20 蒲田駅から27時間が経ち
文字数 2,616文字
……それより、あの女はなに? 夕べお兄ちゃんのスマホに電話したら、『智太君は朝の十時からずっと私相手に頑張ったから、きっとへとへとになって寝ているよ。あなたは妹ちゃんだよね。智太君はあなたの写真も保存してあったから、子どものときの以外は削除しといたよ。じゃあね』だって」
自宅玄関を開けるなり桧が出迎えてくれた。
お兄ちゃんは釣りをして海に落ちて伊豆七島の無人島まで流されたんだ。あの女にスマホを奪われ捨てられた。最近お兄ちゃんはもてるだろ? あれも悪質なストーカーだ。警察に届けておく。
虚実織り交ぜて説明する。妹は信じないまでも受けいれる。
「たしかに今日も、年齢も病も中二っぽい不審な女を見かけた。最近はお兄ちゃんの魅力にみんな気づきはじめている。でも、そこまでの容姿かな? 中身はともかく……。だったら、シャワーを浴びて今から私とデートしなさい!」
ほんとかよ。蒲田で行進して、大田区のビルでカマキリや一個小隊や親衛隊隊長と戦って、江東区のマンションでぬるいコーラを飲まされて、追いだされて拉致されて、中学生の運転で逃げて、藍菜と蘭さんが一触即発で、無人島で果し合いをして、五人衆が乱入して、港区まで追いかけられて、ようやく家に着いたのに。
「分かったよ。クロ子と少し遊んであげてからだよ」
夢月が隣と同じで、妹と歩く分には女性もあきらめの目を送るしな。でも、背後から刺される恐れのない町にしよう。
***
押部諭湖の件は清見さんに相談した。
『お前が助けられたのは間違いない。そいつがお前に惚れたのも然りだ。それでも、お前や私たちの情報を握りつぶすはずない。おそらくお前をあの団体に誘うための材料にする。だが様子見だ。
焼石はお前よりはるかに賢い。お前に無理やり好意を持たされたと気づくに決まっている。彼女ならば、愛は盲目の振りをして近づき背後から斬りつけるかもしれない。彼女とコンゲームをして誰も勝てない。
……お前はこれらの件を黙っておけ。味方から拘束される』
お前呼ばわりを連発されたけど、賢くて冷静で女性関係に長けた清見さんが言うのだから、その通りにした。布理冥尊に入るはずないし、本部からやさしく詰問されたくないし。レイヴンレッドに背後から刺されたくないし……いつか正々堂々とぶち倒すだけだ。
敵前逃亡は、夢月は特例で反省文で許された。俺はいなかったことで処理された。
いずれの件も命は大事に。
*******
八月を折り返した夜空を、モスプレイは音もなくひたすら上昇する。機内はモスガールジャーの六人だけ。時間つぶしのためにアニメを第一期から上映していたが、目的地に到着まであと十分となり途中で終わる。
「続きはネット配信で楽しんでくれたまえ。DVDレンタルはR18がかかっているのでお勧めしない」
与那国司令官がアメシロを乗せてやってくる。
「なにごともなければ楽勝な任務だが、なにごとかあると困る。なにしろターゲットとの直線延長上に某国の軍事衛星があるからな。それを落とすと世界大戦が勃発する」
今回の任務は、布理冥尊が悪用する、政府が極秘裏に打ち上げた人工衛星を破壊すること。高度300000メートルという宇宙空間に存在するそれに高位エナジー弾を照射するために、モスプレイも成層圏を越えた。(ちなみにモスプレイのプロペラは飾りだ。俺やブルーに羽根がないのと同じ理屈で飛ぶ)
大気圏に再突入した際に機内が電子レンジになるのではないか、モスキャノンを水平照射した衝撃で地球の引力圏から離れて宇宙をさまよう羽目にならないか、いろいろ危惧される作戦だが前例がないから仕方ない。司令官の言うように、おそらく大丈夫なのだろう。
その代わりに報酬がすごい。なんと破格の1000ポイント。
『お別れかもね。ヘへへ』柚香がわざわざ雪月花端末で連絡してくれた。うるさい蘭さんもゆるしてくれたようだ。
『地球の写真撮ってきて』と夢月は言うけど、遊びに行くわけではない。
「『いかれたチーム』と、いかれた傭兵たちにお褒めの言葉をもらった。エリーナ君、もう一度予測値を教えてくれないか?」
「
エリーナブルーは、メンバーの過去のレベル上昇率をもとに複雑な計算をしてくれた。100ポイントを貯蓄に回すとして、それによる本ミッション終了後の各自のレベルは以下のとおりになる。誤差はプラスマイナス1とのこと。
ブルー レベル 68(前回比プラス27) ライフ 67
イエロー レベル 59(前回比プラス30) ライフ101
ピンク レベル 83(前回比プラス38) ライフ 58
レッド レベル159(前回比プラス33) ライフ238
俺は高レベルになったから、伸び率が(これでも)落ちてきた。しかしいよいよ一撃で柚香を越える。それにしても若いからか、ピンクのレベルの伸びが高い。地方幹部でも上位クラスになる。一度死んだイエローはレベルは一番低いのに、ライフもバストも三人で断トツだ。一度のミッションでレベルを取りかえせるので乗り気、でもない。
モスキャノンもついにおこぼれで、司令官が恋い焦がれる高位エナジーを集結させた精細照射が可能になったらいいねらしい。
地球に帰って来れたら、おそらくチームはBランクに返り咲く。
「窓が欲しかったな。蒼い星を見ながら……」
どんな多忙さえこなします、と自信に満ちあふれていたエロイ女秘書が遠い目をする。
***
「ターゲット捕捉。現在高度は3000キロメートル」ピンクが告げる。
「この高さならば、誰も気づきようがないな」ブルーが腕を組む。
「生きて帰りたいですね」イエローが緊張しだす。
「目標宇宙軸に到着まで、5,4,3,2,1」アメシロのAIの物まね。
「照射!」司令官がモスキャノンのボタンを押す。
「喰らえ!」大任をはずされたスカシバレッドが後ろで叫ぶ。