09 デビュー戦のセコンド

文字数 3,396文字

「あれ、赤くなっちゃったよ」

 生身に戻った夢月の手には紅色のマントがあった。

「力あるものが使用すると黒色が変わる。以後はその人専用になる。返してもらわずに結構」
 千由奈は納得げだ。焼石のマントも赤色だったな。
「桧は最初は戦闘員だから不要だ。一枚ぐらい押収できるだろう」

「もしかして戦闘員服もあるの? 着たい! 寄こせ!」


 千由奈は夢月に寛大で、言いなりに兄の形見を渡す。
 夢月は魔法で上着を脱ぐ。俺の真ん前で白い下着姿で着替えだす。

「お兄ちゃん! 見るんじゃない! 夢月さんも洗面所に行きなさい!」
「智太君いたんだ。私と智太君なら今さらだよね。トビーちゃん、背中のファスナー手伝って」

 岩飛がファスナーをあげた途端、夢月の背が20センチほど伸びる。顔が黒い覆面に覆われる。迷彩服の胸もとも膨らんだし、スタイル良い女エリート戦闘員。

「……羊の皮をかぶったなんたらだな。レベルを計っていいか?」
「うん」

 千由奈がハウンドピンクとなり、夢月である戦闘員へと桜の枝を向ける。
 そのまま黙りこむ。

「千由奈、いくつだったの?」湖佳が聞く。
「……計測できない。化け物だ」ハウンドがマジで怯えている。

 戦闘員の姿でも規格外。紅月の本当のレベルはどれくらいあるのだ。


 夢月が脱いだコスチュームを桧が受けとる。丁寧に折りたたむ……。夢月でも戦闘員になると没個性だった。どこも赤くならなかったし。というか、乱戦になったら敵と桧の区別がつかないのではないか?
 洗面所で着替えた夢月は顔がまだ紅潮している。トップレベルにかわいい年下の女の子二人といても、それでも肌や髪が一番つややか。目もあどけない……けど。

「今夜戦うんだ。桧ちゃんとトビーちゃんは頑張ってね。ハウンドは()られろ。パックもまた殺られろ」

 こいつは本気の顔で言いやがる。ここまで敵対できるのか? 寛容の心がないのか?

「でも懐かしいな。私も最初はレベルが77しかなかったから、月明かりをだせなかった。ルビーソードもなかったし。……蘭が格好よかったな」

 “魔法少女花とゆめ”の時代か。柚香がまだ秋田にいた頃の話。
 湖佳たちから色々聞かされたのだろう、絶対的存在の不寛容なコメントを聞かされても、妹は歯を食いしばるだけだ。評価は柚香と逆転しただろうけど。

「どうやって戦ったの?」それでも桧は参考のためにこわばった声で聞く。
「素手で殴った。エリートでも一撃だった」参考にならない。

「もう夕方。夏目司令官からの連絡はまだ?」

 湖佳が千由奈に聞くけど、彼女の前でその人の名前は、コーラを激しく振るようなものだ。

「……ハウンドどもはジジイの子分?」

 夢月が立ちあがる。その手に紅色のマントが現れて、紅いスクール水着姿になる。体に力を込めて、ヒヨコになろうとしてやめる。
 マントが気にいったみたいだけど、なんだか様々な件で不安になる。闇に浮かんだ魔女を思いだしてしまう。


 ****


 メインランド大根区などという、地元民の心を逆なでする呼称。そこを統括するアジトが我が家から頑張れば歩いていける距離にあり、今まで放置されていたとは。

 某駅から徒歩十分にある築昭和のアパートに偽装されたアジトを、スカシバレッドは道向かいのビルから見おろす。街灯。カレーの匂い。唐揚げの匂い。子どもの笑い声。
 住宅密集地での戦い。時間も八時過ぎとまだ早い。花鳥風樹のデビュー戦としては緻密さが求められる戦い。
 桧が心配。お兄ちゃんは当然チームに付き従う。何かあれば即座に加担する。リーダー兼エースである千由奈も文句を言わなかった。

「池袋線沿線などにあったなんて、彩りランド支部にいたときも知らなかった」
 岩飛が私服のままで言う。

 池袋線など(・・)だと? こいつは東上線住民か? 東口と指示したのに西口の百貨店で夕食買ったし。しかもうな重と寿司を各人数分も。俺は牛丼を頼んだのに、魚ばかりだし。

「私は見るだけだからね。こんな人だらけのところで戦わないよ」

 池袋まで岩飛をミカヅキに乗せていった紅月が、紅いスクール水着姿をふわりと浮かばせる。
 この姿を明らかに気にいっている。さきほども「智太君ちょっと試すね。二十六夜!」と、人の庭でスク水姿で月明かりをだしやがった。テントをずたずたにされた。今夜はどこに寝よう。

 彼女も忙しい夕食を一緒に済ました。ウナギをおいしそうに頬張った笑顔――。でも、藍菜とハウンドとパックが関与したチームを、正義の心が許せないらしい。なので、監視のためについてきている。
 むき出しの太ももとかは、十月の夜でも平気だそうだ。スカシバレッドは露出した肌が寒い。両手で二の腕をこすってしまう。みんなが出動したら解除しよう。

「戻りました」
 アナグマが姿を現す。
「私の見知った人はいなかった。地方幹部クラスが二名。戦闘員クラスが七名。いずれも私服で精霊の盾をまとっていた。周囲に一般人が無限に存在」

「最近の風潮だ。下っ端に盾を使わせるとそれに頼りすぎる。……原理主義が一人いるはず。カマドウマの精霊」
 ツインテールのハウンドピンクが言う。俺たちを夜闇の結界で包んでいる。夜桜は夜こそ本領を発揮する。

「幹部のどちらかだろうけど、さすがに明かさないよね」
 湖佳がアナグマの姿のままで言う。この子は千由奈としゃべる時だけ普通の言い回しだ。

「湖佳の作戦に従うか。気乗りしないけど」
「大丈夫。いざとなれば、桧さんの姉君が助けに来る」

 アナグマがスカシバレッドをにやりと見る。湖佳に頼りにされて、涙がでるほどうれしい。スカシバレッドは強く頷き返す。

 エリート戦闘員は緊張のためか黙ったままだ。180センチほどのボンときてキュッと絞りドンとでたスタイル。声をださないと桧だなんて、俺でも分からない。コードネームは布理冥尊の慣例に従って、英数字でHA16に決まった。相生桧十六歳だ。数回の戦いで使われなくなるだろうけど。

「スカ。見て見て!」

 紅月の声に振りかえる。スクール水着でノーメイクの夢月がソードを握っていた。

「月明かりとルビーソードを同時に使えるよ。この姿、結構いけるかも」

 つまりかぐや姫の姿より上位?
 模擬戦しようとか言いださないだろうな。戦わない彼女は邪魔なだけだ。区営プールにでも忍びこめばいいのに。もちろんスカシバレッドの姿で口にはしない。

「では行きましょう。五分後に始めます」

 穴熊パックが人の姿に戻る。桧であるエリートと岩飛と一緒に非常階段を降りる。じきに表の道に現れるのを、俺とハウンドは緊張した顔で見送る。

 南極トビーとエリート戦闘員が裏切り者の穴熊パックを確保して、練馬区にあるアジトに連行。幹部のどちらかはパックを喰おうとする。それを見極めて、元五人衆であるハウンドピンクが突入して、そいつだけを倒す。
 抵抗されたら他の者もだけど、最初から闇雲になどしないそうだ。

 狭い路地を塾帰りの子どもの自転車がベルを鳴らしながら過ぎる。お年寄りの夫婦がゆっくりと過ぎ去る。
 春日との戦いで、桧が柚香と変身しかけたことは黙っておいた。千由奈たちと違う手順で変身させても疎外感がでそうだし、俺と抱き合って変身するのもさすがに……。本宮で俺が千由奈とともに変身したように、彼女たちも俺たちと抱き合えば変身できるかも。その時はどんな姿になる……。げっ、岩飛もか。奴は悪すぎないけど善ではない。夢月が善すぎないけど悪でないように。

「暇! ハウンド、犬になってお手しろ」

 悪でないはずの紅月はつまらなそうだ。北区に行って荒川を泳いでいてほしい。スカと目が合ってもにっこりしてくれないし――。

 模擬戦。彼女の元布理冥尊への態度を見せつけられると、とても落窪さんと組めない。藍菜の用心棒というだけで、トリオスより先にリベンジグレイを倒しそうだ。かと言って誰と組む。仮面の二人も一人だとレベルがあれだし、モスに至ってはいずれも100以下…………レインホワイトがいた。モスガールジャーの総合力に比例するから、少なくとも深雪より上のレベル。でも極度の実戦不足。ならばなおのこと……。

「ぼおっとしないで。始まるよ」
 ハウンドピンクに注意される。

 エリート女戦闘員が人の流れが途絶えた瞬間に素早く道を渡る。頑張れ桧!
 岩飛がうなだれた湖佳を後ろ手につかみながら移動する。アパート一階のドアチャイムを鳴らす。
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登場人物紹介

相生智太(あいおいともた)

20歳

大学二年生

龍、陰

スカシバレッド

スカシバレッド

モスガールジャーのエース

清見涼(きよみりょう)

22歳

大学四年生

鶚、村雨

エリーナブルー

エリーナブルー

モスガールジャーの実質リーダー

睦沢陸(むつざわりく)

23歳

フリーター

猪、貫、西瓜

シルクイエロー

睦沢陸

たっぷり女性ホルモンを授かったバージョン




シルクイエロー

モスガールジャーの陸戦巨乳隊員

壬生隼斗(みぶはやと)

14歳

中学二年生

巨樹

スパローピンク

壬生隼斗

すっかり健康になったバージョン

スパローピンク

モスガールジャーのちびっこ隊員

芹澤陽南(せりざわひなた)

17歳

流星、向日葵

キラメキグリーン

キラメキグリーン

モスガールジャーのニューグリーン

夏目藍菜(なつめあおな)

21歳

無職

勇魚、雲、寛容

与那国三志郎

与那国三志郎(よなぐにさんしろう)

モスガールジャー司令官

木畠茜音(きばたあかね)

20歳

大学二年生

鸚鵡、耀

アメシロ

アメシロ

モスガールジャー指令室参謀

落窪一狼太(おちくぼいちろうた)

35歳

夏目藍菜の用心棒兼諸々

山犬、恨

ウラミルフ、リベンジグレイ

リベンジグレイ

モスガールジャーの切り札

伊良賀紗助

21歳

レジスタンス叛逆者

草原

モネログリーン

モネログリーン

モスガールジャーの元隊員

陸奥柚香(みちおくゆか)

19歳

大学二年生

雪割草、蝙蝠

白滝深雪

陸奥柚香

金髪やめて高校時代に戻ったバージョン

白滝深雪(しらたきみゆき)

雪月花の癒し役

白滝深雪

銀髪バージョン

白滝深雪

スーパー魔法少女「黒神子」

竹生夢月(たけおゆづき)

18歳

高校三年生

鳳凰、惨

紅月照宵

紅月照宵(こうづきてるよ)

雪月花の真打ち

紅月照宵

ス-パー魔法少女「身分を隠すため町娘に変装したお姫様。お祭りだって初体験。女剣士に憧れ中。でもその実体は?」

お祭り娘バージョン

深川蘭(ふかがわらん)

25歳

社会人

胡蝶蘭、蛟

紫苑太夫

紫苑太夫(しおんたゆう)

雪月花の仕切り役

紫苑太夫

スーパー魔法少女「華柳」

亀の隊長さん

29歳

地方公務員

甲羅、機動

動的亀甲隊隊長

動的亀甲隊隊長

四名の配下戦闘員と長い脚の亀型兵器で戦う

相生桧(あいおいひのき)

15歳

高校一年生

相生智太の妹


町田さん

フリーの看護師

焼石嶺真(やけいしれま)

19歳

不明

虎、渡鴉

レイヴンレッド、元ヤマユレッド

レイヴンレッド

布理冥尊五人衆

ヤマユレッド

元モスガールジャー隊員

与謝倉凪奈(よさくらなな)

14歳

中学二年生

夜桜、猟犬

ハウンドピンク

ハウンドピンク

布理冥尊五人衆

押部諭湖(おうべろんこ)

13歳

中学二年生

貉、妖精

穴熊パック

蒼柳(あおやぎ)

布理冥尊五人衆

言霊、??

フェローブルー

刀根(とね)

第三方面軍直轄突撃団副長

銅、土

トンネラー

茂羅(もら)

第三方面軍温泉ランド区副司令官

苔、慈

コケライト

佐井木(さいき)

本宮護教隊地方管理部フルーツランド担当

犀、念

サイキック

銀山(ぎんやま)

第三方面軍フルーツランド支部長代理

勝虫、彷

シルバーヤンマー

禿尾(はげお)

第三方面軍直轄渉外隊隊長

銭、任侠

ゼニヨコセー

香山(かやま)

第五方面軍特務隊員

蚊、童、群

モスキッズ

織部(おりべ)

布理冥尊五人衆

花蟷螂、嘲

マンティスグリーン

マンティスグリーン

芹澤の父に擬態中

綿辻(わたつじ)

親衛隊(五人衆付)

蒲公英、迷

メーポポ

大賀(おおが)

布理冥尊五人衆

鬼、痴

オーガイエロー

五木田(ごきた)

親衛隊(五人衆付)

噴射、汚

ジェットゴキ

原田(ばるた)

第三方面軍彩りランド支部長

ヴァルタン征爾

忍者、幻

春日(擬態中)

レジスタンス本部

粘土、鹿

ネンドクン

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