47 束の間の眠りに
文字数 3,480文字
「また寝ていいからちょっとだけ聞いて。あんたのコンディションは73%。でもライフ値は96/330。麻痺しているみたいだけど三分の一以下」
「了解」
スカシバレッドはあくびする。……たぶん一時間も寝ていない。寝てもライフは回復しない……腕は切り裂いた人の口づけで復活している。
シートに寝ころんでいたスカシバレッドは、腰を上げて機内を見る。
モスプレイに乗るのは山形からの帰還以来だ。あれから何が変わっただろう。明らかに変わってないのは俺の外見。
「幾度か説明していると思うが」
与那国司令官がグラスを片手にやってくる。
「変身と転生の違いは、変身は個々の責任で化ける。転生はトップの責任で化ける。変身するチームがほとんどだが、じつは個人運営の集合体だ。それに対して、転生する我々モスガールジャーは本当のワンチームだ」
オンザロックをちびちび飲みながら言う。精神エナジーのくせに、さすが夏目藍菜。
「それを統率する端末はひとつ。私だけが持つ。最大のメリットは本部にも、もはや博士にも関与できないこと。完全な独立体だ。私ほどの精神エナジーを持ち、それを分け与える寛容の精神がなければ不可能だがな。ははは」
「馬鹿が得意げになっているけど、その数百倍の存在が、『楽園』を築く魔女。彼女がマントを護教隊に与えていた。魔女がいる限りは、やはり櫛引もマントを消滅できない」
アメシロの補足説明でなんとなく分かった。俺がモスガールジャーに現れた理由。最後まで戦うさだめ。
「レッド。ここにあなたがいるのは許されたからではありません。あなたに頼るためです」
シルクイエローが微笑まずに告げる。
「私からもお願いです。陽南ちゃんとトビーちゃんを助けてください。それを優先してください」
千由奈はハウンドのままで毛布をかけて寝ている。スパローピンクがちらちら見ている。夢月は操縦席にいる。アメシロは、おお、座る柚香の膝にとまっている。
夢月以外は俺の言葉を待っている。ならば告げないとならない。
「宗像を倒し、千由奈の兄を救うのが先です。芹澤たちはその次です」
「この外道! どれだけ譲歩したのか分からないのか!」
「アメシロ君、つつかなくていい。織り込み済だ」
アメシロが柚香のもとに戻る。与那国司令官が立ち上がる。アルコールの残りを飲み干す。
「龍は媚びない。媚びないから龍だ。……竹生君は行き先が分かって操縦しているのかな?」
「ジジイうるせえ。高知県にカツオを食べに寄る!」
夢月が振り返る。
「それと、これがあったからもらうよ」
その手に黒いマントが現れる。
「そ、それは最後の最後の切り札としてクジラの精霊になるために、モスプレイの心臓機関の隣の裏に隠してあったもの。なぜに見つけられる? なぜに取りだせる?」
司令官が驚愕する。
「……ならば使うがいい。ははは」
「「ふざけるな! そんなものに頼ろうとしていたのか!」」
アメシロと柚香の声が完膚なきまでに重なる。譲りあって柚香が話を続ける。
「夢月は鳳凰になっちゃダメだからね。私と転生するんだよ」
「やだ。ジジイの子分にはならない。マントで変身する」
なんて奴だ。そんなことより俺がすべきこと。心の底からしたいのは、レオフレイムの血にまみれた体を洗いたい。それは彼女の死とともに消えたのに、まだ全身にこびりついていると感じてしまう。でも叶うはずない。だから床へと降りる。
「もう一度寝ます。ぎりぎりまで起こさないでください」
スカシバレッドは体を伸ばして大の字になる。どうせシルクが毛布を掛けてくれる。穂村への贖罪の心はもう現さない。胸の横の裏にでも、すべてが終わるまで格納しておく。
****
「起きてくれ」と野原宏は優しく頬を叩かれる。
「我々“
野原宏は目を開ける。男七人女三人の一般人がいた。
「教えてやる。我々レジスタンスは仲間割れして、私たちが誇りにする二つを破壊した」
「報復に値する行為。なのに端末が消えた。戦うこともできない」
「私たちは力なき者になった。ただでさえ力なき者がな」
「それでよかったかもしれない。だけど俺たちはこれからも正義を続ける。それは派手でなく、お年寄りの手を引いて歩道を渡る正義だ」
「秋田までのチケットを人数分餞別で用意した。達者でな」
「俺たちはもう行くだぎゃー」
薄暗いアジトから、正義の者たちが去っていく。野原宏は立ちあがる。声かける。
「柚香は……白滝深雪はまだ戦ってるのか?」
「赤い破壊者とともにな。じきに更地だ」
ドアが閉まる。
仲間はみんな寝ている。柚香にやられた仲間……。野原宏はまた寝転ぶ。
「ははは。まずはみんな国さ連れで帰らねどな。そしだら柚香許すように説得して、そしだらおでの嫁さ……なってくれるがな」
ひとりごちて目をつむる。
「絶対になってもらう。冷ださに隠されだ
暖房がとまった鍵の開いた牢屋。野原宏は仲間とともに震えて眠る。
****
「寝ましたね」
シルクイエローがスカシバレッドの寝顔を確認する。アメシロもその肩から覗く。
かわいい寝顔。疲れ果てているのを表にださない寝顔。きれいで強い顔。強情とは違う顔。
レッドの個性はそれぞれ違うけど、このレッドは当然の義務として動きつづける。きっと果てるまで。
「スパロー準備しましょうか」
その声にちびっこピンクがうなずく。眠るハウンドピンクを一瞥する。この子をもう戦わせたくない。死ぬ覚悟なんてさせたくない。なのにこの子は精霊を解除しようとしない。
千由奈の兄を探すという、レッドの答えは予想通りだった。だったらレッド抜きでキラメキグリーンを奪還する。シルクとスパローの二人で。
「やっぱり私も付き合う。コノハよりミカヅキのが早いし。二度やられているからとどめは私がさす」
操縦席から竹生がやってくる。かわいくて強い瞳。その手にマントが現れる。
「夢月ちゃん。二人だけで大丈夫よ。それより柚香と一緒に寝れば? 彼女は疲れているし、夢月ちゃんもコンディションが80%しかないよ」
「うん!」
アメシロに言われて竹生が陸奥の毛布に潜りこむ。抱きつかれても陸奥は起きない。むしろ微笑む。竹生もすぐに寝息を立てる。
スカシバレッドには隠していたけど、モスプレイは時速850キロメートルで高知沖をさらに南西に進み、現在地は奄美近海だ。
「決裂したらモスキャノンを照射する」
与那国司令官が操縦席に座る。
「スカシバレッドが荒れ狂う。レインホワイトの出番だ」
そしたら夢月ちゃんも荒れ狂うねと、アメシロは心で思う。根が素直な三人を丸め込むのに成功したのに、マントを奪われるとは大失態。だけど陸奥は自力で変身できない。それに、魔女に三度目の死を与えれば、おそらくすべてのマントが消滅する。そしたら竹生も無力だ。そして精霊の力を残すのは、モスガールジャーと独自の力を持つ宗像だけ……。スカシバレッドもモスにカウントできるのだろうか。
相生は自分を攻撃できないと菜っ葉は思っている。私はモニター越しに戦いを見ている。スカシバレッドはコールドレッドだ。敵とみなせば容赦はしない。与那国三志郎へとツインソードを向けるだろう。
……私にスカシバレッドを倒せるはずない。永遠の闇に送れるはずない。でも菜っ葉を守らないとならない。この馬鹿の正義こそが正義なんだから、正義を守らないとならない。だから私と菜っ葉が責任を取る。二人で決めた方法で戦いを終わらせる。
しかし、そもそも、モスキャノンだけで相生桧を倒せるのだろうか。魔女の後継者を終わらせられるのだろうか。
「了解。目的地まで十四分」
アメシロは司令官の肩にとまる。
「これ以上は進めさせないよ」
機内後方から声がした。
メイド姿のスカシバレッドがいた。違う。すこし幼いし赤髪じゃないし、なにより目が違う。哀しみを帯びた瞳……。ローリエブルー。青白い光に包まれている。
スパローピンクとシルクイエローが怯えて固まっている。おそらく私も。夢月と陸奥は眠ったまま――その隣で陽南ちゃんも眠っている。いつの間に?
「す、すでに化け物か」
与那国司令官の手に端末が現れる。
「押さないで。戦いたくない」
ローリエブルーが言う。
「迎えに来ただけ。花鳥風樹で本部の生き残りを倒して終わりにする。あなたたちは帰りなさい!」
ローリエブルーが消える。アメシロは機内を見る。スカシバレッドとハウンドピンクがいなくなっていた。