07 卒業試合
文字数 3,308文字
「あなたも四回目。最初は気絶しなかったのだから退化していませんか?」
「……は、はい! もはや決して二度と!」
グリーンが未舗装路から跳ね起きる。
「スカシバレッド。あなたとまだ戦えるなんて……。ここはどこですか?」
他メンバーと比較して露出120%の緑のコスチューム。充分すぎるバストを覆う狭いビキニ。緑がかった黒い長髪。すらっと背高くて整った顔。でもちょっとだけ垂れ目。強い敵との戦いに付き従うだけでレベルは早くも41。
「指令室がまだなので不明です。ピンクが偵察に向かいましたけど」
レベル67のシルクイエローが答える。
真っ暗な山中だけど、車の音は近い。……しかし精神エナジーが具現化した身でも肌寒い。
「冬もこの服装ですか?」
スカシバレッドが先輩であるイエローに聞く。首肯される。
「でも戦いが始まれば忘れます。地味仕事では防寒具や携帯カイロが転送されます」
さすがモスガールジャー……。仮面ネーチャーはどうだろう。ガイアさんには、このスタイルのままでと言われたな。真冬もか?
「ゴルフ場と納豆の看板ばかりだった」
コノハに乗ったピンクが戻ってきた。
大きい木の葉型の桃色エアサーフボードは、スパローピンクがレベル90を越えて登場した。現在のレベルは107。バストはDになってから伸び悩みだ。背丈はちびっ子で止まっている。
「ならば茨城だな。……やはり雪はまだか」
レベル73の青い女教師が唐突に現れる。もちろんエロい。
「私がいるのに彼女も来るのですか?」
だったら銀髪の深雪を見られる。
「お前がいるのは引き継ぎのためだ。それより彼女は転生を拒否した」
エリーナブルーが眼鏡をはずして防弾スプレーをかけながら言う。
「なので司令部が、変身した彼女をモスプレイに乗せてくる。今後はあの女を送迎するタイムラグを考慮して召集してもらわないとな」
「それか僕らもモスプレイに集合……。シルクは一緒にコノハに乗ろうよ!」
「私も乗せてください!」
「ふふふ。キラメキはコノハより早いじゃないですか――」
改造バイクの爆音が響いた。ブルーの背にグライダーの羽根が生え、びゅんと偵察に行く。一般人だったとすぐに戻ってくる。ということは、この県が誇る一団か。
「皆様、お待たせしました」
空から巫女が降りてきて、地面にすとんと着地する。
「今夜からあなた方のチームに加わります白滝深雪です。よろしくお願いします」
みんなへと微笑む。スカシバレッドと目を合わせない。まだ怒っている。
やっぱりコスチュームは変えないのか。でもシルバーヘア! 白装束と調和してかわいすぎる。……ブルーもどきりとしたな。エロ女医め。
「深雪さん! よろしくお願いします!」
グリーンが目を輝かす。
「こちらこそ」
深雪が皆へと歩む。
背丈こそピンクに次いで小さいけど、一人だけ違うスタイルだから圧倒的存在感だ。おそらく戦いになればなおのこと。
『全国有数の魅力あふれる地にようこそ、モスガールジャーの諸君』
与那国司令官の声がモスウォッチからした。
『機内にてちょっとしたトラブルがあり、アメシロはご機嫌斜めだ。なので私が仕切らせてもらう』
誰もが深雪を見る。彼女は微笑むだけ。
『急きょ決定したが、諸君らには納豆ランド支部の壊滅をお願いする。ここは上質な戦闘員を産出することで有名だが、支部長であったオーガイエロー、副官でありスカウト部長であったジェットゴキを失った。体制が回復する前に致命的打撃を与える。
布理冥尊の牙城のひとつであるから、奴らも必死に守るだろう。しかし、秩父の戦いを制したメンバーが揃っているのだから、何事もなければ楽勝だ』
一人いないだろ。埼玉トップの大幹部を倒した奴が。スカウト部長を津軽海峡まで追跡して消滅させた奴が。
「ちなみに紅月照宵であったスーパームーンは、東日本全体のワイルドカード的扱いになります」
深雪がそう言ってから俺をちょっとにらみ。
「司令官のおっしゃるように、私たちは先日の戦いで強くなりました。力を合わしていきましょう」
みんなへと微笑む。八重歯が見えた。
「了解です!」とグリーンが大きな声で返事するけど。
「僕たちは強くなってないし」ピンクがぼやく。
「あの莫大なポイントを、お前が独占したからな」ブルーが巫女をにらむ。
「やめましょう。戦いに専念しましょう」イエローがおたおたする。
「あれは厳正な計算に基づいたつもりでしたが、今後はこのチームの方針に従います」
深雪はよそよそしく微笑むだけ。俺だけを無視する。
***
常磐自動車道に近い巨大な金属加工工場。その一角にある施設こそが、偽装された布理冥尊納豆ランド支部――すなわち悪名高き北関東連合本部。大規模な建設現場にありがちな二階建てのプレハブ小屋。に偽装した防弾窓ガラス付きの鉄筋コンクリート製アジト。
「清め給へ、隠し給へ」
五人は深雪の結界に包まれて、本物の工場屋根で待機する。
『ターゲット施設の視認完了』
鷹の目を持ったエリーナブルーからの通信が続く。
『正規の工場には一般人が多数いる。巻きこまないようにしよう。敵アジトには四十名ほどだが、全員が私服だ。生身の戦闘員らしきがうろついている。――私は本隊に帰還する。以上』
『エリーナお疲れ。やはりモスキャノンの使用は差し控える』
私情より任務を優先したアメシロが告げる。
『差し控えるが、私個人としては使いたい。なので本部との交渉は続ける。とはいっても、さすがに今回は力押しだ。変身せぬ戦闘員を傷つけぬようにしよう』
「幹部の人数やレベルの予測は?」
ブルーが戻ってきて尋ねる。
『不明』アメシロの回答。
「……なにそれ。シルクちょっと貸してください。――これは作戦と言えません。リスクがあり過ぎます」
深雪がモスウォッチに声かける。
『はあ?』
アメシロがせせら笑う。
『だったら、あんたは戦わなくていい。結界で敗残兵を閉じこめるだけでいい』
「私たちはずっとこんな戦いでした」
モスウォッチを戻してもらったシルクイエローが言う。
「ついこの間まで、上級戦闘員一体を相手に苦戦しました」
「……分かりました。私は皆さんを全力でフォローします。もちろん戦いもします」
深雪は微笑むけど不満を隠せない。
「私は今夜で最後です。あなたに伝えることは、身をもって教える」
スカシバレッドは深雪に話しかけて、そっぽを向かれる。池袋でつないだ手を思いだして、スカシバレッドは切なくなる。
***
「清め給へ、堅め給へ」
攻めより受け。巫女がみんなへ御幣を二度祓い、守備力を高める。いちおう俺にも向けてきたけど断った。それでも合わせて八回。深雪が額の汗をぬぐう。
『作戦開始まで10,9,8……』
アメシロがカウントダウンを始める。深雪が結界を解除する。
『1,0』
「行こう!」
スカシバレッドを先頭に五人が屋根から降りる。イエローはコノハに乗せてもらう。
深雪が黒神子と化す。御幣と神楽鈴を手に中空に浮かぶ。
「清め賜へ、閉ざし賜へ」
ダミー施設が、レベル182の築いた見えない檻に包まれる。そして叫ぶ。
「戦闘員たちに告ぐ。一分後に突入する。生身の者は、それまでに着替えるか投降しろ。本当の命こそ大事にな!」
結界内に響きわたる威嚇の声。耳が痛いほど……。柚香はこんなこともできたのか。
「さすがコウモリだな。声で狩る」ブルーが腕を組む。胸が邪魔にならない。
「不要なのにね」ピンクがつぶやく。
「はい、はい」グリーンが二度うなずく。
「レッドは今夜までですね」イエローはさみしげだ。「では、やりましょうか」
五人は、アジトの前で整列する。
私服のままで見張りをしていた戦闘員が屋内に逃げる。
「雑魚どもめ。あきらめろ」エリーナブルーが叫ぶ。
「我々は夜に舞う」スパローピンクが続く。
「磨きあがった乙女たち」シルクイエローも。
「見目麗しき戦士たち」キラメキグリーンも。
「愛と正義を守り抜く」
スカシバレッドが一歩前にでて、不敵に笑う。その両手に、対のスピネルソードが現れる。
「かわいこ戦隊モスガールジャーだ!」
五人の声が重なる。