27 浮かぶ野戦病院
文字数 2,634文字
「俺、気を失った?」
「はい!」
はいじゃないだろ。キラメキ起こせよ。死んでも離脱しても、大磯のはるか上空に転生されるじゃないか。
俺はよろよろと立ちあがる。機内を見わたす。藍菜は通路に大の字で毛布を掛けられていた。深雪はシートに座りこんでいる。
「カラスのエナジー反応は消失。死亡したか生身に戻ったと思われる。
ダブルピンク聞いて。可能であればみんなと合流して。モスウォッチにポイントを表示させる。
深雪、月に冷静になるように伝えて」
アメシロはコクピットで忙しそうだ。
深雪の手に雪月花の端末が現れる。
「スーパームーン聞こえる? 相生智太は無事に確保した。だから月明かりは控えて。……どうだろう?」
深雪が俺を見る。
「顔色が悪すぎる。もう私も司令官もエナジーを与えられない。ここからは下にいる五人で戦って」
「五人? スパローとハウンドと紅月と」
「リベンジグレイと仮面ネーチャーラピスです。あの素敵なお二人は伊豆まで行ってしまいましたが合流しました」
イエローに教えてもらう。俺は心に仮面ネーチャーの端末を思う。なおも現れない。
「キラメキグリーン、いつまでも突っ立ているな。お前の役目も終わったから休め」
藍菜が大の字のままで言う。
「お言葉に甘えさせていただきます!」
キラメキグリーンも通路にぶっ倒れる。
俺は心に雪月花を思う。深く思う。柚香と夢月と蘭さんを思う。端末は現れない。
「智太君も座ろう。……すごく頑張ったね。一緒に見守ろう」
深雪の疲れた笑み。銀色の髪。巫女姿。
「私のエナジーを譲ろうとしたのですけど、深雪ちゃんは断りました」
シルクイエローが言う。
柚香が仲間の精神エナジーを吸えるはずない。彼女はたしかに性格悪いところあるけど、根は一番に真面目だ。
でも俺は夢月を思う。彼女はまだ戦っている。
「菜っ葉、意識が戻ったなら本部に連絡しろ。戦いに参加する三人はどうなったか聞け」
「はいはい」と藍菜がポケットから端末をだす。
「こちらモスガールジャー司令部。早速ですが、
那智が誰だか知らないけど、仮面ネーチャーラピスもリベンジグレイも時間制限がある以上は、あいつらに頼らざるを得ないのか。
「……了解。では撤退指示を――続行しろだと?
失礼なお言葉ですけど馬鹿じゃないですか? 二人に裏切られて那智さんがやられて……、了解しました。では、その二人を倒すことに作戦変更でよろしいですね。完了次第撤退します。それでは。
くそ馬鹿本部! お前らの低脳を前線がいつも尻拭いだ」
断片を聞くだけでも分かる。春日が寝返った。蒼柳がまた裏切った。そういう作戦だったのかもしれない。そして、蒼柳はともかく春日はあらゆる情報を持っている。桧を正確に模写できるほどに。
とてつもなく怒りが湧きあがる。
「俺はまだ戦える」
宣言する。怒りをエナジーに変える。
怒りをこめて、心に仮面ネーチャーの端末を思う。現れない。真壁への怒り。
「ぼろぼろのこいつを、なおも戦地に送る。みんなはどう思う?」
藍菜が上半身を起こす。包帯でぐるぐる巻きだった。病室から転生したのか。
「冷静に聞いて。ウィローブルーと春日が――」
アメシロは通信に忙しい。
グリーンは大の字だ。
イエローは黙っている。
「彼がまだ戦うというならば、私は力になる。私のコンディションは7%。足しにもならないけど、すべて授ける。私の分まで戦って」
深雪が立ちあがる。俺へと歩み、よろめいて胸に転がりこむ。そこから俺を見上げる。
「帰ったら柚香ともキスしよう、へへへ」
「1%残しておけよ」藍菜はクールだ。
俺はまた深雪と唇を重ねる。鍋の底からかき集めたようなエナジーを授かる。でも冬に耐えて春をもたらす強いエナジー。俺の怒りを中和してくれた。
深雪はそのまま意識を失う。申しわけないけど、通路に横たえる。
「他人とともに転生する。それならばスカシバレッドになれると思う。でも深雪に渡した私のエナジーが回復するのはずっと先」
藍菜が言う。
「ではシルクイエローの出番ですね。弱い私にもようやく任務ができました」
深雪とグリーンに毛布を掛けたイエローが微笑む。
まじですか。陸さんと裸で抱き合えと?
寝ている二人は無理。アメシロは忙しい。藍菜の回復を待って彼女と抱き合うのも……なんか嫌だ。茜音と抱き合いたいけど、覚悟を決める。
「分かった。急ごう」イエローへとうなずく。
藍菜が端末を押す。シルクイエローがその場で陸さんに戻っていく……。なんで黒いブラと下着姿だ。
「あらやだ。丁度着替えている時に呼ばれたので」
陸さんが長い金髪に濃い目のメイクでうふふと笑う。
「で、では背中合わせで――」
「転生だから、しっかりと抱き合わないと無理。ボタンを押すよ」
二人は正面からしっかり抱き合う。二人の上に白い渦が現れて、包みこまれて、俺は腹に力を込める。
シルクイエローのでかすぎる乳に押しだされるように、スカシバレッドが現れる。その腕にはモスウォッチ。
「再びのモスガールジャー隊員だな」
藍菜が親指を立てる。
「スカシバレッドのライフ値は68/311、コンディションは45%。行き先は随時伝える」
アメシロが冷静に告げる。
「健闘を祈る……無理はしないで」
「誰もがあなたを信じているので送りこむのです。頑張りましょう」
シルクイエローが胸の前で両手をグーにする。かわいらしいぞ。真似するのを忘れていた。
ハッチが再び開く。覗くと市街地が広がっていた。
「月と悪魔は空中戦を展開中。現在は二宮上空。作戦域は小田原方面に移動している」
俺は心に仮面ネーチャーを思う。端末が現れた。でもスカシバイクを回収している時間はない。焼石にとどめを刺す時間も。
だとしてもレイヴンレッドは作戦継続不可能だろう。だとしても敵はなおも四体……。
「トリオスは?」
「四国にて陽動作戦を展開中」
「了解」
俺は横たわる三人を見る。エナジーを何度も授けてくれた深雪を。助けてくれたキラメキグリーンを。轢いてしまった藍菜を。
微笑むシルクイエローも見る。アメシロはここからだと見えない。
「スカシバレッド出撃します」
暗い太平洋。灯る市街地へと身を投じる。満月が真上で出迎えてくれた。……望月って呼ぶのだっけ。