04 ちっぽけな二人が選ぶ道
文字数 3,208文字
『じゃあ笹塚でボーリングしよう』
健全な恋人同士である二人は四時過ぎに待ちあわせる。雪月花の端末は使わない。ちなみに笹塚は柚香の最寄り駅だ。
***
俺も柚香も学生らしいカジュアルなシャツとパンツ。彼女が先行。軽い玉。腕にはおしゃれなモスウォッチ。綺麗なフォーム。いきなりストライク。
俺は真ん中はずして二投目もはずして3ピン残した。柚香は次もストライク。雪国育ちだから屋内スポーツが得意なのか?
「俺は高校以来だから」
「私も高一以来だよ」
俺の二投目は2ピン残しからのスペア。コツを思いだせた。柚香は1ピン残しからスペア。
一試合目は追い上げ実らず柚香の勝ち。でも二試合目は俺がストライクを九回続けて(一試合目からならば十四回連続)圧勝した。ギャラリーが増えたから、目立たぬように最後は1ピン残した。
「やっぱり智太君すごいね。一番重い玉であんなスピードで、ピンが壊れるかと思った」
駅前のカフェで向かいあって柚香が笑う。夕方だからミルクレープは頼んでいない。二十分ほど豪雪自慢を聞かされて店をでる。
「夕食どうする?」
第一希望は柚香の部屋で一緒に食べたい。第二希望は一緒に焼き肉屋に行きたいが、匂いが染みつくと俺だけいいものを食べたが女子たちにばれる。
「柚香の部屋で食べたい」
秩父から転送されてからお邪魔していない。
「無理だよ、汚れているし」
「俺は平気だけど、じゃあ豪快なラーメン食べよう」
並んで歩く沈黙は十秒弱。俺を見あげて。
「野菜がいっぱいあるから、一緒に料理作ろう。私は掃除しておくから、好きなお肉を買って十分後に来て」
柚香が駆けていく。快活な後ろ姿……。
いよいよだ。緊張してきたぞ。最低でもキス、そこからは進めるところまで進もう。もちろん用意してあるし。ポケットに移動しておこう。
でも、ボーリング場から始まって、彼女からよそよそしさを感じる。原因は決まっている。小さなテーブルで向かいあって食事しても、それは消えないだろう。
『俺は柚香しか見えていない。夢月にはっきり言う』
だから俺から切りだす。
柚香の顔色がすこし青くなる。
『やめよう。奴は常識外だよ。智太君が殺されるかもしれない』
たしかに生身で月明かりをだせるようになった。だとしても。
『だとしてもだとしても、愛し合う二人が悩み苦しむ必要はない』
『智太君。そんなに私のことを』
うるんだ目で俺を見つめる柚香。そして。
『ちょうどそこにベッドがあるね。へへへ』
そこまでうまくいかないかもしれないけど、そのために乗り越える壁があるのは確かだ。ついに二股男も一股になれる。
***
無難に豚小間を買って、アパートのチャイムを鳴らす。
ベッドと机と本棚だけの部屋。前に来た時よりも、インテリアが増えている。三匹の子豚のフィギアとか、花のカレンダーとか。清潔感にあふれる部屋。
本棚に、ちいさなフラワーアレンジメントも飾ってあった。ピンク色の花。
「これって雪割草?」
「そう。ネットで衝動買いしちゃった」
「コウモリのフィギアは?」
「あるはずないでしょ。……豚肉が好きなんだ。ほんとに肉だけ買ったんだ。おろし生姜のチューブがあるから、生姜焼きにしよう。へへへ」
何だっていい。キッチンは狭いから、柚香が一人で作ることになる。
ベッドはシングルサイズ。二人でも窮屈なのに、夢月は意地でもぐりこんできたよな。……手持ち無沙汰だ。スマホをいじるのも失礼だし、テレビがないのはきつい。本も教科書と参考書ぐらい。なので、柚香のスカイブルーのエプロン姿を見ている。背後から抱きつきたくなる。
「魔法が使えなくなって不便?」さすがに襲えないから話題を振る。
「へへへ。今まで細かい動作が運動不足だったかも。もう慣れてきた。たまに冷蔵庫から冷茶をだそうとしたりしちゃうけど。……あんな仕打ちで済まされちゃったって感じがする」
「ふうん」
続かない。話術が欲しい。
「私と夢月が喧嘩状態なのは智太君のせいじゃないよ」
柚香がキャベツをぶつ切りにしながら話しだす。想定より早くこの話題になってしまった。
「この間、夢を見た。……またあの化け物に襲われて、私は助けを求めた。でも夢月が現れなくて……私は悲鳴をあげて起きた」
二度も襲われたハデスブラックのことだろう。夢の中だと、俺じゃなくて夢月にスクランブルか。
「もう襲われることはない。俺も守る」
「無理だよ。黒岩はどんどん強くなっている。蒼柳が言っていたらしい……。化け物に勝てるのは化け物だけだよ」
俺も化け物だけどな。柚香を守るためなら怒りに震える血の色の龍になってもいい。
ふいに柚香が俺に顔を向ける。頭を下げる。
「ごめんなさい。私は夢月と仲直りしたい。また夢月に守ってもらいたい。すごくずるい考えだけど、すべての戦いが終わるまでは、三人で仲よくしていたい。……二人で会うのは今日までにしよう」
究極なまでの想定外。
俺のまわりの正義の味方に聖人君主はいない。俺も含めて。
俺が守るよなんて、責任なき言葉を言えない。チームが違えば、同じ時間に別の場所で戦うかもしれない。
「俺が柚香を守る」それでも言ってしまう。
「……それも嫌なんだ。私はモスのエースだよ。戦闘力も守備力も低いかもしれないけど、それを補うレアな魔法をたくさん持っている。対等に扱ってよ。……そうしないと、私は戦えなくなる。智太君に甘えて、みんなを守れなくなる」
「夢月にだったら甘えていいのかよ」
すこし声を荒げてしまう。
この女の言い分は、
だったら、俺と夢月がくっついてもいいのか?
さすがにそれは言えないけど。
「三人一緒がいいのなら、今ここに呼ぼうか?」
精いっぱいの嫌味は通じただろうか。
柚香は首を横に振る。
「智太君は私を何度も守ってくれた。これからも守ってくれると思う」
まな板を向いたままで涙声になる。
「私こそチームのエースだから、みんなを守らないとならない。……夢でも私がまた最後の一人だった。私と智太君だけでは、また守られる立場」
そんな意味か。一人だけ生き延びた彼女は、今度こそモスガールジャー全てを守ろうとしている。でも、ちっぽけな二人では、なおも生き延びている強敵相手には……。
「お肉が少ないから、夢月呼ぶのは次にしよう。もうすぐ出来るよ。へへへ」
柚香はこちらを振り向かない。
ただただ戦いたい。すべてをはやく終わらせたい。
などと思ったためか、柚香のモスウォッチがピピピと鳴る。豚肉におろしチューブをかける手が止まる。戦士の顔つきになる。
かわいい横顔が端麗な横顔になる。
「雪だ」と時計へ話しかける。二言三言話して、了解と通信を終える。俺へと顔を向ける。
「木畠から。召集だって。あと一時間で集合だから急いで食べよう」
俺は心に仮面ネーチャーの端末を思う。手にしても通信は来ていない。
「モスだけ?」
「みたいだね。都内の小さなアジトを潰す。本来なら傭兵たちがするような任務」
「俺も行こうか」
「今話したばかりじゃない」
柚香が戦士のままの目を向ける。
「夢月がワイルドカードで待機している。モスガールジャーを守るのは智太君じゃない。……私でもない」
俺と柚香は夕方六時半に、小さなテーブルで生姜焼きを黙々と食べる。味付けはよろしくない。柚香が作ってくれたのだから全部平らげる。キャベツの芯も。
狭いキッチンに二人は並んで食器を片づける。
「じゃあね」とさみしげな笑みに見送られて、俺は部屋をでる。
彼女はもう少ししたら白い渦に迎えられて、戦地へと向かう。
『今夜は作戦有りますか?』
ネーチャーの端末に送る。
『今のところはないよ! でも待機は忘れずに!!!』
アグルさんから返事が届く。
ひたすら戦って、俺も規格外になりたい。もっと化け物になりたい。