06 ピンクのマント
文字数 4,129文字
「マントを渡して精霊にさせた? ハウンドもか?」
「千由奈は最初から押収していない」
「こいつがその気になれば、誰も転生変身できないだろ。……月を招集する。その権限がある」
茜音がポケットからスマホをだす。
「呼びたければ呼べばいい。無駄足だけどな」
千由奈がチョコクッキーを食べながら答える。
俺と彼女の間には、ハンバーガーなヒルを生き延びた戦友のごとき信頼関係がある。その時に何があったかは誰にも教えられない。
俺が龍になったこと。蒼柳も喋ってないようだ。あの場でのあいつらの所業を、俺も黙っている。暗黙の了解な感じかも。
「……どのレッドも想定の範囲外で生きているな。とりあえず菜っぱに相談するわ」
外で連絡するために、茜音が玄関からでていく。芹沢が付き従う。
「菜っぱって誰?」桧が聞く。
「司令官のコードネームみたいなもの」
隼斗が適当を教える。
「アメシロさんは怖そうだけど、じつは一番やさしい人だよ。智太さんだけ素性を明かしているなんて格好よすぎるから、僕の名前は壬生隼斗。二人と同じで中学二年生」
「そうなの? 中三か高一ぐらいだと思った」千由奈が目を輝かせる。
「ほお。てっきり発育のいい小学生かと思いました」湖佳が目をほそめる。
「ふふふ。隼斗君は、ずっと病気と闘ってきました。孤独な戦いです。それがこの子を大人に見せたり子供に見せたりするのです」
陸さんがほほ笑みながら言う。
「あなた方も緊張を緩めてください。私は睦沢陸です。誤解されているかもしれないですけど、私は男です」
「げほ! げほげほげほ……」
岩飛がおもいきりむせたあとに。
「陸姉さんですね。失礼ですが、姉さんの物腰からお店の匂いが漂います」
「あらそうかしら、うふふ。たしかに常連さんでちょっと賑わうお店でママをやっているわ。……トビーちゃんも接客の経験があるのじゃないの? よろしければ私のお店を手伝う?」
「ぜひともお願いします!」
最高の流れじゃないか。岩飛をモスガールジャーに押しつけられるし、それが無理でも安定収入が得られる。
でも千由奈と湖佳が、やっぱりテロリストは下劣という目で見ている。
「三人のレベルはいくつなの?」
隼斗がすかさず話題を変える。
「千由奈は185、岩飛殿は105です。私は先日半減しましたので、70ぐらいでしょう。あなた方の数値をお教えいただく必要はございません。それこそ他意があると思われます」
「僕たちも湖佳ちゃんと同じく
隼斗が同級生女子を名前で呼びだした。……話が止まっている。
千由奈と隼斗が見つめあったまま、二人ともフリーズしていやがる。
須臾にして久遠――。
「こほん」と、湖佳が言葉にして。
「壬生殿は、モスが壊滅した件を何気に非難されたようですが、あれに私たちは関わってございません。あなた方の盟友であったレイヴンレッドの周到な策です」
沈黙が流れる。話題についていけない桧がトイレに立つ。
「……こっちに戻ってくるように、嶺真ちゃんを説得できるかしら?」
想定外の切り返し。陸さんが同じ五人衆であった千由奈へと言う。
「間違いなく殺される。従ったふりをして背後から斬られる」
千由奈の返答に、他の元布理冥尊もうなずく。隼斗も「そうだろうな」と、両腕を首のうしろにまわす。なんという評価だ。
「焼石はあっちではどんな様子だった?」
俺もたまには口を開かないと。
「こっちでの彼女を知らないが、ふだんは鼻歌しながらふらふら歩いている。もしくは半日以上同じ場所に座っている。一度部屋に行ったがダンベルとバーベルしかなかった。片手の三本指で逆立ち腕立て伏せができる人間を初めて見た。精霊も含めて」
「ははは、変わってないね」
千由奈と隼斗が笑いあうけど……。
焼石伝説なんかより、殺されてなおも、陸さんと隼斗は彼女を許していることに気づく。彼女に戻ってほしい切望を感じる。
でも、あいつは黒岩と組んで清見さんを廃人にしたのだろ。目覚めた清見さんが彼女を許すと思っているのか?
「ピンク同士だね。スパローピンクを見たことある? 湖佳ちゃんより小さい娘」
「やはり意識していたからか資料を見た。すごいレベルの伸び方だった」
ピンク同士で盛り上がっている。まんま私服の中学生の男子と女子って感じ。
「へえ。犬とアナグマとペンギンか……。陸さんがあの団体にいたら猪だったね。陽南ちゃんはヒマワリ? 星? 僕はどうなったのかな」
話題が精霊へと変わった。別の話に逸らさないと。
「智太さんはドラゴンですよね? やばくないですか? 精霊のが強くないですか? なってみませんか?」
岩飛が振りやがる。
「お兄ちゃんを悪に誘うな!」
桧が戻ってきた。手を腰に当ててペンギン女をにらみ。
「そうだとしても、あのマントがあると誰でも変身できるの?」
「本来ならば、正義の心が強くないと転生も変身もできません。でも、あれのおかげで精霊と呼ばれる存在になれます」
陸さんが答える。
「あなた方のいずれもが正義だと? 教義ではごまかしておりますが、桧殿のため正直にお教えしましょう。精霊になるには、もしくは彼らが言う正義の味方になるには、ああ人並み外れた精神エナジーさえあればいいのです」
湖佳が煎餅をぽりぽり食べながら言う。
「それだけじゃ無理だと思う」
隼斗が口を開く。
「やっぱり正義の心か悪の心が必要」
「……私や千由奈が悪とでも?」
湖佳がにらむけど。
「違うよ。だからこっちに来たのだよね」
隼斗は笑いかえす。ピュアな笑み。
「どっちの団体にも善がいるし悪もいる。……布教によって守ろうとしたこの世界同様に、どちらも悪だらけかもしれない。その中で」
千由奈が俺を見る。
「私は信じられる人を選んだ」
隼斗も彼女の目線の先を見る。……俺への憧憬と対抗心を感じた。
***
「司令官が春木千由奈を直接尋問することになった」
茜音が戻ってきた。
「なのでお前だけ同行してもらう」
続いて柚香が入ってきた――。俺へと小さく会釈する。
「私と岩飛殿は如何しろと?」
「ここで待っていろ。以上で本日は解散とする」
「湖佳の予想どおりだね。だから拒否しないよ」
やや青い顔の千由奈が立ちあがる。
「私も行く」桧も立ちあがる。
「僕も行く」隼斗も立ちあがる。
「部外者は呼ばない。モスも来なくていい」
茜音が言う。テーブルに来て、チョコをひとつ口に放る。
隼斗は座りなおし、桧は座らない。
「マントを寄こせ」と柚香が手をつきだす。
千由奈は従う。ピンク色のマント。
「保管しておいて」
柚香が俺に手渡す。よそよそしい。ぎくしゃく……。
「どちらへどうやって行くの?」陸さんが尋ねる。
「ミカヅキリムジン。場所は機密」
夢月が変身状態で待機か……。
茜音を先頭に二人は千由奈を挟み、玄関へと歩く。
「やっぱり私は行く」桧がまた言うけど。
「桧殿。信じましょう」湖佳は座ったまま。
「このまま千由奈ちゃんと会うことがないのならば」
隼斗も座ったままで言う。
「僕は嶺真さんに付く。嶺真さんと一緒にみんなを倒す」
ぶん殴るべきだろうか? こいつはもう病室にいた隼斗じゃない。男として扱ってやる。
茜音が振り向く。俺へと首を横に振る。顔を戻し立ち去る。柚香だけが隼斗を睨み、二人の後に続く。タイトなジーンズの小ぶりなお尻……。
隼斗の正義の心。それを責めるわけにはいかない。藍菜が千由奈を本部に送るはずがない。それこそ俺を敵に回す。なのに呼びだしたのは……、おそらく正義のための悪だくみ。
それよりも大事なことは、他人行儀の柚香。
俺は判断をミスっていないか? 今さら焦燥するほどに自責の念にかられる。
柚香の部屋で、なんで彼女の意見に従った? 彼女は拒否されるのを待っていなかったか? 戦いなんて関係ないと、強くはっきりと伝えるべきではなかったか?
「……やっぱり雪は素敵ですね。おとなの女子。華奢に見せて強靭。憧れます」
柚香と俺が付き合っているのを知る湖佳が惑わしてくる。
「与謝倉失礼春木様を心配しないのかよ……。黒雪になるとさらにかわいいけど怖いよな。私は月を見たことないけど、めっちゃ綺麗なんすよね?」
黒神子は黒雪と呼ばれていたのか。そんなことはどうでもいい。
「月のかわいさは異常だよ。大きな瞳。見つめられると吸いこまれそう。でも一番はスカシバレッドだ」
隼斗が俺でなく桧をちらりと見やがる。こいつも両天秤野郎か?
「彼女たちの話はやめよう。機密に関わる」
スカシバ野郎が逃げる。
柚香と友だちの関係に戻ったことを誰にも知らせていない。……あそこで彼女が召集されなければ、展開は違っていたかもしれない。やっぱりキスしようかへへへとか、ベットが横にあったねへへへとか。
俺がもう少し強くでればよかったかも。いきなりすぎて反応しきれなかった。やはりピュアだとここ一番での勇気が――。
「レッド、聞いておられますか?」
流れ星のごとき一直線な声に我に返る。芹澤だけ部屋に戻されていた。
「もう一度お願い」スカシバの口調になってしまった。
「我々は解散となりますが、どうしても許せないことがあります」
芹澤が隼斗を睨む。
「桧さんはたしかに美しい。しかし、貴殿の精神エナジーであるスカシバレッドと比較するなど恥ずべき行為。……スパローは年下だろうが先輩だから立ててきました。調子に乗りだしたこのガキに、あらためてスカシバレッドの麗しい姿を見せてやってください。
変身してください! お願いします!」
俺へと九十度に頭を下げる。
「お兄ちゃんの変身姿は一度見たけど、そんなに私に似ていたかな? もう一度見せなさい!」
「怖いだけだよ。……マジで怖い。私は会いたくない」
岩飛の本心。写真を撮る手が震えていたものな。
「ご本人はお気に入りのようですよ。いつも洗面所で変身してご自身を眺めているようですし、お披露されればよろしいでしょう」
湖佳に覗かれていたのか……。
「このまま解散しても気分が晴れないですし」
陸さんがうふふとほほ笑む。
「決まったね」
隼斗が親指を立てる。