37 寛容な不寛容
文字数 3,739文字
アメシロが各自のモスウォッチへと告げる。ピーナッツランドの白浜の荒れた畑での戦い。さすがに海沿いの集落が近すぎる。
「不要だ。レッドに三人を運ばせろ。三往復させる」
与那国司令官が言う。
「ヤマユ君、聞こえたな。すぐに取りかかってくれ」
『了解』ヤマユレッドが答える。
『私は忙しいが、スパローを運ぼう』エリーナブルーが言う。
「ダメだ。彼女が三往復する。アメシロ君、本機はあと五百メートル上昇する」
モスプレイは高度千八百メートルで静止する。三浦半島が見えた。大島も。
***
「高度千メートルまで降下したよ。視認されるはずないものね」
操縦席でスパローピンクが無線で伝える。この子は結局エリーナブルーが抱えてきた。前線で戦う仲間たちは、戦地では、与那国司令官よりヤマユレッドの言葉に従う。
「陸さんがダイエットすればシルクも痩せるのではないか? 柔らかくて気持ちよかったけどな」
ヤマユレッドもモスプレイに戻ってきた。妖艶で知的な瞳。露出の少ないコスチューム。燃えるような赤髪。
「モネロ、運ばれる身で貞操シールドを発動させないでくれ。私のが恥ずかしくなる」
「だって俺二十だし、頭にヤマユの胸が当たれば無理でしょ。でも前半耐えたのすごくね」
モネログリーンが明るく笑う。緑色のショートヘア。若草の香り。
「私は忙しいし、スパローを休ませたい。はやくポイントの分配をしてくれ」
「僕は平気だよ。それに病室に戻りたくは……」
「うふふ。元気になって退院するためですよ。またお見舞いに行きますから我慢しましょう」
「本日はミッション完了していない。なので、戦闘員十名と幹部補二名を倒したポイントだけ。トータルは142」
アメシロは不機嫌な与那国司令官の肩から告げる。
「作戦を放棄したレッドは0ポイント。四人が24ポイントずつ。レッドが受けとるべき分に端数を足した26ポイントを貯蓄にまわす」
メンバーから不満げな空気が漂う。
「ほとんどをレッドが倒したのに?」
スパローピンクは口にだす。
「それでいい」
ヤマユレッドが快活に言う。
「解散しよう。シルクじゃなくて陸さん。お見舞いのセッティングをよろしく」
「ヤマユは嶺真ちゃんに戻るとのんびりしちゃいますからね」
シルクイエローが微笑む。
「あれはのんびりというよりは挙動不審だけどな」
与那国司令官が口を開く。
「言われるまでもなく今日はもう解散だ。私はこの失態を本部に説明しないとならないからな。尻
「本部になど報告しなくていい」
ヤマユレッドの声が強く変わる。
「司令官。私が先日提案したことを考えてくれたか?」
「みんなは疲れている。今日ここで話す必要はない。スパロー君代わろう」
与那国司令官は操縦席へ立ち去ろうとする。
「逃げるな。いずれ追いつめられるぞ」
「戦いの直後で彼女は昂っている。はやく解散しろ」
エリーナブルーはそう言って、ヤマユレッドを見つめる。
「最近のお前はおかしい。焦れているようだ。お前が何を考えているか何を感じとっているか、私たちは知らない。お前はまずは司令官としっかり話し合え。それが正しければ、司令官の口から私たちに告げられる」
「与那国司令官が首を縦に振らなければどうする?」
ヤマユが食い下がる。
「お前は最高のエースだ。尊敬すらしている。だが、トップはあくまで一人だけだ」
「そして、私は例の件で話し合うつもりはない。ではみんなお疲れだった」
与那国司令官が端末を操作しだす。
スパローピンクが消える。エリーナブルーも消える。シルクイエローも。
「待て! まだ帰らない」ヤマユレッドが叫ぶ。
アメシロは司令官の肩から飛ぶ。ヤマユレッドの頭に乗る。その横でモネログリーンが消える。
「私も一緒に館林まで転送されるよ」
アメシロが司令官へとくちばしを開く。
「その話を私も聞きたい。だから菜っ葉も嶺真も冷静になろう」
与那国司令官が端末をポケットにしまう。
***
「本部はおかしい。それは菜っ葉さんも分かるよね」
ヤマユレッドがベンチシートに腰かけて言う。
「私も嶺真ちゃんと呼べはいいのかな。――さきに私から聞きたい。今日の作戦は敵幹部を捕らえることだった」
与那国司令官が夏目藍菜の口調で話しだす。
「なのに、仲間をわざと退かして、一人で苦労して痛めつけて、拘束もせずとどめも刺さずに逃がしたのは何故かな?
「本部が殺さずに捕らえることを望んだ敵だから。なにかを知っていると思ったから、あの埴輪に聞こうと思った。……でも、まともな奴ではなかったみたい」
「で、逃がした」
「それが約束だったからね」
「なにを聞いたの?」
「原理主義。それが何なのかは、自分で見つけて」
「……菜っ葉、知っている?」
アメシロが二人の間から、司令官を見上げる。
「いいや。嶺真ちゃんは今自分で結論を言ったよね。布理冥尊はまともではない。それを倒すために私たちがいる」
「奴らの悪事を見てきたから分かりきっている。でも本部もまともじゃないよね。……なんだろう、私は本部の人達と面識がない。なのに漠然と感じる。漁夫の利を狙っているかのような」
司令官が黙りこむ。なにかを考えだす。すぐに嫌味な笑みを浮かべる。
「嶺真ちゃんの言うとおりかもね。私と同じだ。前線で戦わせて自分は生き延びる」
「そんな意味では――」
「嶺真ちゃんは頭がいいうえに観察する。ふだんもぼーとしながら筋トレしながら、じつはみんなを眺めている。きっとあなたの感じたとおりだと思う。それでどうしたいの? ほんとうに本部に行きたいの?」
「ええ。話したい。そして観察する」
「ふだんの嶺真ちゃんで? ははははは、本部の連中がびっくりするだろうね。私さあ、みなさんがさあ、おかしいってさあ、思うかな違うかな、どうだろう。ははは」
「笑うな!」
ヤマユレッドが真っ赤な顔で立ちあがる。
「あれだって一生懸命に話している。言葉がつながらないのは、人の名を覚えられないのは生まれつきだ。それでも懸命に生きてきた。それを馬鹿にするな。……夏目藍菜。あなたはいい人だ。正義の人だ。それでもふざけすぎる。人を小馬鹿にし過ぎる」
その手にルビーソードが現れる。
「嶺真ちゃん、しまって」
アメシロは冷静に努める。初めてのレインホワイトへの変身。それを彼女へとしたくない。
「刀をだされようが私は省みないよ。そんなやわな心じゃ前線司令官なんて務まらない。それでさあ~、話を戻すけどさあ~、いいかな。
私は嶺真ちゃんを信用しているし、頼りにしまくっている。なによりチームで一番に大好き。だから余計なことを考えないで、戦うことに専念して。私と茜音っちを信じよう」
ヤマユレッドの手からルビーソードは消える。
「……話も聞いてくれないで、信じろというの? 敵を切り裂けと命じるだけ。都合が良すぎる。だったらルビーソードなんかいらない」
「博士が言っていたよね。ルビーソードの持ち手にはパートナーが待っている。鴉と対になるもの。もしくは虎と対になるもの。組むべき仲間もいらないの?」
「櫛引博士だって怪しい。……どうせ生身の私と接したら、みんな離れていく。いずれ離れていく」
ヤマユレッドがうつむく。
「嶺真ちゃん、やっぱり私も舘林に行くよ。また嶺真ちゃんの部屋に泊めさせて」
アメシロは自分がオウムなのが悔しい。笑いかけられない。
「今日はやめる。……もうひとつだけ聞かせて。これは私や菜っ葉さんだけの問題ではない。隼斗君や茜音っちも関わっている。なにかあれば、みんなもとばっちりを受ける。それでもいいの?」
「もちろん。みんなは信念を持っている。私を信じている。だから一蓮托生だ。だからみんなを惑わせないで」
モスプレイの中の静寂は二十秒。
「あなたの考えがよく分かった。転送して」
「了解。お疲れでした。私はふだんの嶺真ちゃんも大好きだからね。勘違いしないでね」
与那国司令官が端末のボタンを押す。ヤマユレッドが顔をおろしたままで消えていく。
「茜音っち、フォローよろしくね」
アメシロも消えていく。
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『やばいよ。嶺真ちゃんからのメッセージを転送する』
二日後、授業中の木畠から夏目に連絡が届く。
『私は向こうに会ってみる。殺されるかもしれない。そうだとしても、そうしないと納得できない。でもね、話を聞いてくれる気がするんだ。こんな私に話してくれるかもしれない。いままで倒してきた人たちの言動から、そんな予感がする。
夏目藍菜が照れ隠しで人を傷つける言葉を吐くのは分かっている。すべての責任を自分が背負うためにね。でも、やっぱり逃げているだけ。道化になって甘えているだけ。いずれ追いつめられる。結局みんなが犠牲になる。精神エナジーだけでなく、心にこそ耐えきれぬダメージを受けるかも。そんなの見たくない。
もし私が生き延びられるのなら、交換に司令官の素性だけを渡す。そうすれば、誰もがリスクを抱えて戦っていることに気づいてもらえると思う。
茜音っちは大好きだった。お母さんより優しかったよ』