12 嵐の前の親睦会
文字数 2,365文字
でっぷりしたお姉さんが出迎えてくれた。
「
蘭が会釈する。待ちすぎると水族館に行けなくなる。
この人が立会人で、西のレジスタンスを長らく支えてきた
「月は相変わらずめっちゃかわいいな。いろいろ伝わってるで。あんまり無茶せんようにな。――そっちがスカシバ君と噂のオウムさんか」
関西ではスカシバレッドよりアメシロのが噂の的だったのか。
「か弱い姿に転生させてスーパーなるにも条件付けて、なったらばーんと来てどんか。夏目もいろいろ考えよるな。お二人はもう待ってるで」
稲葉さんはさくさくと歩いていく。
***
真ん中に椅子を開けて、長身の色男と小柄でごついのが座っていた。二人して、入場した夢月を口を開けて目で追い続ける。稲葉さんの咳払いに、ようやく我に返る。
夢月が一番奥にどんと座る。その隣に俺が座り、茜音、蘭さんと続く。蘭さんの向かいに稲葉さんが座る。テーブルには水の入ったコップとナプキンしか置いてない。
「うちのエースがすみませんね。
背の高い色男が縁なし眼鏡の奥の目をひん剥いて言う。
正義の心が発動しかけたけど、俺たちへの怒りが培養されたゆえの顔だ。とは言っても高そうな服を着崩して、堅気じゃない匂いが見え隠れする……。堅気に決まっているけど、この人がアギトゴールド。特性は
「
ブランドのジャージで身を固めた坊主頭が顎をあげて言う。首もとには銀色のチェーン。プラチナと値札をぶらさげたまま。この人がレアプラチナでもレアメタルでもなくレアシルバー。特性は
「標準語で喋れ。かゆくなる」
サント号撃墜の主犯が、向かいの亀田に言う。
亀田のおでこに血管が稲妻のように浮かんだ。
「JKが偉そうにすな。俺はコンスタ入るまで、三歳児からずっとボクシングやってきた。インターハイに――」
亀田の前のコップが消えて、その頭上に現れる。水をだぼだぼ落として、もとあった場所に戻る。
「夢月!」蘭さんがJKを引きずって室外に行く。
こっちサイドは俺と茜音だけが残る。桑原は俺を睨んでいる。亀田はおしぼりで坊主頭を拭いている。いたたまれない。模擬戦が待ち遠しくなってきた。
「あの子は頭がおかしいのです。すみませんでした! ……半年で卒業ですよね? 進路はお決まりですか?」
茜音が頭を下げたうえに健気に話題を振る。
「家業を継ぎますわ。中身は第三者には教えません」桑原が言う。
「裏稼業してたら就活などまともにできんさかい、ユーチューバー試しているところです。広報に載っている格闘技チャンネルの広告、あれがうちです」亀田が言う。
「…………お二人とも国立大ですよね? 穂村さんも」
「おかげさんで、うちらは頭と体と顔だけは丈夫に生まれてきましたからね。ほむちゃんは二年生だから、あんたらと学年一緒や」
ほむちゃんだと?
「二人とも女性に変身するのは、穂村に媚びるためですか?」
単刀直入に聞いてみたが、静まってしまった。生粋の東京言葉が通じないのか?
「こいつらはね、もともと二人でコンビザスーパースターしてたの」
ずっと黙っていた稲葉さんが口を開いた。
「その時から女性に変身してたわ。うけ狙いちゃうで、あんたらと同じ作戦や。穂村は気にいらないみたいだけどね。あの子は自分よりかわいい子しか――」
仏帳面の夢月が蘭さんと戻ってきた。自分の椅子に座るなり、コップの水をおのれの頭にかける。俺のコップの水までかける。
「これで許してください」亀田へと頭を下げる。
「許す、許す」トリオスの二人が笑う。
***
会話もないままの二十分後。
「ごめんなさい、明日と勘違いしてました」
穂村が焦ることなく入場してきた。
桑原と亀田の目じりが下がる。彼女は夢月と目を合わせようとせずに俺の前に座る。服装よりも胸よりも、引きつけられるように顔へと目を向けてしまう。
「相生君、先日はありがとう。あの二人きりの時間がなければ、後味の悪い夜になっていた。……あんたは優しかったと」
黒目がちな大きな瞳で見つめてくる――。
これこそ須臾にして久遠! 俺はまた巡りあえた。
柚香も夢月も桧もどうでもいい。整いすぎじゃないのに絶妙なパーツの配置。愛嬌に満ち満ちたかわいさ。なのにかすかに憂いある瞳。まさに博多美人と京都美人を足して二で割った美貌。いや割っていない。
両隣の男たちの真なる怒気など関係ない。俺たちはひたすら見つめ――
「いてえええ!」
椅子から飛び上がってしまった。二の腕をペンチで二回転ひねられた衝撃。
「つねったくらいで騒ぐな!」
夢月も立ちあがる。
「レオフレイム、智太君に色目を使うな! 遅れてきたのだから始めるよ」
「落ち着け、座れ」蘭さんが言うけど。
「折角の機会だからみんなで睦みあうための食事会でしょ。そんなことも分からないの? 分からないのなら、二人だけで戦いましょう。屋上でいい」
穂村まで立ちあがる。その手に端末が現れる。
「穂村! けったいぬかすとどつくで、ほんまに!」
稲葉さんが叫ぶ。
「蘭、食事は後にしよ。こりゃ、なに食ってもおいしくないわ」
「蘭さん……、私は辞退したい」
茜音は眉間に手を当てていた。