07 ヒマワリと流星の精霊
文字数 3,101文字
早朝のひなびた泡々温泉では、農家裏の掘っ立て小屋アジトに誰もいなかった。戦闘員服を三枚燃やして、朝市を見学してから公営の湯に入る。地元の爺さんと朝湯だ。話しかけられたけど言葉が通じなかった。方言キツすぎ。
「一緒に練馬へ行く?」
表で合流して二人に聞く。近くの林にコードを設定すれば危険なく行き来できる。
「ご遠慮させていただきます」
「芹澤殿に同じくです」
だったら俺だけ自宅で用を足そうとしたら。
「転送とは精神エナジーをおのれにまとい、肉体を強制的に空間移動させるものです。貴殿がエナジーの塊といえども、転生や変身以上に肉体と精神に負担をかける行為です。極力避けるべきと思われますが」
心が強くなった芹澤でも、俺には遠回しだ。つまりトイレぐらいで使うなと言いたいらしい。
「ですな。私程度の精神エナジーでしたら、東北を往復したら寝こみますな。智太殿も、あの女や桧みたいなエナジーが圧縮された矮星同様に使いまくっていたら、いずれ死にますぞ」
あの女とは夢月だが、男性早死家系である竹生家に婿入りする可能性が無きにしも非ずで、信ぴょう性を感じてやめることにする。
掘っ立て小屋アジトを見張るついでに、肘を折って仮眠。三時間たっても布理冥尊は現れない。
これだけ点在する弱小アジトを星空義侠団は放置している。里に下りてきたツキノワグマを無傷で山に帰すので手一杯らしい。たしかに布理冥尊を倒すことだけが正義ではない。俺もそっちをやりたかった。
「あんな見え透いた嘘を信じる者がいると、義侠団は思っているのでしょうか」
「たしかに」
湖佳の言葉に芹澤がうなずく。そうだったのか。
「いよいよガス灯温泉です。私はここまで見張り役だけでした。次は私にも戦わせてください」
俺も生身でワンサイドに八人倒してきたから、ちょっと罪悪感が芽生えてきている。地方幹部一人と遭遇したが、マントを手に現した瞬間に穴熊パックが奪った。なので、まだスカシバレッドに変身していない。
「ガス灯温泉と樹氷温泉。二大拠点なうえに、テロリ失礼レジスタンス出没情報も届いているでしょう。ここからが本番でございます。なのに、おお、あなたが先頭に立つというのでしょうか」
「私は戦いの美神の後塵を拝する。ついにキラメキグリーンがスカシバレッドとペアを組み、悪を成敗する時が来た。邪魔しないようにな。茶々も入れるな。マジで殺すぞ」
「しっ」
アジトに気配が近づいてきた。……二人。とりあえず一人を倒す。
「ほんてん都会のテロリスト来るのがな?」
「おっかねだげんと、頑張って倒さねどね……」
アジトに入ってきたのは、学校指定ジャージ姿のほっぺたが赤い女子高生二人だった。俺たちを見て固まっている。
俺も固まった。これは無理。
「ふむふむ。あなた方は幹部補レベルですな。つまり、よその温泉からここへ来た」
湖佳が声かける。この子に任せよう。
「ご推察のとおり、私たちは関東から来ました。はっきり言って強いです。抵抗なさらずに――ぐえっ」
女子高生のツインドロップキックに湖佳が吹っ飛ぶ。
「佐藤、やるすかね」
「うん。錦、精霊になんべ」
二人の手に黒いマントが現れる。女子高生たちは……実家のさくらんぼ畑の収穫を手伝うようなバンダナに長袖縞柄シャツと、下は学校指定ジャージのままの姿になる。
これとやりあうのはなおさら無理だろ。はやく体に力を込めて化け物になれ。
「おらだちはさぐらんぼの精霊だ。まだ弱えがらこの姿で戦う」
二人はさくらんぼのように並んで頬を赤らめているけど、俺には戦えない。自分で弱いとばらしているし。
「貴殿のスカシバフラッシュ一撃で消滅できます。さあ変身しましょう」
「嫌だ。撤退しよう」
芹澤と抱き合っている場合ではない。こんな純朴そうな女子高生を消し去れるかよ。
「……ははあ。知恵なきものがかかる系の特性ですな」
湖佳が鼻血を垂らしながら失礼を言う。岩飛の愛嬌と同じ系か。種が分かっても俺には戦えない。
「芹澤殿、さきほどの温泉で押収したものをお持ちですよね」
芹澤の眼鏡が光った。その手に黒いマントが現れる。
「はっはっはっ、布理冥尊め。私こそがスカシバレッドの窮地に現れる正義の味方。キラメキグリーンの精霊バージョンだ」
芹澤が体にマントをかける。その姿が、緑が主体のへそ出しレースクイーン姿と化す。ショートスカート。長いブーツ。眼鏡は消えている。
その姿をもう少し拝みたいのに、芹澤が体に力を込める。黄緑色の光に包まれる――。
「ああ、この姿は……スカシバレッドとともに戦うにふさわしいスタイル」
芹澤がおのれのコスチュームを自画自賛する。
「おお、その姿は」湖佳も感嘆する。「まさに昭和の怪人」
緑色のショートヘアに黄色のショートパンツ。アダムスキー型UFOをモチーフにした帽子。手には星型のマジカルステッキ。でも、顔の周りにヒマワリみたいな花びらが生えている。そして星型レンズの眼鏡。背丈が2メートル越えたし。
「私こそが、魔法少女コメットさんフラウだ!」
自称魔法少女の怪人が、二人へとマジカルステッキを振るう。幾多の星型の光線がさくらんぼ娘を襲う。悪の図式じゃないか。
「ひええ、やっぱりおっかねえよ」
「降参すます。ゆるすてください」
「ならば精霊を解除しなさい。盾もです」
姿勢よいコメットさんフラウに、さくらんぼ娘たちが従う。
***
「学生証などを持ち歩いていましたぞ。親にも学校にも言わないでおくから二度と布理冥尊に関わらないこと。彼女たちは泣きながら従いました。反省文も書かせました」
湖佳が言う。
「ちなみに細かいことはなにも知りませんでした。スカウトされて、興味本位で入信しただけですな」
「マントは両方没収しました。貴殿もおひとつお持ちください。おそらくさらに美しい戦いの女神が現れるでしょう」
芹澤はうっとりと夢想しているけれど、俺はスカシバレッドのままだし、力を込めれば血の色の龍になる。なので俺は持たない。
「俺たちみたいに正義の味方になるべきだ。今からでも遅くない」
「そうです。レジスタンスを信じましょう」
俺と芹澤の言葉に二人はまた涙した。芹澤の言う神々しい姿を見たいと言うので、山形に来て初めてスカシバレッドに変身した。髪には銀色のティアラ。二人はさらに感涙する。またファンが増えてしまった。やはり寒かった。
さくらんぼ娘たちは、社会見学だかとこじつけて、親の車でここまで来ていた。是非にというので麓まで乗せてもらう。佐藤の父親は、気のよさそうな里芋農家だった。いも煮をご馳走したいとの話だが、時間がないので断る。こんなに気持ちよい県民たちを制圧しようとは、やはり布理冥尊は悪の組織だ。
「芹澤殿は本部を信じておられるのですか?」
女子高生二人が車内で寝たところで、湖佳が尋ねる。
「私は一人しか信じていない」
「司令官も信じていないのですか?」
「それは……」
心が強くなった芹澤でさえ答えない。心が強くなったから答えないのかもしれない。俺もコメントしようがない。
「ある女に関しては、芹澤殿は千由奈と気が合う。そんな気がしていましたが」
湖佳が追い打つように惑わしてくる。
「千由奈のが盲信かもしれませぬな。彼女ならば、一人だけ信じればいい、そう答えたでしょうな」
ある女とはスカシバレッド。