15 まだまだ秘密会議
文字数 3,751文字
「だったら私はジジイを拷問する」
中学生を拷問するのは、レッド二人が猛烈に反対した。
蘭さんは柚香に意見を求める。『さすがにちょっと……』と言われたらしい。
藍菜は清見さんに意見を請う。『本部に送るべきではない。私は忙しいから処遇は夏目が決めろ』と突き放されたようだ。
「ぐひひひ。私などが意見を口にしてよいのならば」
最年長の落窪さんが藍菜の背後で口を開く。
「この子はまだ若いです。善の心は蘇るでしょう。本来ならばあなた様が保護なされるべきですが、義務教育でしょうし親御さんもいるでしょう。
解放してやるのはいかがでしょうかね? ただし何もないと本宮に疑われます。このアジトの情報を与えましょう。あの子の偽りの功績になります」
「……お前は布理冥尊を庇うのか? 身中の虫と思われるぞ」
蘭さんがにらむ。
「うーん」藍菜も腕を組む。
「それだ!」
でも茜音は手を叩いた。
「こいつは相生に惚れている。スパイに仕立てられる!」
「さすが茜音っち」
藍菜が指を鳴らし即決する。
「こちらのレッドと連絡を取れるようにしよう。落窪さんはスカシバにクリーンなスマホを渡してください。その電話番号とアドレスを穴熊パックに残しましょう。『僕は君を守るために云々』と、受けとった少女が涙する文章を私が書く」
「あいにくここには無いですね、ぐひひ。宅配の当日便で彼に送ります。猟犬が関わる間は、何より最小限の動きが必須です、ぐひひひひ……」
重責だが、正義のためなら仕方ない。諭湖には助けられたわけで、彼女を傷つけずに済むのだし…………強烈な視線を感じる。夢月が睨んでいた。
スカシバレッドは彼女にやらかしたっけ? 自分よりかわいいと妬いているのか? 汗でおでこに前髪が貼りついているのさえ、悔しいけどこの子よりずっと……そうだった。
俺は部屋を出ようとする。
「どこへ行く」蘭さんに呼びとめられる。
「ちょっとトイレに」
「精神エナジーがもよおすはずないだろ。……私たちと同じく貞操シールドがあるよな?」
「私が自分にそんな目を向けると思いますか?」
スカシバレッドが深川蘭をにらむ。
「鏡を見てきます」
蘭さんが異世界人を見る目を向ける。失礼な奴だ。
「ついでに穴熊パックを別室に転がしておけ」
司令官に命令される。
「そろそろ起きる。ここにいる顔を見たら本部直行してもらう」
***
押部諭湖の寝息はかすかだ。さすがに俺の手刀に問題があったのではと心配になってきた。それでもトイレにあったタオルで更に目隠しして、みんなのもとに戻る。
夢月はソファに横になって、スマホを弄っていた。蘭さんは膝を枕にされて、窮屈そうに他の者と話している。入ってきた俺を顎でしゃくる。
「『僕は関係ありません。皆さんで決めてください』のウイルスの恐怖を、私は目の当たりにしている。さきほどの案はうまくいきそうだ。穴熊を開放するのはガールジャーに任せるが、スマホの中身は調べておきたい」
「当然のこと。なのでスパコンをハッキングして解析させているが、スマホに特殊の技術が使われているようだ。まだしばらくかかる」
司令官は何気にすごいことを言う。
「ふん。雪月花でなんとかするから持ってこい」
蘭さんが膝に頭を乗せられた夢月を指で示す。
人のスマホに魔法でアプリをインストールできる超越ハッカーだ。
「……私かよ」と茜音が奥の部屋に行く。薄地の白系パジャマだから紺色の下着が透けている。寝るときもブラをする系か。コンディションがいいので気にならないのだろう。
諭湖の所持品はスマホと千二百円入った財布だけだった。身分につながるものはなし――思いだした。
「布理冥尊に二万円奪われたけど」
「自己責任ですね。ぐひひ」
「それはさすがにかわいそうだ」
藍菜が分厚い財布からピン札を二枚取りだす。
「どこぞのチームと違い、我々はメンバーにやさしい。しごきなどしないしな」
その手から万札は消える。
「私が貸した金だ」
蘭さんの手に二万円が現れる。
「どこぞのチームと違い、我々はすべてを迅速かつ几帳面に処理する」
魔法を使わずポケットに突っ込む。
また殺伐した空気が流れだしたところで、茜音がスマホを持って戻ってくる。
「あのパソコンのデータは、念のためマザーPCに転送させている。終了と同時に自爆するようにセットしておいた。内部が破壊されるだけだから二次被害の心配はない」
「どこぞのチームは彼女一人でもっているな。――夢月、パスワードを解除してくれ」
「うん。…………どうしたの? とっくに立ちあげたよ。私三日ぐらい寝てないからちょっと眠るね」
恥ずかしいからせめて起きていろ、あっちのレッドよりひどいと言いながら、蘭さんが茜音からスマホを受けとる。
「……この背徳は、まさに布理冥尊だな」
待ち受けを見て嫌悪を丸出しにする。
「どれどれ」と司令官が受けとる。にやりと笑う。
「これは一部で熱狂的人気のお二人だ。だが、ここまで露骨なのは見覚えがない。だとすると自作だな。さすがは親衛隊だ」
さらにスマホを操作しだす。
「茜音っち! この子は私のフォロワーだ! 全作品、作者もだ。しかも狂った応援コメントを残す奴だ。命を大事にして正解だった。……でも自作小説はまだまだ中学生だな。五行で分かる。さすがに評価できない」
存在するのに存在しない電話番号。中身は趣味系の匿名ばかりで、個人を特定できるデータは皆無。でも、このハッキング技術が専門とするクレジットカードの16桁を、盆地の底の底までサルベージして探りだした(まだ自爆してなくて助かった)。その番号から個人を追跡するのは容易だった。習志野在住の四十六歳男性がヒット。大手出版社勤務。その保険関係をハッキング。長女の名は“
「しょせんは中坊だな」
司令官と蘭さんが目を合わせて薄笑いする。
スマホはポーチにしまわれて、彼女のつなぎデニムのポケットに突っこまれる。もう目覚めてもおかしくないのにと、麻酔薬を打った蘭さんが不吉なことを言う。俺の手刀でなく、彼女の薬が合わなかったことにしよう。
夢月はソファでうたた寝、いや熟睡している。寝顔がかわいすぎる。
「スカシバ、ちゃんと聞いている? なんとシルクは電話にでた。弱弱しい声だったけど、やっぱりあの人は強い。でも、さっそく腕毛が生えてきたみたい。はやく悪を倒して女性ホルモンを授かりなおしたいって」
「よかったです」
スカシバレッドは茜音にうなずきを返す。陸さんならばそうに決まっている。隼斗だってつらい闘いを病としてきた。強いに決まっているけど再入院はさせない。清見さんだって……。
もう一度だけかぐや姫の無防備な寝顔を見る――病室のベットでの柚香の寝顔を思いだす。その吐息も。
カフェの入り口で抱きあった夢月の吐息も思いだす。その瞳も。
踊り場で背中合わせの二人を思いだす。
***
「私がここにいることは、ハウンドピンクに筒抜けですよね?」
大事なことに今さら気づいた。
「胡蝶蘭の存在感はマーキングさえかき消す。私と一緒なら平気だ」
「襲撃されたとしても、我々には夢月ちゃんがいる。この
藍菜は
「夜も昼も蛾はのんびりしすぎだ」
蘭さんが夢月を揺すりながら言う。
「私はあと二日休みだが、それでも学生や無職に付き合いきれない。
夢月、すぐに変身して赤モスとともに解除しろ。奴に覗かれないように気をつけろ。宿題は早めにな。ぎりぎりはダメだぞ」
司令官へと別れのあいさつもしない失礼な態度で蘭さんが消える。
「藍菜っぱ。私も帰らせろ」
続いて茜音も消える。彼女だけは生身の状態で呼びだせることに、いなくなってから気づく。
「胡蝶蘭がいなくなり猟犬が動きだします。レッドを
狼男に変わった落窪さんが諭湖を肩に背負い、藍菜と一緒に去っていく。戸締まりは不要、火のもとだけ注意しろと言い残され、スカシバレッドと夢月だけになる。
夏季休業中のビジネスビルの静寂。
夢月は寝起きの不機嫌な顔を俺に向ける。その姿が
紅月は二人きりになるのを待っていたかのようだった。
「赤モス。どちらが智太君にふさわしいか果し合いしよ」
「はい?」
「柚香の写真は赦したくないけど柚香だから赦す。消去しておいたけど。
でも貴様の写真が隠しフォルダに大事に保存されていたのは赦せない。しかも屈んで胸を見せつけたり、くねくねした格好をしやがって……。
すべて消去してやったけど。完全に。二度と復元できないように」
かぐや姫がスカシバレッドへと理不尽な殺意を向けてくる。でも。
「消しただと?」
俺の両手にスピネルソードが現れる。