29 白色白色、火星の色
文字数 3,879文字
「来たってことは、あんたはもう回復したんだね」
「なんでお前が戦地にいる? 蘭さんが添い寝してくれたから完全復活だ。……その前は智太君が一緒にいてくれたんだよね」
柚香が手にした靴を消し、赤らみながら俺を見る。彼女に抱きついて寝ていたのは夢月だけど……、柚香の目に俺への嫌悪が浮かんだ。
なんてことだ! バクサーめ。
なんてそぶりは見せずに。
「一緒に変身しよう。敵は門番が二体、五人衆が二体、親衛隊が二体」
顔を背けながら言う。布理冥尊への怒りが理不尽なまでにこみ上げてくる。
「なにそれ……。紅月が一人で戦っていたの?」
柚香の手に端末が現れる。
「向こうを向いて!」
体を180度回転させられる。裸で抱き合う二人を茜音に見られたくないからと思いたいけど、背中合わせの二人。
「……変身できない。深雪になれない」
柚香が背中で言う。……あれだ。宴の後。
愕然とする間もなく、至近でコンドルと目が合った。でかい爪。
俺は空へとさらわれる。
「智太君!」
紅月が本名を叫びながら飛んでくるけど。
「きゃああ!」
さらした背中をレイヴンレッドに垂直に斬られる。
落ちたところをナマズラーガに咥えられ、放り投げられるのを、俺は爪を食い込まされて浮かびながら見る。
「紅月!」叫ぶしかできない。
「ワシモーサ。その男は隊長のものと決まっている」
ナマズラーガが俺を見たあとにハウンドピンクへと顔を向ける。
「私に花吹雪がかかっている気がする。だとしても、敵に加えて原理主義二人に術をかけるのは無理でしょうね。中学生の女の子には」
「ガキのままでは原理も真理も見えるはずない。はやく執務室長に女にしてもらえ」
コンドルもピンクなアフガンハウンドへと卑しい目を向ける。
「ワシモーサ。この戦いが終われば、お前の好きな処刑ができるぞ」
レイヴンレッドがコンクリートに転がる女剣士に身構えながら言う。
「裏切り者を見つけた」
「全員いい加減にしろ! ……諭湖は姿を隠せ」
ハウンドピンクが狸をまたぎ毛並みに包む。
俺はエナジーナイフでコンドルの脚を裂こうとする。刃こぼれした。
「お前に精霊の盾はないな。ここから落としても毒を注入しても死ぬな」
ワシモーサが思案して。
「このまま本宮に持ち帰る。その女はラーガに譲る。裏切り者の処刑もな」
至極当然な案を口にする。
「状況で気づいてくれ。そいつを連れ去れば、あの女は滅びの光をだす」
レイヴンレッドは、かぐや姫に戻った夢月を見ていた。ルビーソードでなく月明かり……。
「夢月、ふざけんな!」
すぐ下は民間人だらけだからな。俺はいいから大技はだすな。
かぐや姫はびくりとして、空を抱えそうな手をほどく。
「……凪奈。なぜか透明になれない。宴の後を解除して」
桜色の毛並みの中から、タヌキが不安げに俺を見あげている。
つまりそれは誰もが変身できる。
「智太君! 私だけでも変身する」
俺の名前を晒しまくりだが、賢い柚香は気づく。
「私もいる! 私もする!」
茜音が鼻血をぬぐい立ちあがる。
……モスの実質ラスボス、レインホワイト。
二人が目を合わせる。頷きあう。互いに駆け寄る。
タヌキはまだ消えない。俺だけを見ている。戦いのさなかなのに、諭湖への申し訳ない心が湧きあがる。
だとしても。
「急げ! 抱き合え! 裸になれ!」
柚香と茜音へと叫ぶ。
「解除してあるよ……。もう、宴の後!」
ハウンドピンクが吠えるけど。
間一髪。
柚香と茜音が正面から抱き合って生まれたままの姿になるのを、俺は空から見おろす。
二人は光に包まれて、白滝深雪とアメシロが現れる……。
***
「アメシロちゃん、かわいいけど危ないよ。こっちにおいで」
必死の形相のオウムがかぐや姫へと飛んでいく。抱えられる。
「私とも変身しよ。せいや!」
紅色の光に白色が重なり、アメシロが人の姿に変わっていく。お祭り娘と抱き合ったレインホワイトが登場した!
「かわいこ戦隊最後の砦、レインホワイトがお相手しよう!」
安堵の表情で浮かびあがる。
おお……。均整のとれたスタイルを惜しみなく披露する純白のコスチューム。などとコンドルにさらわれた状態で見ている場合じゃない。
「アメシロちゃん、きれい!」
お祭り娘が手を振る。そしたら早く俺を助けろ。
「ハウンドめ……」
深雪は黒神子になれない。
「智太君を連れ去らせない! 清め給へ、囲み給へ」
三回唱える。三段重ねでも梅の結界。
「そんなの壊される。朔!」
紅月の声。俺は闇に閉ざされる。
何も見えない。何も聞こえない。
………………。
「おーい」
「忘れていた。初夜!」
百年ぶりほどに感じる紅月の声。
闇の中に光の筋が現れて、広がるように世界が顔をだす。落下する俺をお祭り娘がキャッチする。さすが精神エナジーの具現。おとなの男をお姫様抱っこ。
……夜になっていた。でも高層ビルたちは明るい。この屋上だけ? ハウンドピンクの結界か。
「朔で隠せるの、柚香の顔見たら思いだした。それより智太君に見せたかった。あの二人の息はぴったり! コンドルがあっという間にやられたよ」
たしかにワシモーサはもういない。でも規格外を名乗っていたよな? 弱すぎないか?
「アメシロちゃんと十分以上連絡取れなかったから、夏目がジジイに転生した。コンドルが空でエナジー照射されて、深雪とアメシロちゃんがとどめをさしたんだよ。私も二十三夜と二十六夜を二十九回ぐらい援護したけど」
さすが夏目藍菜。つまり、彼女が捕らえられる心配はなくなった。
一秒にライフが1回復する紅月はすでに元気満々だ。俺は彼女の腕から降ろしてもらう。
深雪とレインホワイトがナマズラーガと睨みあっている。……レイヴンレッドとウサミンミンもいない。アフガンハウンドとタヌキはいる。
「虎カラスはアメシロちゃんが変身するなり逃げた。私が甲州街道沿いに八王子まで追いかけたけど、やっぱりウサミンミンは私でも無理」
仇であるレイヴンレッドが去ったことに安堵を感じてしまった。情けない。
「……私は一度竹生夢月に戻ります。智太君は一緒に変身してください」
「紅月のが強いだろ。私が一旦解除する!」
深雪は俺たちを見ていた。
相生智太と裸で抱き合うのを、二人は奪いあっている……。ハウンドピンクがまだいた。解除したら変身しなおせない。
「どちらも今のままでいろ。ハウンドを攻撃しないのか?」
「滅茶苦茶強い結界を張っているから、大技じゃないと無理。事前に別の奴がかけたのかも。……智太君は私が守るから心配しないでね。むぎゅ!」
精神エナジーの具現にしがみつかれる。すごいパワーだ。がぶり寄りだ。海老反ってしまう。
「……色情魔である竹生夢月。あなたの素性は調べ終わりました。あっちの世界でもお姫様。とてつもない不動産の未来の相続人」
穴熊パックが惑わせようとするけど、そうだったのか。
「だが頭脳は壊滅的。正義を名乗る者が、なんとあそこに在籍するとは……。ああ、あの高校こそ悪の巣窟」
ぎりっと音がした。
「パックめ……。お前が透明になっても、私は見つけられるのを忘れたのか?」
奥歯を噛みしめたあとに、お祭り娘がかぐや姫に戻る。一になるのを忘れて十二単衣だから押されてしまう。
「なんでスーパーをやめる?」
「ずっとあの姿でいて頭に来るとあいつらを……なんでもない」
「ホワ、ホワ、ホワッ」
ナマズラーガが懸命に笑う。電撃を飛ばす。
「鸚鵡返し!」
レインホワイトが跳ねかえす。空へと浮かび。
「光の雨!」を浴びせる。
「……だから?」
ナマズラーガが笑う。
「力が全然足りない。もっと寄こせ!」
「無尽蔵じゃないの知っているだろ。もっと強い技をだせ!」
怒鳴り返しながらも、深雪はレインホワイトに御幣を祓う。
「喰らえ、ホワイトレイニーライト!」
光り輝く白い雨が矢となり、ナマズラーガに次々突き刺さ、らない。
アフガンハウンドは傍観している。原理主義を傍観している。
「お姫様も戦わなくてよいのですか? それしか取り柄がないくせに。……あなたは姫じゃない。戦場にしか居場所がない
穴熊パックは必死に惑わす。
「その男から離れるべきです。……お前に怯えているだろ、離れろ!」
「中坊が調子に乗りやがって。弱い者いじめをしないと思っているのか?」
かぐや姫の怒った顔。かわいいけど危険。
「俺が夢月を怖がるはずない。あいつは無視しろ。――与謝倉。俺が変身したら勝ち目がないぞ。タヌキを連れて立ち去れ」
「……パックはアナグマだろ。勝つ必要などない。猟犬は追うだけ。狩るのはハンターに任せる」
また犬に笑われる。
「ホワッホワッ」
「くっ……。オウム、しっかり私を守れ!」
「レインホワイトと呼べ!」
怒鳴り返しながらも、純白の女戦士は巫女の前に立つ。太もももへそも背中も丸出し。もともとがスタイルいいから様になる。エロいけど。
「エレキック!」
ナマズラーガの電気を帯びたドロップキックに、二人そろって吹っ飛ばされる。
「いつまでも舐めやがって……。ハウンド、私はここで真理と一体になる」
「やめて」
ハウンドピンクが言うけど。
ハイエナの化け物が体に力を込める。
「原理を我が身に! う、うおおおおおお!!!!!」
ナマズラーガが見上げるほどに巨大化する。ハイエナの背中にトゲが生える。尻尾が巨大なナマズとなり口を開ける。ハイエナの顔は骸骨の如くなる……。
規格外がさらに強大な力を得た。
「人をやめた奴が仲間など……」
ハウンドピンクが顔を背ける。