50 雪月龍
文字数 3,824文字
『端末が消えたやろ? おしまいってことや。あんたは穂村からマントを没収する仕事があるな。落ち着いたらみんなで会おうな』
一日前に倒れた稲葉さんから電話があった。相変わらずさっぱりはきはきしていた。やっぱりタフなおばはんだ。
……個人差はあるだろうけど、精神エナジーの死は肉体を傷つけない。恐れるほどではないと、冷静な桑原の頭脳は感じる。なのに、なぜみんな死を怖がったのか? レベルが落ちるから。戦いが続けられなくなるからだ。
でも戦いは終わるみたいだ。亀田はいまからでも真面目に就活すればいいな。穂村は宇宙工学に専念できるな。そんでいつか美麗の宇宙飛行士になって世界中のアイドルになる……。
俺はどうすればいいのだろう。……相生と会いたいな。というのは口実で陸奥と会いたいな。
『あんたのせいでえらい目に遭いました。なんでデートしてください』そう切り出せば逃げられないかな。
……あの子はかわいいよな、真面目で清楚で芯は強いのだろうな。性格悪いはずがない。そりゃ竹生のがはるかに上だけど、あれは別世界の人間で、やはり別世界の人間とくっつくわけで。
うまくいきそうならば親父に頼んで東京の支店からにしようと、桑原はにやける。溜まったゼミのレポートのためにパソコンを立ち上げる。……ソーラープレーン。実現したいな。大学に残ろうかな。
***
俺は覚悟する。でかすぎるブラックホールへと向きを変える。龍になれと言われた。だからならない。スカシバレッドのままで飛びこむ。もしかしたらホワイトホールから脱出できるかも。
なのに北風が吹いた。
それどころか上空から聞こえた。
「十五夜!」
巨大な紅色の光が空から飛んでくる。俺は自発的にブラックホウルスの口に飛びこむ。虚空のごとき闇なのに、紅色に揺れる。吐きだされかけて牙に必死にしがみつく。手が滑って外に出る。
……太平洋の海底が見えた。巨大な津波が日南海岸に向かっている。
「やばい。拡散十五夜!」
そんな技もあったのか。などと思うまもなく、巨大津波が紅色の光の津波に押されて、太平洋へと戻ってきた。俺とブラックホウルスを飲みこむ。
深海魚と目が合った。
俺とブラックホウルスは海上を目指す。
紅いスクール水着の夢月がいた。なぜに精霊? 最後の戦いは俺の関われぬ場所で進行している……。空に浮かぶセンスも色気もなく嘘っぽい胸の水着姿は、深雪ではないか。
「見るな」と怒鳴られてしまう。
「……博士から聞いている。お前が竹生夢月だな」
ブラックホウルスがスク水へと口を開く。
「お前を喰えば神になれる!」
夢月を吸いこもうとする。
馬鹿め。
「十五夜!」
「ぎえー!」
開いた口へと巨大な紅色の光が飛んでいく。さらに。
「十五夜! 十五夜! 十五夜!」
「ぎえー! ぎえー! ぎえー!」
滅びの光も連発できたのか。原理を授かった化け物が消滅、しないだと?
でもよろよろだ。
「手がしびれた。スカっち交替して」
夢月が俺の左隣に来る。
「だったらあれをしよう」
柚香が右隣に来る。
「私たちだったらきっとだせる」
二人が俺の手を握る。
夢月と柚香と手のひらの温かさ。理屈も何もなくても出せるに決まっている。
たとえ相生智太に戻れなくても友達でいてくれる?
そんな言葉をだしそうになる。
「私は相生智太に戻る」
二人の手を握り返す。
「だから力を貸してね」
俺のエナジーが彼女たちへと流れて、数百倍になって逆流して、さらに数百万倍へと化す。
同時に叫ぶ。
「「「スパイラルレインボー!」」」
熊本まで照らしそうな赤紅白の光を浴びて、最後の原理主義が消滅する。
そう、俺と夢月は原理主義なんかじゃない。櫛引が名づけた嘘っぱちだ。俺たちは単なる正義だ。
「あと少しだ」
巨大なイワトビペンギンに乗ったハウンドピンクがいた。気を失った少年を抱いている。
「宗像は終わりだ。いまの化け物も終わらせる。追跡開始だ」
「お兄さんも連れていくつもりなの?」
柚香が言う。
「私たちで終わらせる。ホールだけ開けて」
***
吹雪が音をたてて壁に当たっている。三人は明るい部屋に送りこまれた。
ここは研究室……。
「柚香と夢月に戻っている! すぐに変身して!」
柚香が夢月に抱きつく。紅色のマント。紅い光。白い光。
「清め賜へ、封じ賜へ」
レトロ水着の深雪が何よりも唱える。
「……百夜目鬼が築くほどに逃れられない結界だな。持って生まれた向上心。まわりの目を気にせずかき集めて、ここまで強くなれたか」
櫛引博士だけがいた。車椅子から鋭い目を向ける。
「竹生は分かっているのか。彼女と組んでポイントを独占されなければ、お前ははるかに強くなっていた。相生桧に越されぬほどにな」
「ジジイうるせえ。深雪が強くなるんだったら、そっちのがいいに決まっている!」
深雪が夢月を見る。その目に涙が浮かびだす。
まだ終わってないだろ!
「モササウルスはどこですか?」
俺が博士に尋ねる。
「奴はあなたが産んだと言っていました。人でないのならば手加減しません。徹底的に倒します。でもクォッカやラッコを精霊にしたのならば、あなたを許しません」
「人より生き物への仕打ちに怒りを覚えるのか? それは微妙に違う。いいか。地球を救うためにこの研究はある」
博士は動じない。鋭い目で俺たちを見る。冷ややかな目。
「あの子は精神エナジーだけで成り立っている。ゆえに消滅したのに、生まれたこの研究室に何かが戻ってきたようだ。……この研究の終点はまだ見えない」
「どうやって地球を救うのですか?」
スカシバレッドはなおも尋ねる。
「人の実体を精神エナジーとする。相生と同じように食事は不要。生殖行為も不要。人は飾りとなり地球は寿命まで生き続ける」
この人の話が正しいはずない。すでに精神エナジーのベテランの俺ならば分かる。
「研究を終わらせてください。さもないと私はあなたを倒さないとなりません。人のために」
「それも仕方ない。だが私は生身であり精神エナジーだ。倒されれば同時に実の命も絶える。お前は無抵抗の老人を殺すことになる。いままでのゲームとは違うぞ。人を殺した手を見るたびにさいなむことになる」
「私が殺す!」
紅月がとんでもないことを
「名残の月!」
紅色の月明かりが博士を突き抜ける。
「蘭の結婚パーティーでババアにやられたのと同じ光。ちょっとだけ練習したから成功してよかった」
紅月である夢月が得意げな顔を向ける。
「ジジイの精神エナジーだけを倒した。生身も研究所も無傷だよ」
「素晴らしい。やはり別格だ。竹生がいる限り私の研究が途絶えることはない」
外見が変わらぬままで櫛引博士が嘆息する。
「紅月。博士の記憶をたっぷり消そう。精神エナジーのことを忘れるくらいに」
深雪が御幣を祓う。水着姿でもだせるのか。
「清め賜へ、包み賜へ」
「うん! 朧月!」
「やめてくれ。私の智を……」
結界に閉ざされた櫛引博士を暗い靄が包んでいく。
***
「私たちのことまで忘れるとは思わなかったね。でも、ざまを見やがれ」
深雪が言う。
「じゃあ戻ろう。離脱しよう」
俺はなにもしてない気もするが気にしない。とにかく終わりだ。ほぼ終わりだ。あとは弱った魔女に俺を俺に戻してもらう。そして東京に帰る。夢月と……。桧は?
「スカっち、帰るのは妹ちゃんと三人一緒だよ。いまは柚香と三人一緒でモスプレイに敵前逃亡!」
俺たちはどこかの北国から時空移動する。藍菜がモスプレイを解除していたらどこかの空に現れるが、全員飛べるから心配ない。というか、しっかりと慣れ親しんだ機内へと現れた。
与那国司令官とアメシロしかいなかった。三人を見てぎょっとする。
「みんなは?」深雪が聞く。
「シルクとスパロー、キラメキは置いてきた。夜桜とペンギンは知らない」
アメシロが答える。
「みんなは逃げて。ここから先は二人だけでする」
不吉すぎる予感がした。
「何をするの?」深雪がなおも尋ねる。「……まさか」
「もう遅い。君たちの戦いの裏で、我々はもう一つの作戦を遂行する。そしてまさにいまターゲット上空に到着した。これより魔女に三度目の死を与える」
えーと。だからこそ、夏目藍菜に従ってきたわけだけど。
「やめろ。桧が許さない。ガチで怒る」
みんなのために俺は真心こめて言う。司令官は振り返らない。
「やめろよ。相生智太に戻してもらえない」
俺の嘆願に、与那国司令官が振り返る。
「馬鹿者! 最後の最後に貴様まで魔女に取り込まれるな! 最後まで媚びるな!」
「案ずるな。君だけを苦しませて終わらない」
夏目藍菜である与那国司令官がぽつり言う。
「……百夜目鬼の本当の体も死ぬかもしれない」
深雪が言う。
「覚悟している」
アメシロが答える。
「それに妹さんは怒ったりできない」
「エナジーを使い果たしたローリエブルーを倒すのは容易だった。レイヴンレッドとともに消滅してもらった。巻き添えで穴熊パックも死んだ。――さあ。完璧に終わらせるために、魔女だけを狙う超精細照射だ」
与那国司令官がモスキャノンのボタンを押す。