33 波打ち際の陽だまり
文字数 4,243文字
紅色の光が消えて制服姿の竹生夢月が海岸にすとんと着地するなり。
「二十七夜! ……あれ?」
視力9.5の夢月は生身でも暗視能力があるみたいだが、焼石へと月明かりはでなかった。
「それってさあ、電気ショックだよね。スマホに急速充電できる奴」
焼石が言うが、そんな便利な魔法もあったのか。
「一番弱い月明かりかなあ? それでさあ、その技を選んだからさあ、特別に許してあげる。だからさあ、話し合おうよ」
高圧電流に耐えられる焼石嶺真が砂浜に腰を下ろす。……この季節にショーパンではないか。鍛えられているのにスリムな太もも。レイヴンレッドより健康的。
「スカっち、どうする?」
月明かりをだせなかった夢月がスカシバレッドの目線に気づくことなく、賢明にも勝負を放棄した。
スカシバレッドはおのれの胸もとに目を向ける。さすが規格外だけあって出血はおさまっている。でもライフ値は……残りどれくらいだろう。
ついでスカシバレッドは相生智太のお姫様へ顔を向ける。
「彼女はいくらでも私を殺せた。その時は、私もただでは死ななかったとしても」
負け惜しみではない。必殺の共倒れだ。ともに闇へと引きずった。
「だから話を聞きましょう。でも私たちは星空義侠団と違います。心が揺れることはありません」
「やっぱり、きりたんぽ屋は喋ったかあ。あいつはさあ生真面目。テロリスト本部に利用される典型かな、どうかな。それでさあ時間はないよ。トリオスがじきに現れる」
マジかよって、ここは彼らのホームでないか。
「だったら早く話せ。その喋り方かわいいけど今日はムカつく」
「夢月さあ、焼き芋半分あげたのにさあ――」
「急ぎましょう。あなたといるところを仲間に見られたくありません」
それこそ叛逆者認定だ。
「……そうそう。知りたいことがあった。あなたは、なぜモスガールジャーを裏切ったの?」
「唐突にさあ振るなよ。それはさあ、あの女の口から聞けよ。……モスを裏切ってないよ。私が寝返ったのは夏目藍菜。本部は悪かなと感じていた。そう観察していた」
焼石は砂浜に腰かけたまま夜空を見上げて言う。尻が冷えないのかなんて思わない。
「俺だって、最初から本部をおかしいと思った。でも布理冥尊こそ巨悪だった。国の極秘衛星を利用できる連中。人を喰らう連中。公安を使って俺たちを抑えようとした連中」
「言葉だけ智太君になっているよ。スカっちでいようよ」
そうだ冷静になれ。なればなったで、えぐられた胸が痛いけど……俺はなんで痛めつけられた相手と語っている? それは、こいつはレイヴンレッドじゃないから。焼石嶺真だから。……ヤマユレッドの中にいた人だから。
「それでもさあ、私はさあ投降してみた。……いらっしゃいませじゃなかったよ。十発以上殴られて服も脱がされそうになった。でもさあ、あの方がやってきた。すべて赦してくれた。『私こそ滅ぶべき悪です』そう言った。『その後に楽園が来ます。その時は、あなたも導きの一人です』そう言ってくれた。『戦いの中で信じられる仲間を集めなさい』そうも言った。
じゃあ仲間を集めよう。でもさあ、茜音っちはあの女を選ぶよな。涼さん、紗助君、隼斗君、陸さんもだな。
蘭さんは裏切らない。夢月は嫌い。柚香はもっと嫌い。西のラオウフレッシュとは面識ない。現れたスジバッカレットウは超絶大嫌い。東北の連中――仲間にした。でも違う。
なんだ仲間なんていないじゃん、そう気づいた」
遠くで汽笛が聞こえた。難解ネームはレオフレイムとスカシバレッドだと思うが。
「話は以上かしら? 私が大嫌いってのが落としどころかしら?」
スカシバレッドでも尋ねてしまう。
「まださあ待ちなって。布理冥尊にもさあ仲間はいなかった。ハウンドも宇佐美も違った。あんたの妹にも会った。これも違うなあ。でさあ気づいたんだ。好き嫌いは駄目だ。我慢して強い奴を仲間にするか。だからさあ、あんたらを布理冥尊に誘った」
また遠くで汽笛が聞こえた。俺は夢月を見る。スマホをいじっているではないか。
「姫りん、話は終わったみたいです。そろそろ行きましょうか。ミカヅキは復活する?」
「そうだった! やい焼石、よくもミカヅキを消したな。おかげでふらっとした。勝負をやり直すぞ」
夢月の手からスマホが消える。紅色に包まれたかぐや姫が現れる。「せいや!」とお祭り娘に変わる。
「せっかくの機会だったのになあ。あっ濡れちゃった」
焼石が赤いマントを拾い立ちあがる。
「私はさあ戦わないよ。でも仲間になるのなら助けてあげる。――夢月さあ、獲物の気配はさあ、あんたより虎のが感じとる。強敵の気配もさあ、あんたよりカラスのが感じとる。観察というかさあ見物させてもらうよ」
濡れたマントを敷いて、また座るではないか。
「どやあああああ!」
海からしぶきが近づいた。
「二人とも逮捕します。抵抗せえへんようにな」
海水を滴らせながらタガメ女が一人で砂浜へ上がってきた。
***
「ぎゃおす! あんたはカラスだよな。なんでおります!」
レアシルバーが腰を抜かすほどにびびっていやがる。
俺と夢月じゃなく焼石に。
「レロヘルパーさあ、私さあこいつらと仲間じゃないよ、まだ。だからさあ見ているだけ。邪魔しないよ」
「ヘルパー? どなたですか?」
そこそこかわいいレアシルバーが小首を傾げているうちに。
「姫りん、逃げよう」
スカシバレッドが提案する。残りの二人が来るとうまくない。そもそも戦いたくない。
「うん、ミカヅキ! 焼石じゃあな。死ね死ね」
小学生じみた捨て台詞を残して紅月がミカヅキに、飛びのら――ない。棒立ちしてレアシルバーを見ている。
「何しているの? 急いで」
スカシバレッドが痛む胸を押さえながら、紅月を引っ張れ――ない。
なんで?
「カラスさん、あんたがいるなら話が違ってきた。獅子を呼ぶからな。逃げるんならいまのうちだぜ」
びびりまくったままで、タガメ女が俺たちを見る。その手に手錠が現れる。
「これは精神エナジーが高位エナジーに変換するのを阻止します。おとなしく両手をだしましょ。さもないと私は逃げます」
紅月が両手を差しだしているではないか! 俺もじゃないか!
「スカっち、やばいよ。これってあれだよ」
紅月が青ざめている。
「そういうこと。アホがかかる特性です。稀少な水生生物を発見したら惜しくて立ち去れない。攻撃するなどもってのほか。レオちゃんがいるとかき消されちゃうけどな」
スカシバレッドの手に手錠がおろされる。紅月の手にもおろされる。俺はスカシバレッドのまま。なのに彼女は竹生夢月に戻る。
「確保した。たやすかった。カラスは生身でまだおるけど、ぼおっと座ってる。カニとたわむれとる。大丈夫ちゃうかな」
レアシルバーが端末に連絡する。
「了解、合流する。……あんたらは本部に引き渡さなあかん。……俺は女を殴るなど考えられない。そんな奴侮蔑して張り倒す。でもな」
レアシルバーが拳を握る。
「あんただけは特別だ」
容赦ない右ストレート。抵抗できない夢月が吹っ飛ぶ。
「やめろ!」
スカシバレッドは叫ぶだけだ。手錠を引きちぎってこいつを殴り倒す。心が思うだけだ。
「俺のストレート避けたな、さすがだな。スカシバはこの次や、もう少し待っていろ。五人を倒したから五発ずつだ。……俺の特性に引っかかるのに悪い奴はおらん。そう思ってた」
こいつは夢月の髪を持ちやがる。後ろに逃げられなくして、ボディに強烈なフック。かぐや姫の正体が前かがみに倒れる。なのに俺は何もできない。まじで知恵なき野郎だ。
「タガメさあ、ちょっといい」
焼石が手を砂につけて足を伸ばしたままで言う。
「スカカスレッドのこと、本部から聞いてない?」
「ぎゃお! 話しかけんどいて。なにも聞いてないわ」
「ふうん。二人ともさあ、助かる手段は私の仲間になるだけだよ」
「冗談言わんといて! やっぱし怖い人おるから急いで帰ろ。サント号!」
海からUFOが浮上する。
「スカっち、端末が呼べないよ」
頬を腫らした夢月が言う。
「スカっちが深雪を呼んで」
焼石でなく柚香に救いを求める――姫が望むならば。
それが建前だろうと、目覚めても弱いままの俺は姫を守るために、心に雪月花を思う。拘束された手になにも現れない。
「だからエナジーの変換を阻止しています」
サント号からUFOキャッチャーみたいなクレーンが二本伸びる。俺と夢月を別々に持ちあげる。
「夢月さあどうするの? 生き延びられるなんて思ってないよね」
焼石が言う。
「私はいいからスカっちだけ――、智太君だけ助けて」
「そうもさあ、いかないよ。スカっちはどうする?」
「魔女の手下にはならない!」
レアシルバーがサント号に乗る。
俺たち二人をつかんだまま円盤が浮上する。
「ふうん。彼女の命も選ばないのか。あの女と同じか。冷血め、殺されろ」
焼石が俺をにらみながら言う。その目の陽だまりが消える。
俺は心に雪月花を思う。現れない。なおも雪月花を思う。現れない。夢月は制服姿で足をばたつかせるだけ。
サント号はやけにゆっくりと海原上を進む。
「カラスはほおっておく」
クワガタ女もやってきた。俺たちを一瞥する。
「こいつはなんで生身に戻らん?」
「知るか。こいつらの身も心も分からんわ。レオは護衛か?」
「そういうことにしといた。引き渡す前に二人を殺してしまうからな」
「……その件だけどな」
「言うな」
二人とももはや俺たちを見ようとしない。腕を組んで前だけを見ている。サント号はやけにやけにゆっくり進む。見納めのような瀬戸内海の夜景。
夢月はスカシバレッドだけを見ている。すがる眼差し。もはや何もできない俺を。
ならば強くて弱いお姫様を守るために、頼れる人を思え!
俺は心に白滝深雪を思う。陸奥柚香を思う。性格悪くて影で嫌われているけど男受けしまくる容姿で俺にだけ性格良くて俺に裏切られた女の子を思う。端末は現れない。柚香を思う。柚香を思う。大好きだった彼女を思う。じつは三番目だった柚香を思う。三番目でも大好きだったんだよ! いまさら選べないけど選ばないけど選ばれないけど、
その手に端末が現れる。でも消えかかる。
消滅していくそれを二度タップする。同時に北風が吹く。