41 戦いが終わった後
文字数 3,533文字
あのおばちゃんは、どうしているだろうか? エナジーも尽きて、精霊の記憶なく一般人に戻っただろうか?
スカシバレッドたちは石和温泉ランド屋上で一休みする。柚香が紺色シャツに白パンツなどと面白くない普段着に着替える。夢月と下へ消える。
十一月終わりが近い山梨は、午後三時を過ぎると急激に寒いじゃないか。遠い山脈からおりる風がスカシバレッドを凍えさせる。
「しまむらでペイペイつかえたよ」
また露骨に固有名詞を口にしながら二人が戻ってきた。
お任せしたらスカートにタイツですか。だとしてもスカシバレッドは、ようやく肌を露出しないで済む。と思ったらシューズが脱げないではないか。夢月が自分用に買ったダボパンにトレーナーと交換してもらう。ヒップホップなスカシバレッドになってしまった。
「私二日ぐらい汚れたままだし、温泉入ろう。スカっちの貞操シールド解除してあげるから」
夢月が白い下着姿でタイツをはきながら提案するけど、女風呂に入れだと? 俺は冷静だ。平日のこの時間に入浴なされている年齢層に、目のやりどころに困惑してしまうぞ。でも夢月がいる。柚香もいる。ならば三人で……。
違うだろ。柚香でも夢月でもなく、この子がいるだろ。しかも全裸で。
「私も髪を洗いたいので家族風呂を貸し切りましょうかしら、一人で。……シールドはもとに戻せるの?」
「結晶に入れば復活するだろうけど、捕虜になったゲイの布理冥尊にお願いされて貞操シールド壊したら、そのまま死んじゃったよね」
「うん! そんなことあったね」
「やっぱり先を目指そう」
「うん。変身! ミカヅキ!」
「変身。清め給へ、隠し給へ」
三人は甲府盆地を後にする。ミカヅキは高速道路に沿って飛ぶ。
「このまま行くと米どころランドかしら?」
「その前に長野がある。山奥ランド」
「あのジジイはそこにいる。誘っていやがる」
かぐや姫の目がハンターの眼差しに変わっていく。
***
「もうダメ! 夢月に戻る!」
こいつはマジで精神エナジーでも腹が減るようだ。また自分の彼女をこいつ呼ばわりしてしまったけど、それは深雪が一緒にいるからであって、以前のように接してくるからで。
諏訪湖のパーキングエリアで二人は変身を解除する。食堂へ向かう美女三人は神々しすぎて、遠目に眺められるだけ。
湖の上の雲が厚くなりだした。陽の光は遠ざかっていく。
「なんで魔女を倒しちゃったの? 智太君は今のままでいいの?」
柚香がスカシバレッドを見つめる。黒髪を無造作に後ろで結んだ柚香。
「柚香。私と智太君は何度もセックスしてるからね。裸の智太君が裸の私に、かわいいかわいい言いながら何度もキスしたんだよ」
この女は……。何度も肉体関係は誇張だし、柚香の出方次第では諏訪湖の見えるレストランでかぐや姫になりそうだ。
スカシバレッドは水を一口飲み。
「戻せることを聞かなければ、魔女と語り合っていたかもしれない。焼石みたいに取りこまれたかもしれない」
話題を逸らしたのではない。これは正義を貫く信念の話だ。
「そしたら布理冥尊に加担していたかも。柚香のお陰で両方にはっきりと宣戦布告できた。ありがとう」
あれが無ければ、俺は桧と「従姉妹は婚姻関係結べるんだよ」とくっついて、布理冥尊の二代目親衛隊隊長になっていたかもしれない。そしたら、こいつは……。
さくら丼などという生肉無理派には見るのもつらいものを食べる夢月を見つめてしまう。
「私は智太君に恋愛感情はまったく残ってないよ。だからここにいる」
スカシバレッドと同様に水しか飲んでない柚香が宣言する。ちょっと残念に感じた。
「私は表で見張っています」
スカシバレッドは立ちあがる。館内の男たちの視線……正直気色悪い。
「俺は相生智太に戻りたい。でも戦いが終わってからだ」
「私も行く。夢月はゆっくり食べていなよ」
柚香も席を立つ。
「……夢月は智太君がスカシバレッドのままで平気なんだよね」
馬刺しと白飯を頬張った夢月が、二人を見上げる。
「智太君のが一万倍いいに決まっている。だからジジイのとこに行く」
残りを掻きこんで、彼女も立ち上がる。
「でもスカっちも大好きになった。智太君と同じくらい。だから一緒にいる」
トイレ寄ると、彼女は先にでていく。
諏訪湖のほとり。夕闇にはまだ少しある。
本当の弱者への慈愛を隠せないお姫様。
スカシバレッドはその後ろ姿を愛おしげに見てしまう。確定だ。もう揺るがない。
「夢月にはかなわないな。だから私はここにいるかもね」
柚香がおとなびた、すなわちあきらめた眼差しを俺に向けてくる。
「取り返すなんて無理だね。ヘヘヘ」
「なにを?」と言ってから気づく。俺をだ。
「戦いが終わった後に夢見ていたこと」
柚香が歩きだす。
そっちか。自意識過剰だった。何を想っていたのかなんて、さすがに俺には聞けない。
***
モスガールジャーから連絡は来ない。柚香が茜音に連絡したが、やはり着信拒否になっていた。彼女はモスのSNSグループに参加していない。
「櫛引博士を見つけたら朔で拉致しよう」
スカシバレッドはひとつの作戦に固執する。
「ジジイは精霊の盾しているから無理だよ」
紅月が答える。
俺は、精霊の盾装着の有無が分からずじまいだった。分かる奴のが少数だけど、それを感じられていたら、もっと端から倒していたかな。……眼下に広がるのが松本盆地か。程よい広さと閉鎖感。会津、甲府、人吉の日本三大盆地に匹敵する美しさだな。縦長で圧迫感が弱いところが残念……。
雪月花の端末が振動した。
「蘭かな。スカっちがでて」
姫りんに言われたので心に思うと、発信者が表示されてなかった。
「なにそれ? ……博士かも。あの人が作ったのだからあり得る。スカっちでて」
深雪からの呼称も変わった。だったら“みゆみゆ”と呼ぼうかなと思いながら、ボタンを押す。
『死を恐れぬ龍か。生粋の原理主義だな』
やはり博士の声がした。
『鳳凰と二人か?』
俺はそんなものではないと思うけど、この人と議論してもどうせ理解困難だ。
「深雪もいます」
『……潜む洞窟の蝙蝠、巣の脇に咲く小さな花といったところか。導くならば鴉と思っていたが、お前たちが選んだのだろう。――竹生に換われ』
「換わったぞジジイ! えっ? ……うん。うん。分かった。じゃあね。――迎えを送るから空港の駐車場に行けだって」
ちょうど滑走路が見えた。ミカヅキリムジンが左に傾きながら高度を下げていく。
駐車場は半分ほど埋まっていた。隅の隅に降りる。
「変身は解除しないよ。でも、なんで来ているのが分かるのだろう?」
深雪は柚香に戻らないどころか黒神子になった。寒いと、すぐに白巫女へ戻る。
警備員が二人こっちへ歩いてきた。手にする端末の画面を見ながらだ。ここだ、という感じに俺たちへと指をさす。
「……そういうことか。私たちは博士の手の中にいたんだ。――結界を消すよ」
いきなり現れた巫女とかぐや姫とヒップホップ系ストリートファッションを見て、警備員が腰を抜かす。人相の悪い若者……。
「博士のもとに案内しなさい」
赤いヒップホップに言われて、警備員が立ち上がる。
「車で移動します。十分もかかりません」
三人は黒いワゴン車に案内される。
山麓のお寺で車は止まる。警備員の後に続く。
「絶対に攻撃しないで」深雪が言う。
「攻撃されたら?」
十二単衣だと車に乗れずに女剣士になったかぐや姫に聞かれるけど、深雪は答えない。
本堂の中に車椅子があった。バリアフリーなのかと感心するよりも、それに乗っている老人こそが櫛引博士。
「相生と竹生と陸奥だな。……なおも鳳雛のままか。それが頼ったのは、姑息に闇を舞う小さな力」
博士は鋭い眼差しで三人を見つめる。
「精神エナジーは誰にでもあるわけではない。それを表にだせる者はさらに限られる。それは知っているか?」
それは聞いたと思うけど、柚香はちっぽけなんかじゃなくて……。
ダメと、深雪がスカシバレッドの手を押さえる。
「なおも分からないことばかり。私は表面をさするばかり。――人の精神が目覚めるこの事象には無限の可能性がある。その探求の小道を他の者に譲らない。私の命が尽きるまで、奥深くまで突き止めよう」
博士の目は突き刺さるほどに鋭いままだ。
「私は探求をやめない。そのために、お前たちだけに力を授けよう。百夜目鬼や宗像でなく、お前たちがこの国を支配しろ。――科学にも真理がある。それにたどり着けたとしても、私は富も名誉も求めない。だが、お前たちは世界も統一できる。だから協力してくれ。龍と鳳凰となり争いを続け、私に事象を見せてくれ」