30 裁きの時間
文字数 3,420文字
オウムに怒鳴り飛ばされた。なにか喋っていたな。
『モスウォッチを貸した意味がないだろ! お前は高校の時も先生にさんざん言われたよな! 男子は媚びてウケていたけど、女子はひいていたからな!』
一斉通信で暴露しないでほしい。でもこれは、重苦しい空気を打ち消すためだ。みんなが絶望の闇に飲み込まれないためだ。さすが学級委員長。
『聞いて。トリオスによる陽動作戦に、ついに大司祭長が登場した。彼女たちはあえて布理冥尊拠点である九州へと逃亡。百夜目鬼は追跡中とのこと。――つまり、ここには魔女は現れない』
それがよいニュースなのか分からない。みなの顔色も青いままだ。仮面ネーチャーラピスの仮面はもともと瑠璃色だけど。
「夢月は?」とモスウォッチに口もとを当てる。
『ライフ688/704、コンディション94%の状態から突然いなくなった。その段階では、死亡したわけではない』
『おそらく月は地中にハデスブラックを追って、そのまま埋もれたと思います』
シルクが付け加える。
とりあえず安堵する。彼女が土中深く埋もれたぐらいで死ぬとは思えない。死ぬかもしれないけど、その前に離脱するだろう。殺されたり捕まったりでないのなら、まあいいや。ライフ700越えやがったし。
念のため雪月花の端末を呼びだす。画面を二度タップしてスクランブルモードに……電波が歪められている。
ここにいる五人でこいつらを倒せってことだ。
「改めて伝える。奴らに決して近づくな。律されたら終わりだ」
リベンジグレイがみなに言う。
充分に理解した。エナジーだろうが生身だろうが喰われたくないし。
「凪奈、桜吹雪を解除しろ。宴の後もだ。さもないと隣のチビに鉄槌を喰らわすぞ」
「黙れ! ブランチアロー!」
スパローピンクの手に弓が現れる。小枝のような矢を乱れ撃つ。これは効かないし、きっとやり返されてスパローは倒される。
「アルティメットクロス!」援護の赤いX。
矢も斬撃も届くことなく消滅する。
「鉄槌を受けろ」
リーガルエボニーがにやつく。誰が狙われる? 奴が見ているのは。
「夜闇の結界!」
ハウンドピンクが叫ぶ。コノハに乗った二人だけが闇に包まれる。
「きゃあ」
「うわっ」
結界ごと地面に叩きつけられ、コノハがまた姿を現す。
「夜闇!」ハウンドピンクがすぐに桜の枝を振る。闇に消える。
「「テラビーム!」」
レベル200を一割増しした必殺ビームが、城壁の結界を襲う。
「「テラビーム!」」
空中がひび割れした。
「いでよ、玄武」
ハデスブラックの声とともに、悪魔の前の闇が象られていく。巨大な蛇を甲羅に絡めた亀が現れる。結界を割り、飛びだしてくる。
「凍てつく反動!」
ハデスブラックが口を開く。なにかの反動で、露出気味なスカシバレッドへときつすぎる冷気が襲ってきた。さすがボスキャラ、体が凍る……。灰色の影が見えた。
「恨みを晴らす!」
またもや俺への寸止め。
「恨みを込めて、まとわりつく冷気のみを斬った」
落窪さん、強すぎるぜ。この人もハウンドのおかげできっと規格外だ。
「「テラビーム!」」を受けて、現れたばかりの玄武が何もせずに消滅する。
「スカシバーニングクラッシュ!」で、湧いてきた爬虫類を消滅させる。
「恨みの剣舞!」三十半ばの女性の舞いで、巨大な牙がみるみる斬られていく。
「うっとうしいな。鉄槌を喰らわす」
「コノハ舞え!」スパローピンクが叫んだ。
「エナジー弾を避けた! 初めて見た! ちびっ子の隼斗君すごすぎる!」
花吹雪に宴の後。ハウンドの多彩な補助攻撃はなおも展開されている。隼斗、彼女を守りきれよ。
「「テラビーム!」」
「アルティメットクロス!」
「恨みを飛ばす!」
それぞれが放つ飛び道具が結界を砕く。
「城壁リターン」
結界は即座に張られる。
「「美しき女性戦士よ。このままでは埒が明かない。接近戦だ」」
仮面ネーチャーラピスが言う。
「「三人でもっともレベルが高い私たちが突撃する。援護してくれ」」
「……たしかに、あなたたちならば律に耐えられるかもしれない」
リベンジグレイが言うけど。
「駄目だ。リーガルエボニーは最終形態になっていない」
闇の中でハウンドピンクが答える。
「何を躊躇している? 40億円かけて築かれた施設をこれ以上破壊したくないからか? ならば私が動こう」
黒い悪魔が体を持ちあげる。夜闇の結界に頭が当たり破壊する。30メートルはあるだろうか? 丘の頂上にある公園を越えた。全員を見おろす。
その手のひらに真壁が乗る。
……スケール感が違いすぎる。こいつはしかも飛ぶんだよな?
「誰からにする?」悪魔が手乗り真壁に聞く。
「怯むな!」リベンジグレイが叫ぶ。
「逃げて!」ハウンドピンクも叫ぶ。
「「仮面ネーチャーは退かない!」」
瑠璃色の巨人が吠える。
「「スカシバレッドよ、臆するな!」」
叱咤されてしまった。心のどこかで死を恐れているのは否定できない。大磯上空で生身に戻りたくない。それでも。
「仮面スカシバレッドこそ退かない!」
俺は仮面ネーチャーの一員だ。覚悟を決めろ。
「一番強い奴から倒そう。――歴戦の巨人を鉄槌で裁く」
俺は仮面ネーチャーラピスを見る。空へと手を広げ、高位エナジーを受けとめていた。それどころか。
「「おりゃ!」」
見えないエナジー弾をハデスブラックへと投げる。
城壁の結界にまた亀裂が入る。
「アルティメットクロス!」
亀裂へとソードを交差させる。
「私が開けてやる」
ハデスブラックの口から凍てつく反動――。
スカシバレッドに同じ技は二度通用しない。華麗に避ける。
悪魔の手のひらにいる真壁へと。
「アルティメットクロス! アルティメットクロス!」
「弱い光だね」
赤いXが、本人がまとった結界に消滅していく。
でも。
「「テラキック!」」
疾風怒濤。巨人のドロップキックが巨大な悪魔の右足に直撃した。
「うおお」
ハデスブラックが盛大に転ぶ。ソーラーパネルを盛大に破壊する。
「機会! 二人はハデスブラックを抑えろ」
リベンジグレイが駆ける。手にはソード。
「裏切り者ウラミルフ。貴様を律する」
「怨恨の塊!」
どんな技だか知らないが、リベンジグレイは落窪さんに戻らない――。見入るな、援護しろ。俺と仮面ネーチャーラピスは、赤いXと瑠璃色の光を、横たわる悪魔に当てまくる。
リベンジグレイが跳躍する。
「深すぎる恨みは裁きを受けいれぬ。リーガルエボニー終わりだ!」
リベンジグレイがソードを上段に構える。結界を縦に割る。
刃を目前にして、真壁が笑う。
「貴様を罰する。厳罰だ」
美麗の女戦士の姿が消える。……エナジー弾を受けて、ソーラーパネルごと埋もれていた。
「ははは、茶番だったな」
巨大な悪魔が地面に消えていく。
「ぐあっ」
地面から生えてきた黒い巨大な牙が、リベンジグレイに三本突き刺さる。彼女の体は牙に押しだされるように宙に浮いて、再び地面へと飲み込まれようとする。
「アルティメットクロス!」
俺のちっぽけなXなど絶望の穴に吸われるだけだ。
落窪さんが食べられる! 俺は宙に浮かび突進する。
「レッド来るな! お前を待ち構えている」
口から血を垂らしたリベンジグレイが俺をにらむ。
「私はここまでだ。ガイアとアグルよ、あとを頼む」
美麗の女戦士がみずからの首にソードを当てる。
リベンジグレイが消滅する……。
「自死を選んだか」
巨大な悪魔が土から顔をだす。醜悪に笑う。
「これで形勢逆転だ」真壁も笑う。「隊長、凪奈を捕らえてくれ。殺してもいいが絶対に喰うな」
「私に命ずるな。自分で追え。結界に包まれてふわふわとな」
悪魔がまた巨体をあらわにする。
「私は仮面ネーチャーラピスを倒す」
「「テラビーム!」」
「おっと」
瑠璃色の光をハデスブラックは手で叩き落とす。
「疲れが見えるぞ。歴戦の猛者たちよ、お前たちも終わりだな」
絶望を与える声で悪魔がまたも笑う。
俺たちへと凍りつく反動が襲う。
どちらも耐えるけど。
「凪奈、宴の後が弱まっているよ。ハデスブラックの闇に飲み込まれたかな」
リーガルエボニーが体に力を込める。その姿が、黒色の羊毛を生やした牛と化す。頭には長い一角が生えている。
「
化け物が笑う。
「お前たちを律し戒める」
世界が闇に包まれた。……意味することは暗視能力が消えた。俺はまたも律された。