17 タガメクワガタワイバーン
文字数 3,666文字
タガメ女がサント号から飛び降りる。俺へと頭を下げる。
「冗談ですから、そないな顔せんでください」
俺の中の大阪人評価が半減した。
「夢月が苦しんでいます。裸なので、そっちは見ないでください」
UFOキャッチャーみたいなクレーンでスカシバイクが地面に降ろされる。またがった俺の手に仮面ネーチャーの端末が現れる。赤い光に包まれる。
「仮面スカシバレッド降臨!」
浴衣だけのトリオスを見習え。露出したコスチュームだろうが寒いなんて思わない。頭にはティアラ。ここからはウイングスカシバイクとともに戦う。
露天風呂を囲む柵がなぎ倒された。彼女は急ぐでもなく登場した。手にはファイヤーダイヤソード。……赤い半纏だと? レオフレイムは防寒機能を備えている。
「スカシバさん、お待たせしました。深雪さんほかは力尽きたそうですね。間に合わず申し訳……」
レオフレイムが夏スタイルに戻ったスカシバレッドを凝視しやがる。でも目線の先はその背後に移る。黒目がちな瞳に怒りが浮かびあがる。
「……トリオスが魔女と戦い生き延びた理由。それは、清楚な百合の力が魔女の呪いにも通じたからです。セイントリリー!」
アギトゴールドの逃亡技のおかげと聞いていたが、レオフレイムが夢月へと両手のひらを向ける。なにも起きない。
「白いフレアが邪魔ですね。それさえ無ければ竹生を元気にできます。スカシバさんはどかせますか?」
できたらとっくにしている。
「レオちゃん、魔女をやっつければ消えると違いますか? カラスごと倒すために、まずはスカシバさんを回復してあげましょう」
タガメ女がスカシバレッドに顔を向ける。
「あれはあくまでカラスですからね。大阪人にとって虎はタイガースだけです」
どうでもいいことには突っこまない。
「魔女もレイヴンレッドもなんでここを襲わない?」
それだけ聞く。はやく終わらせたい。夢月を苦しみから解放したい。
「スカシバさんに百合の力を授けます。目を閉じてください」
人の話を聞け。
「手の甲にお願い。ちょっとだけで充分」
だとしても、夢月のためにお願いする。
「謙虚ですね。互いによろめかぬ程度に吐息を吹きかけます」
スカシバレッドの手の甲にレオフレイムの唇がかすかに当たる。フローラルな力が飛びこんでくる。……怒りのエナジーを中和した。感覚的にコンディション40%ぐらいか。スパイラルレインボーを一発半打てるぐらい。
「それで、なぜ奴らは降りてこない?」
あらためて一番まともそうなクワガタ女に尋ねる。
「モスキャノンを警戒してますな。損得の狭間で躊躇しておりますわ」
アギトゴールドが上空を見る。
「なので空中戦です。そのごっついバイクの力を見せてください」
「竹生は陸の王者に任せてください。あなたは私の守りとともに大空に飛びたちましょう。フレイムオブトルネイド!」
いきなりウイングスカシバイクが炎の渦に包まれる。前が見えないので解除してもらう。
「レオちゃん、暴走せんでしっかり守ってくださいよ。――スカシバさん、サント号は攻撃力がほぼほぼ無いので攻めはお任せします」
「いくらでも援護しますさかい。よっしゃ、行きまっせ!」
俺だけ戦えだと? とんでもない事実を教えてUFOが飛び立つ。レオフレイムが慌てもせず飛び降りる。
巨大な虎になった焼石は、十五夜を避けて十六夜を爪で弾いた。百夜目鬼は、誰も歯が立たないと思っていた夢月を二度も瞬時に消しさった。夢月を守ると約束した俺はあまりに無力で、苦しむ彼女を見せられるだけだった。
おのれへの怒りも込めてウイングスカシバイクのアクセルを回す。スカシバレッドの赤髪を金色の兜が覆う。エンジンが生き物の鼓動のようだ。排気音は咆哮のようだ。飛びたつなり、スカシバイクはメカニックな龍に変わる。マシンワイバーン……。
なんで?
『めっちゃ格好ええのになりますな。もてる男はちゃいますわ』
『生きてるみたいですな。餌代かかりそうであかんわ』
「え、ええ……」
サント号の背後を飛びながら考える。えーと。ハウンドピンクが精霊になった際のおこぼれで
とにかくマシンワイバーンのデビュー戦は、何することなくリーガルエボニーに解除させられた。派手にはったりをかまして登場して瞬殺される雑魚キャラみたいだった。汚名を返上する機会だ。
『……ははあ。姿が変わらんですけど、おたくも精霊さんへと変身ですか? 流行りですかね』
また兜の内蔵マイクからレアシルバーの声がした。でも聞こえるのなんで?
『そこら中に電波をまき散らしています。そこら中に筒抜けですが気にせんでください。それよかカラスが来ましたぜ』
三本の巨大な赤い光が飛んできた。サント号は避けようともしない。光は弾かれる。強力な結界が張られている。
『結界とか思ってないでしょな。私らはシールドと呼んでますんで』
タガメ女はいちいちうるさい。でも、虎に体当たりしようとした。逆に
『サント号は損得抜きで強化しております。心配せんように』
アギトゴールドが言う。
『損得抜きで! 損得抜きで!』
俺にもかけて欲しいなどと思うけど思わない。レオフレイムにエナジーを回復してもらっただけで感謝する。
巨大な虎はまとわりつくサント号だけ意識している。背中がむき出し……その首筋。
「ワイバーンビーム!」
俺の掛け声とともにツインビームが放たれる。どうせ虎は背後が見えているように避ける。それさえも想定して回りこみ至近から――。ビームは黒い毛並みに当たり消える。煙も立たない。避けようとしなかった……。
よくよく考えれば、焼石だけが巨大な虎になり、俺は空飛ぶ乙女のままだ。同じ土俵でない。俺は上品にチェスしているのに、焼石は駒を裏返したり再利用している。それくらい違う。
姫を守るためならば――
龍になっちゃダメだよ。
……ならば接近する。
「ワイバーン、ゴー!」
ようやく虎が俺を見る。同時に三筋の光を飛ばしてくる。喰らえば墜落。
俺は心に夢月を思う。十三夜のがはるかに早くて強大だった。こいつのは追尾型であろうと。
「焼石!」
マシンワイバーンは赤い爪型の光をくぐり抜ける。俺を挟もうとした光同士が衝突して霧散する。
黒い巨大な虎が両方の爪を向けてくる。わお、六筋の光。
「ワイバーンビーム! ワイバーンビーム!」
ふたつの光を消滅させる。ふたつの光を衝突させる。ひとつの光はサント号が盾になってくれた。ひとつの光は避けきれない。
ワイバーンの尾が引きちぎられた。挙動が不安定になる。
「がんばりなさい!」
スカシバイクである飛龍を叱咤する。
サント号が巨大な虎の前をからかうように通過する。……レイヴンレッドの巨大な姿は空中戦に不向きだ。四方からのターゲット。なのに何故にこの姿で戦う。俺でなくトリオスを、いやモスキャノンを……いや獅子を恐れているから。その攻撃に耐えられる巨大な姿で、その攻撃が届かない空で戦う。
カラスはこんな戦いをいままで見せなかった。このシチュエーションならおそらく逃げた。魔女を守るためか?
あいつの脳内など分かるはずない。マシンワイバーンは苦しんでいる。それでも俺に従っている。なおも赤い光を避ける。ビームで弾く。虎は上空に逃れようとする。いくら奥羽山脈であろうと目立ちすぎなんだよ。
「焼石!」
がたがた揺れながら赤い飛龍が加速する。黒い煙を尾から流す。虎に近づいていく。なのに出力が落ちていく。力尽きようとしている。
……赤い大型バイク。たった二か月の付き合い。もうお別れだ。
「私の代わりに燃え尽きて!」
スカシバレッドはまだ燃え尽きない。マシンワイバーンが血のように赤くなる。虎が振り返る。雷鳴のような咆哮を上げる。赤い六筋の明かり。サント号が二つを受けとめる。マシンワイバーンは残りすべてを受けとめる。
スカシバレッドはその背中から飛びたつ。その手にスピネルソードが現れる。華麗に回りこむ。
虎の首筋。そこへと。すべてを込めて。
「ジャスティスブラッドクロス!」
正義の血の十字を叩きこ――巨体が消えた?
「愚かだな。知恵なき突撃だけ。シルクより貴様が猪で貫だ」
小さくなったと言っても3メートルの背丈。妖艶な獣人女が仰向けの姿勢で笑いながら、白い地面へと降りていく。
「悪いが進言させてもらった。夢月は私に殺されるだけで赦される」
マシンワイバーンが墜落していく。空で爆発して消滅する。犬死になんて思わない。夢月を守る。だから追撃する。龍になどならない。なる必要ない!
「その姿までですか。龍も耐えましたね。そうだとしてもここで、あなたに欲望を授けましょう」
魔女の声がした。
「原理を彼の身に」