05 変身でなく転生
文字数 2,986文字
率直な感想を口にする。小説の投稿とかが趣味だろうか。
「相生ってさ、高校のときからそんな感じだったよね。醒めているというか抜けているというか。小馬鹿にした雰囲気ではなかったけど、それでもよくレッドなんかにね」
向かいに座る木畠がしげしげと俺を見る。
「なんか卒業して変わったね。男らしくなったというか……」
彼女は慌てて目を逸らし、ストローで氷をぐるぐる回す。
「なんで女に変身する?」
司令官の説明で概要は分かったが、最大の疑問を聞く。
「変身でなく転生。昨夜みたいなマッチョな男でなく、女性や子どもやお年寄りの姿の敵が現れたら戦える?」
想像すらしたくない。俺が激しく首を横に振るのを見て、彼女はちいさく笑う。
「か弱い乙女の姿で相手を油断させる作戦は当初うまくいった。……外見の方針は藍菜が決める。奴は頑固だから変更してくれない。それと、弱そうな姿の敵が現れても情けをかけないようにね。それに引っかかる知恵足りぬ者がいる」
当初ということは、最近は敵も見慣れたのか。昨夜のレッドの体の切れや力を体感したかぎり、精神エナジーの具現した形状はなんであっても変わりなさそうだけど……男の姿に変えてもらう訳にはいかない。会えなくなる。
「テスト前だから午後の授業にでたい。あの後はどうなった?」
「試験直前は私もだけど、昨夜の敵のこと? 三人娘にむごく倒された。彼女たちの名は“
茜音が小馬鹿に笑う。
空に浮かんでいた連中のことか。Aランクだろうと正体が男ならば興味はない。
「下っ端は倒されると消滅したが、あいつらも人間か?」
「下級の戦闘員はかわいそうな人間。エリートや幹部もだけどね。向こうに選ばれるのは悪しき心を持つ連中。性悪説でもないけど、そっちに心が片寄る人のが多いから、向こうは無尽蔵に手下を集められる。その代わり、精神エナジーの弱い者が多い。本部が捕虜を調べた結果、中級以下の戦闘員は転生された記憶さえない人もいるみたい」
布里冥尊の戦闘員は上中下にエリートと四ランクあって、その上に幹部が存在するらしい。そのランク付けだと、広州(中国だ)に単身赴任中の父親は、会社の歯車としてどこに位置するのだろう。なんて考えていられない。
「トンネラーは変身して、さらに最終形態になるような口振りだった」
「そう。幹部より上は、精霊と呼ばれる化け物になれる。でも私たち同様に死ぬと精神エナジーはすり減るから、敗れると戦闘員クラスに成り下がる。さらに倒せば、悪しき精神は消滅する。向こうの戦力は削られていく」
実体が傷つかないのならば罪悪感を持つ必要はない。つまりは端から倒せばいい訳だ。優等生だった木畠が言うなら信じるに決まっている。
「検索してないよね?」
ふいに言われる。
「何を?」
「
こいつは変身しても飛んで逃げるだけみたいだが……。俺たちは変身でなく転生か。転送されて生まれ変わるって感じか。
大事なことを言っておかないと。
「バイト中に呼ばれるのは困る。家族といる時にいきなり消えると大騒ぎになる」
「他人と接しているときはもちろん、多少でも注目を受けているときは転生されない。だから現地に現れるのにタイムラグが発生する。全員揃わないうちに任務が完了したことも昔はあった。
そうは言っても、私も元カレの部屋で一人シャワーを浴びている時に転生させられたけどね。済ませば私に興味ないんだと知った。夜間のバイトはやめて、家でひっそりしているのがお勧めだよ」
……何げにずけずけ言ったよな。このクラス委員長は昔から男っぽい性格だったけど、俺より経験を積んでいやがる。
「呼ばれる頻度は? 木畠はいつから参加している?」
「みんなほぼ丸一年。呼ばれるのは平均すると月に四、五回かな。……茜音でいいよ。相生は名前順だと常に一番だったでしょ?」
そう言って俺を上目遣いに見る。空になったアイスオレを音をたてて飲んで、照れ笑いする。
たしか昼呼ばれることがあるとも書いてあったよな。これは生半可な心でやるものではないかも。
「今さらだけど、これって断れる?」
俺の問いに、彼女は首を横に振る。
「碧菜のメッセージにも書いてあったでしょ。私たちはこっちの世界でも仲良くやっているって。それって実は、裏切られないように逃げだされないように、こっちでも拘束しているのかもね」
怖い目で笑う。
「私があなたに早々に会った訳がわかる?」
彼女がスマホを立ち上げる。画面を見せられる。いまの俺が写っていた。
「この画像は司令官に送ってある。そこから本部にもね。今回は旧知だからプロフィールを調べる必要もない。つまり、もうあなたは逃げられない」
彼女は妖しく笑うけど。
「スカシバレッドの写真もあるか?」
そんなことを聞いてしまう。
茜音がきょとんとしたあとに。
「逃げるような奴ならばそもそも呼ばれないか」
ぽつりと言う。
***
暑いねと、茜音が隣を歩きながら言う。今度記念撮影しようということで、あの話は終わった。
「名前の由来? このチームの最初の名称はモスレンジャーだった。
私が初めて転生したときは、まだ碧菜しかいなかった。で、最初の仕事は二人で名前を考えることだった。私はオウムになって怯えるだけだったから、『私の外見に合わせて昔の怪獣映画と日曜朝の特撮番組を合体させない?』と言う親父姿の彼女の案に従った。
『モスって蛾ですよ』と余計なことを言ったため、私の名前もそのとき決められた。藍菜っ葉も当初の少女漫画的きらきらネームを与那国に変更した。
メンバーを女で統一しようと、知らぬ間に本部へ改名届を出していた。……悪い人間ではないけど、とにかく馬鹿」
午前中最後の質問に彼女が答えたところで駅に到着する。ほかにもいろいろ質問したり、聞きたくもないことを聞かされたりしたが、俺の特質の中身や報酬、ペナルティはいずれ分かるということだった。
「任務の質は落ちているから、相生君がいればペナルティの心配はしなくていいよ。それより、君の顔を見たら思いだしちゃった。校門の前で猫を助けようとしたことあるよね? やっぱり君はレッドだ」
彼女は七月の日差しを浴びたままで俺を見つめる。
たしかにそんなことがあった。でも、轢かれて痙攣する猫を助けるなんて誰でもするだろ? 俺の白シャツが赤く染まっていたからか誰もその子を受けとろうとせず、仕方なく抱えながら轢いた車を追いかけて、途中で行き先を動物病院に変更して無事に命を救って、そいつが今も家に居着いているなんて、普通だろ?
「じゃあ、四時に西新宿でね」
それぞれの行き先ホームに別れるところで、茜音がはにかんだように手を振る。せっかくだから仲間の一人に会おうとのことだ。一緒に昼食という誘いは断った。学食で一人食べるのが楽だ。
誰と会うにしろ、あのままの姿であったらと、一縷の望みを残しておこう。