12 土曜日のおそい朝
文字数 3,066文字
こんな説明、誰もが鼻くそが飛びでるほどに鼻で笑うよな。でも妹は信じないまでも受けいれる。
「つまり、彼女の服ではないんだ。誰かを家に昼間連れ込んだわけでもない。――だったらご飯食べよう。その服、しわくちゃだね。返すまえに洗濯しておこうね」
妹は強引にセーラー服を奪いとる。じっと見る。
「この人の汗とお兄ちゃんの寝汗が混ざりあっている……。ご飯より先にシャワーを浴びて身を清めなさい!」
妹が部屋からでていく……不安だ。
「お兄ちゃん、ごめんなさい!」
浴室の外から声かけられる。開けるなよ。
「間違ってあの服に醤油とケチャップとマヨネーズをかけちゃった。もう手遅れだから、ハサミを入れて残飯包んでゴミ袋に入れた。あと、その人の靴を庭で干したら、犬がくわえて持っていった」
不安が的中した。
紅月は変身前から魔法らしきものを普通に使っていたよな。靴を履かずにバイクに乗って帰ったよな。靴下だけと気づかなかったのか、気づいても平気だったのか。どちらにしても規格外だ。
妹の身が危ない。俺が責任をすべて背負って、かつ早めに謝罪するべきだ。でも正直怖い。三人がかりで拷問されたらどうしよう。
冷めたトーストと目玉焼きを食べながら、『会いたい』と茜音に連絡する。魔法少女の連絡先など知らないし、彼女に相談するしか道はない。
ふと紅月の天真爛漫な笑顔が浮かぶ。俺ぐらいかわいくて綺麗なくせに気どりもせず、俺の前で着替えだすし……俺も女性だったのか。
おかげで昨夜双方とも目前で確認したから分かる。胸はE対Bでスカシバレッドの圧勝だ。でも戦闘能力は足もとにも及ばない。おそらく瞬殺される。
ゆえに問題はどちらがかわいいかだ。ここまで一勝一敗だから、それでレッドとしての優劣が決まる。正義の女性ヒーローには力だけでなくビジュアルも必要だから。
「茜音って例の人?」
妹がメッセージが届いたスマホを覗きこむ。背後から抱きついて奪いとろうとする。こいつはかわいいけど、俺のプライバシーに干渉してくる。
「高校時代の同級生だ」
「すぐに行く! 昨日のカフェでいい? 智太君の好きな場所でいいよ! だって……」
小学三年生でやめずにいたら卓球の日本代表もあり得たらしい桧は、動体視力が異常だ。
「昨日デートしたんだ。名前で呼ばれているし」
「デートじゃなくブリーフィングだ。それに昨日まで名字で呼ばれていた」
桧はプライバシーに干渉しすぎる。お兄ちゃんと離れるのが嫌だと、卓球をやめたぐらいに。だから続く言葉も分かっている。
「決めた。桧も一緒にカフェに行く。朝ご飯作ってあげたし、
着替えてくるから待っていなさいと、エプロンを脱いで二階に跳ねていく。ようやく邪魔者が消えたと、飼い猫が俺の膝に飛び乗る。
「クロ子ごめん」
俺になつきまくりの雌の黒猫を即座におろす。スマホだけ持って玄関に向かう。妹を
「相生智太だな? トマトケチャップとマヨネーズまみれで道に捨ててあったが、これは奴のではないか?」
玄関を開けると汚そうにスニーカーをつまんだ女が立っていた。
ちょっと小柄。大きめな不織布マスク。短めな金髪に黒縁眼鏡で深めに被った赤いバンダナ。裾がビリビリの太もも露出パンツ。
こいつは誰だ? 黒色タンクトップの肩には『Snow girl』のタトゥー……。
「雪月花の雪だ。私はあの二人と違い慎重だから、変装みたいなものだ」
そう言って手を突きだしてくる。
「お前の情報は本部から聞いた。私は慎重だから、一般回線で連絡しまくるお前たちに電話などしたくないので直接来た。――夢月の服を返せ。ネットフリマに出品してないだろな?」
……たしか白滝深雪だったよな? スカシバレッドを温かい雪の結晶に包みこんで回復してくれた人。
巫女のときとイメージが、知床と池袋ぐらい違う。あの場にふさわしくないほど清楚でいい香りをさせていたし、そもそも……。
この女は俺と目を合わせようとしないくせに、視線には感づく。
「どこを見ている? 変身すると私だけ地味な服装なのだから、少しぐらいアレンジしてもいいだろ」
手を広げて自分の胸を叩く。パンといい音がしそうだ。
「夢月は制服を立て続けに紛失しているから、今日の補習もジャージで行った。月曜日から着る服がないと泣き付かれたから、仕方なく私が来た。蘭はまだ温泉だしな」
夢月……。竹生夢月。超越紅色である高校生の本名。手のひらから光を飛ばす
まずいことになったぞ。
「あれは汚れたから処分した」
正直に言うしかない。
「ああん? 嘘つくな。自分のものにするつもりだろ。あの顔の付属品に男が理性を失うのは仕方ないが、死ぬぞ」
睨まれて、コケライトの悲鳴を思いだす。背が低い女性であろうと極めて怖い。
「それとも本当に白濁した液体で穢したのか? 夢月の服でいやらしいことを――」
深雪と目が合った。顔の大部分を隠しているから、子猫みたいな瞳が強調される。やっぱりこの子は怖いけどかわいい。絶対に清楚なファッションのが似合う。
「ご、ごめんなさい。私は正義の心が強すぎて、どうしても男性が性欲に飢えた下劣にしか見えないのです。だから構えた口振りになってしまうのです。で、でも……、相生さんは違いますよね?」
深雪がマスクをはずして、さらに俺を見つめる。
「だって、レッドに選ばれた
私の本名は
相生さんの学校、滑り止めで受けています。もしかしたら同じ学校だったかもしれなかった……。
深雪っぽい口調になっていたね。ヘヘヘ」
本名が柚香……。俺たちはシークレットな存在だと聞いているから、コードネームがあるのは仕方ない。でも使い分けるのは面倒だ。しかし、俺の個人情報流出しまくりだぞ。
それにしてもこいつは変わっているな。ネガポジ反転したみたいに、マスクを握りしめて目を輝かせて俺を見ている。まるで小学生の頃の桧みたい……。
あっ。
「その人が茜音さん? 老けているから高校生じゃないですね。それより、お兄ちゃんと私の家の前で汚い靴を持って立ち尽くさないでください。
あの臭い制服はあなたが大昔に着ていたもの? 樟脳の匂いのことでないですよ。若く見せようと無駄な努力のために引きずり出して三日ぐらい洗いもせずに着続けたのでは? 襟が汚れてくたびれていたから捨てました。
それと兄に色目を使わないでください。智太お兄ちゃんはピュアな人ですので」
俺に合わせてTシャツに短パン姿の桧が、俺へと俺の財布を渡す。パスケースも。
「一緒にカフェに行くって約束したよね。だったら私とだけデートしなさい! また恋人に間違えられるかな」
破綻した理屈の妹が俺の手を引き歩きだす。
「き、木畠じゃないし。まだ話し中だし」
桧に圧倒された柚香があとから付いてくる。
再認識できた。過去に彼女ができても長続きしなかったのは桧のせいだ。つまり俺がまだ