンレッドも現れる。奴が狙うのはハウンドピンクだろう。と見せかけてスカシバレッドだったりして。
花鳥風樹で絶対的存在である千由奈には誰も逆らえない。最後は湖佳も「自己責任だね」だけだった。
「裏切ったと思わぬことです。君たちはこちらを選んだのです、ぐひひひ」
落窪さんは学校の先生みたいだ。いずれこちらも裏切らせる、腹黒すぎる教師だ。
「落窪さんみたいに、私たちも転生できるのですか?」
カップアイスクリームを食べながら千由奈が尋ねる。
「四十近い私でもできた。と言ったほうが正しいですよ。皆さんならばもっとたやすく時間制限などもなく、正義の味方になれますよ、ぐひひひ」
抹茶アイスを選んだ落窪さんが言う。
「わお。モスみたいにエロエロになれるんすね。千由奈さん、そちらにしましょう」
岩飛が喜んでいるけど、こいつは黒ビキニかペンギンで充分だ。でも、桧はそっち系のコスプレが似合うと思う。……そうだ。
「妹の特性を藍菜に調べてもらえませんか? バイクで転送します」
「今日はやめましょう、ぐひひ。あの方も暇じゃありませんので、ぐひひ。それよりも妹さんは精霊になれるのではないですか? 力を感じますよ。ぐひひひひ」
一戦しただけで?
チョコミントを食べていた桧が、「そうかな?」と向かいの湖佳に尋ねる。
湖佳は「さあ」と返事して、「マントをルナシーなルナに奪われました」
落窪さんと千由奈にはうける。他の三人は意味が分からない。
「私のでよければ譲りますよ、ぐひひ」
落窪さんの手に黒いマントが現れる。
「私はもうリベンジグレイでしか戦いませんので。今夜もです。ぐひひ……」
「変身できるかな?」
そう言いながら桧は立ちあがる。
「恥ずかしいから別の部屋で試してみる。湖佳付き合って」
落窪さんから黒いマントを受けとって、二人は出ていく。私も行きますと、岩飛があとを追う。俺も見たいけど我慢する。
「百夜目鬼が現れるかもしれない。私は奴の力を知らない」
三人だけになったところで千由奈が言う。覚悟を決めた呼び捨て。
「レイヴンレッドとの駆け引きみたいに、私は今まで、かの団体の内情に口をつぐんできました。しかしウィローブルーはぺらぺら喋りました。もはやすべて言ってもいいでしょう。
その精神エナジーは本宮を築くのに使われています。あの女が現れるのは本宮を見捨てた時です。ぐひひ」
「強いのですか?」俺が聞く。夢月は恐れていた。
「滅法もなく」落窪さんが言う。「レジスタンス本部が力を温存するほどに」
温存?
「月とどちらが強いのですか?」千由奈が聞く。
「おそらくは太陽」落窪さんが答える。「魔女の特性のひとつは太陽です」
***
「精霊になれたよ。メイド姿だった。力はまだ込めなかった」
桧が元の私服で戻ってくるけど、メイド服だと! 見たかった。いや見たい。ぜひもう一度ここで――。
「マントの色が変わった」
桧の手に青白いマントが現れる。
「千由奈」と湖佳が耳打ちする。
千由奈の顔色も蒼白と化した。