10 江東区で知る現実
文字数 3,157文字
……ここはどこだ? クーラーのきいた部屋。俺は横長のソファでバスタオルをかけられていた。マンションのリビングぽいな。
「わ! びっくりしたな」
フローリングに座ってテレビを見ていた白Tシャツにボクサーパンツ一丁の男が振りかえる。……こいつ、でかいぞ。
「蘭ちゃん。この子、もう起きたよ。元気そうだし」
「死にかけたのだぞ。元気なわけな……」
だぼっとした青いTシャツと長めの短パン姿の蘭さんが現れる。ノーメイクでも綺麗。俺を見てぎょっとする。
「お前、なぜに立てる?」
私はどんなに怪我しても、一晩寝れば平気です!
それを必死に訴えても、モスガールジャーのみんなは冗談や強がりとしか受けとらなかったな。やっぱり特殊なことだったのか。
陸さん……。シルクイエロー……。
仲間なのに、頭から抜け落ちていた。柚香しか思わなかった。その結果がこれだ。すべてを守ろうと、ここにいないスカシバレッドへと頼む。俺は柚香を優先に守るから。強いのに弱い柚香……。心を入れ替えろ!
どんなに改心しようと、あのシチュエーションにまた巻きこまれたら、同じ結果の繰り返しだ。というより紅月が現れなかったら、俺も死んでいた。俺も守られただけだ。
強大な敵がいるのならば、もっと強くならないといけない。俺だけでなくモスガールジャーもだ。深雪ももっと強くなれ。あんな牙くらい避けろ。二本刺されたぐらいで弱音を吐くな。本当の命が消える訳じゃないのだから、激痛苦痛など耐えてやり返せ。面と向かっては絶対に言わないけど。
で、面と向かっているのは仮想敵国だった人。こいつから柚香を守るとか伊良賀を奪うとか目論見があったはず。それ以前に、モスガールジャーも雪月花も布理冥尊の術中に嵌まったのだろう。命は大事に……。蘭さんが俺をいぶかっているではないか。内省し過ぎた。
「ここは?」スカシバレッドのように平然と見まわす。
「……こっちが質問したと思ったが、まあいい。こいつの部屋だ」
蘭さんは、またテレビに集中する男をあごで示し。
「時間は零時五分。お前は九時間ちょっと寝ただけだ。この場所は教えない。こいつの名前も、
『
と司令官から聞いているし。
『蘭の同棲相手は三十三歳の
柚香はそんなことまで教えてくれていた。
知らないことにしておこう。分厚いカーテンの向こうも見ないでおこう。
吉原さんは俺を空気のように扱っている。この人たちは社会人だし、早く帰るべきかな。でも明日までは夏季休暇かも。
「お前、聞いているのか?」
蘭さんに呆れられる。なにか話していたな。
「すみません。もう一度お願いします」
「シルクは残念だったな。だが本人が死んだわけではない。どちらとも元気な姿で会える。低いレベルならすぐに上昇するし、お前まで気を落とすなよ。と言った。……レッドに選ばれる人間は、こっちの世界で欠陥があるのか?」
お宅のレッドと一緒にしないでほしいけど、聞くことがあった。……知らせることもあった。
「焼石って昔からあんな感じですか?」
まずは無難なことを。虎どころかカラスどころか公園で日向ぼっこみたいだった。
「慣れたころにいなくなったが、ヤマユになると豹変した。鴉の臆病と狡猾。虎の忍耐。背後からいきなり襲いかかるタイプだ。しかも虎の獰猛を隠し持つ。お前は狙われるだろうな。気をつけろ」
つまりモスガールジャーお家芸の
「布理冥尊五人衆とはなんですか?」
「レイヴンレッド、マンティスグリーン、今回精霊前の姿を確認できたウイローブルー。いまだ謎のイエロー。それに憎々しいハウンドピンクを足した、悪のモスガールジャーだ。ただし、あいつら一人で本物のガールジャーを全滅させられる。三人そろえば夢月も倒される」
「そんな強いのが、なんで常に最前線で戦わない?」雪月花のように。
「五人衆はずる賢い系で特務が専門だった。それでいて戦闘力も高いので、本宮すなわち百夜目鬼を守る役割も担っていた。奴らと親衛隊長がいなければ、本宮など夢月一人で遠足して終わりだ。いくらレベル199が更にいようがな。さらには、あの三体がいようと……。
とにかく前線にはめったに現れなかったが、それは昨日までの話になったようだ。……本宮の所在地はいまだ不明。捕虜もそれだけは口を閉ざす。どんなに
いくらレジスタンスの軍門に下ったからと、あまりにやさしく丁重に扱いすぎだからじゃないのか。すこしはきつい言葉をかければいいのに。
吉原さんはテレビに専念している。蘭さんは退席を求めない。
「黒岩は人の姿で現れたか?」
蘭さんに聞かれる。化け物の姿さえ見えなかった。
「奴は、なにか言ってなかったか? ……今から言うことは、違ったら聞き流せ。柚香を食べるつもりだったとか夢月を食いたいとか言わなかったか?」
あの暗黒は、そのために俺と柚香を襲った。深雪をまさに闇に飲みこもうと――ハデスブラックめ!
吉原さんがびくりと振りかえる。
「落ちつけ。……分かった」
蘭さんがため息をつく。その手に缶ビールが現れる。吉原さんは「寝る」と言って、部屋を出ていく。
人喰い。この話題こそが俺が知らせたかったこと。そして。
「あれは紅月に勝つために、あの子を食べたいと笑いました。あの子のために、俺は知らないとなりません。人喰いのことを教えてください」
「あの子とは?」
「スカシバレッドです」
「……つまりお前だろ」
蘭さんは宇宙人を見る目を俺に向けたあとに、ビールに口をつける。お前も飲めと、俺の手にもキンキンに冷えたのが現れる。下戸ですと言ったらコーラに入れ替わる。ぬるかった。
「今から話すことを本部以外で知っているのは、関東管轄では私だけだ。すでに独自で探り済みだとしても夏目に秘密にできるならば教えてやる。木畠にも言うな。あのオウムは夏目と一心同体だ」
この人は敵ではない。殺されたけど仲間だ。モスガールジャーとは違う仲間だ。俺はうなずくけど、自分から切りだした話だけど、ひとつだけ確認しておきたい。
「柚香は大丈夫なのですよね。どこに住んでいるか教えるはずないですよね」
見舞いに行きたい。寄り添って眠ってあげたい。
夢月は井の頭線某駅前に住み、実家は大きい和菓子店でマンションを三つ持っているから甘やかされてあんな性格になったとまで教えてくれたのに、柚香自身の住まいは明かさなかった。出身県も知らないままだ。なまはげランドってどこだろう?
「言うはずないが、心配してくれてありがとう。
……お前は身を削り柚香を守った。本来なら大田区東寄りに投げ捨てていたのを保護してやって、さらには質問に応じてやるのだから、集中してちゃんと聞け。またぼおっとしたら打ち切るからな」
蘭さんが語りだす。
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