28 鳳凰孤軍奮闘
文字数 3,376文字
「大司祭長はお前を見て、殺すのはやむをえないと判断した。ちなみにハウンドは、死んで枯渇した精神エナジーさえも追跡できるようになった」
見れば分かる。レイヴンレッドはうずいているのに冷静だ。こいつは紅月を倒して、弱った生身の姿を捕獲するつもりか。
いまの俺には何もできない。ハイエナの化け物から漏れる笑いを聞かされるだけ。電気で体が痺れる。茜音の体もぴくぴくする。
「紅月照宵。赤同士、戦いあう宿命だったかもな」
レイヴンレッドが紅月の前に浮かぶ。
「私は偽りに囚われていた頃から、お前とソードを交わす日を待ち望んでいたかもしれない」
「私はスーパームーンだ!」
その手からルビーソードが消える。
「やっぱり月明かりを使う。せいや!」
野生の感。想定外。レイヴンレッドの顔色が変わる。
向かいあって、お祭り娘が現れる。
「二十三夜、二十三夜、二十六夜、二十六夜、二十三夜……」
レイヴンレッドは後ろに飛びながら、至近で月明かりをことごとく弾く。
「中坊め……」
紅月はアフガンハウンドをにらむ。
「レベルが上昇した私がいるだけで、花吹雪が常に舞う。敵の術は弱められ、味方の術は強まる。昨夜は気づきもせず馬鹿丸出しで乱発したな」
気品ある犬がうれしそうに尻尾を振る……。
などと状況説明を続けられるほどの容態では俺はない。下に行けば集中的に治療を受けるレベルだ。目覚めない茜音は呼吸しているから、人工呼吸も心臓マッサージも不要だけど――。
「朧月夜!」
屋上に靄が立ち籠りだす。
これは、紅月の数少ない補助攻撃。敵をかく乱させる魔法。でも威力があり過ぎて、亀の隊長さんが全裸になったとも聞く。生身の俺はどうなる。茜音が全裸に……。
「ミンミンミンミンミン!」
ウサミンミンが羽根を激しく震わせ拡散してくれたおかげで、杞憂に終わった。
「ご免つかまつる!」
女流剣士が再び現れる。
「やっぱりソードで勝負してやる。今日が貴様らの卒塔婆だ!」
用法が正しいか知らないが……?
――生身からではないとしても、宴の後の結界の中で自在に変身するとは……。生身で焼石と戦うのは、愚かすぎる判断でした。傷ついたあなたの顔は、嫌悪を感じるほどでした。
穴熊パック……。
――でも精霊になり、傷に塩をこすりつけたい心は霧散しました。ああ。これぞ大司祭長の御心にたどり着く灯火。カラスが戦いに集中する隙に、あなたの傷を治します。
「姫の斬撃!」
紅月が浮かぶレイヴンレッドへと飛ぶ。
「隙が多すぎる!」
「きゃああ!」
「背中をさらすか」
「……!」
紅月が屋上に落下する。……最初の立ち合いだけで、素人でも分かる。剣術が草とプロほど違う。
――今のうち。……カラスに見られたでしょうか? だとしても、あなたの外見は数時間傷を負ったまま。欺けるはず。
まず顔の痛みが消えた。折れた歯も戻ったけど。
レイヴンレッドが俺を見ながら。
「ハウンド。パックの光学迷彩を解除させろ」
言いながら、紅月の背中にソードを降ろす。
「きゃああああ……」
女剣士がのけぞるように顔を上げる。
……残虐すぎる。しかも夢月へと。
俺の心が紅蓮に燃えた。
「焼石!」
駆けだして見えない何かに躓く。
――熱い御心。でも穴に追いこまれた狐狗狸のように耐えるべきです。……もしかしてあなたは雪でも妹さんでもなく。……そうだとしても。
風を感じて内臓の傷も癒される。
「心臓を刺されても悲鳴で済むのか、化け物め。だが首を落とせば」
レイヴンレッドが再びソードを掲げる。
「やめろ! 大司祭長の言葉を忘れたのか!」
アフガンハウンドがわめく。
「レイヴンレッド、いつものお前と違うぞ。冷静になれ。そんな殺し方をしたら百夜目鬼様の望みが叶わなくなる。……パックは何をしている? 私まで不信になってきた」
「わ……た……しの首は……、防御力100000000000だ!」
「なに?」
紅月がレイヴンレッドを押しのけ起きあがる。
宙に浮かぶ。
「私の心臓も防御力100000000000だ! 喰らえ、姫の紅く飛ぶ斬撃! ……きゃあ!」
ルビーソードから放たれた光はレッドタイガーソードに弾きかえされて、紅月本人に直撃する。
俺は茜音を抱えるだけ。変身できない。転生できない。
「……この戦いは長引く。ハウンド。生身のテロリストを連れていけるか?」
ワンサイドかつ泥試合な赤同士の対決を見ていたナマズラーガが、至極当然を口にする……って俺のことか。
「そしたら十五夜使う」
かぐや姫である女剣士が立ちあがる。白帷子の胸もとが赤く染まっているが、すでに止血している感じ。
「こいつは脅しを口にしない。実際に川口駅前で使った。花が間一髪後ろに倒して光は空に飛び、一般人も川口駅も消滅せずに済んだ」
レイヴンレッドが言う。そうだったのか。
「それは時効だ! ばらすな! きゃっ、きゃあああ!」
ナマズラーガが四つ足で駆けるなり、紅月の背中に爪を立てる。さらにおそらく電撃。
かわいい悲鳴なんて思うな。紅月が片膝を落とす。
ナマズラーガはヒットアンドウェイで離れる。
「手をださないって言っていただろ!」
紅月はすぐに立ちあがる。
「さすがハイエナらしい戦い。気が合うが、もう手出しするな」
レイヴンレッドは笑っている。
「紅月信じるなよ!」念のため言っておく。
「……ハウンド。私の電撃は強まるどころか弱まっている気がする。気のせいか?」
ナマズラーガが疑わしそうにアフガンハウンドを見る。
「気のせいだ。私は原理主義だからと言って差別しない」
――凪奈は反原理主義の尖峰ゆえ。……あなたを救う策はあらためて練ります。
パックのささやきが聞こえたあとに。
「私の行動に惑わされたレイヴンレッド殿、これでよろしいでしょうか?」
アフガンハウンドの前に、そのまんまの大きさのタヌキが現れる。
「この姿で凪奈を守れと? ああ何と非情なカラスでしょう。しかも、あなたは虎の本性を露呈するかもしれません。あなたは守ろうとする娘にも牙を向けるかもしれません。その前に痛み分けで終わらすべきでは?」
「レイヴン様、穴熊パックがうるさいですけど、まだ続けますか?」
ウサミンミンが久々に口を開く。このセミは余裕の面だ。
俺は変身したい。転生したい。なのに無力。モスガールジャーの参謀といるのに……。
起きろと茜音の頬を叩く。目を覚まさない。
「裏切り者の声に耳を傾けない。続行だ」
レイヴンレッドが言う裏切り者とは、もちろん穴熊パック。
「そう言うと思って、この戦いを拡散しておきました。隊長は内勤ですが、賀良様が到着しました。すでにワシモーサですけど」
ウサミンミンが空を見る。
巨大なコンドルが屋上に降りたつ。その尻尾はガラガラヘビの尾。
「ハウンドピンク。護衛任務の俺を置いて動くとは、大司祭長の御心に反した行為だぞ……。うまそうなのが二人もいるじゃないか。ナマズラーガ、俺に取っておいてくれたのか?」
ワシモーサが俺と茜音を見る。その尾をガラガラと震わす。
「……スカシバレッドの中の人、変身してよ」
紅月が口もとの血をぬぐう。
無敵だと思っていたけど、帷子を染めた血は薄らいでいくけど、月明かりを封じられると(複数の強敵相手では)意外にもろい。西新宿を巻き添えにする光をだせば一発逆転だけど、それは正義ではない。
俺はスカシバレッドにならないと戦えない。エナジー銃もナイフもしょせんは戦闘員相手の護身用だ。化け物相手に意味はない。
変身したい。転生でもいい。藍菜に連絡すればまだ可能だろうか。
「茜音、起きろ!」
元参謀の頬を加減せずに平手打ちする。
「相生……」
ようやく茜音が目を開ける。鼻血がたらり。
「サングラスしてろよ。目覚めから気分が悪くなった」
不快そうに見やがる。
「藍菜に連絡して俺を転生させろ」
「相生はモスじゃねーだろ。それにモスで戦える人はもう……雪を呼べよ」
「柚香はスクランブルに反応しない。まだ意識がないかも」
なのに北風が吹いた。
「……戦場?」
俺と茜音の前に、私服のままの陸奥柚香が現れる。スカートだし。両手に靴を持って裸足だし。
「智太君の部屋に呼ばれたと思った」
チークとリップの量はぎりセーフ。でもコロンつけすぎだし。