33 とことん
文字数 2,881文字
アフガンハウンドが現実逃避みたく箇条にしゃべる。この姿のが防御力はあるらしいが、抱えられて空高く浮かぶのはスリルあるだろう。スカシバレッドは加速していくし。
『トリオスは大司祭長と交戦したが、サント号にて奄美方面へ逃走中。――リーガルエボニーは意外に早い。現在は二宮海岸を大磯方面へ向かっている』
『あの姿で町中を走れないからな。……モスキャノンを照射しまくっている。城壁の結界はすぐに復活するが、エナジーをかなり消費しただろう』
与那国司令官が付け足し、今後の作戦を簡単にレクチャーされる。
「レイヴンレッドの生死は不明。合流を狙っているとしたら厄介」
スカシバレッドの胸もとでハウンドピンクがつぶやく。
『焼石嶺真の精神エナジー反応は途絶えたまま。生身で居残るとは思えない』
アメシロは言うけど、奴だって想定外の存在だ。
『カラスのエナジー反応が復活するなり、モスキャノンを最大出力でぶっ放す。そして照射するのはスーパームーンだ。彼女ならばカラスにも当てられる。ここまでリーガルエボニーに百発百中だからな』
司令官の冷徹な声。レイヴンレッドこそをターゲットにしている。
『このビーム弱すぎだけど私が月明かりだしたら、町に逃げるから駄目だって。なんで、二人で頑張ってね』
『あなたたちもバイパスの向こうは住宅地であることを考慮してね。――このままの速度だと、あと三十秒後に視認できるはず。接触予測地点はテトラポット群。……結界が消えた直後の
バックアップはたっぷり受けている。仕留め損ねるわけにはいかない。スカシバレッドはさらに速く飛ぶ。二十秒後に化け物を見つけた。
スカシバレッドの腕のなかで、アフガンハウンドは人の姿に戻る。桜の枝を振るう。二人は闇に包まれる。見つかるはずない。速度をリーガルエボニーに合わせる。
『十秒後に照射する。巻き込まれないように。10,9,8……』
「タイミングは一瞬だ。遅ければ復活した城壁の結界に、最悪の場合分断される」
それでもハウンドピンクは俺に桜吹雪をまとわせる。彼女のおかげで規格外のスカシバレッドは、一角の馬蹄類5メートル背後につく。化け物は上空と前方しか気にしない。
『3,2』
スカシバレッドは空から突進する。
『1,0』
「1,2」
スカシバレッドが口ずさむ。モスキャノンが地面に到着するまでの時間を加算する。獬豸の1メートル手前で夜闇の結界が解除される。2メートル上空からハウンドピンクを砂浜に落とす。
襲歩のごとく速度を上げる。両手にスピネルソードが現れる。
照射されたはずの高位エナジーも、一瞬だけ破壊されたはずの城壁の結界も視認できない。獬豸は立ちどまらない。だとしてもスカシバレッドは飛龍だ。この対のソードは翼であり牙。
化け物へと飛びこむ。
「ファイナルアルティメットクロス!」
リーガルエボニーの尻へと叩きこむ。確か過ぎる手応え。さらに背中へと。
「ファイナルアルティメットクロス!」
頭部へも。
「ファイナルアルティメットクロス!」
一角がへし折れる。砂浜に頭から突っ込む。四肢が硬直する。
飛龍に空から襲われて、リーガルエボニーが消滅する。
「まだだ!」
桜色の毛並みの気品ある犬が砂浜を駆けてくる。野獣のように。
「わたしにしがみつけ。――真壁律のエナジーの残滓を、追跡開始」
スカシバレッドは、西新宿屋上の相生智太のようにアフガンハウンドへ抱きつく。
時空に飲み込まれる……飲み込まれながら見る。麦わら帽子。
テトラポットの上に、生身の焼石嶺真が立っていた。
***
「きゃんっ!」
生身の相生智太の下敷きになって、アフガンハウンドが悲鳴をあげる。
カーテンのかかった真っ暗な部屋。俺は心に仮面ネーチャーを思う。スカシバレッドに変身する。頭にはティアラ。ベッドには真壁律。青ざめた寝顔。
「ここは?」
「自宅みたいだな。たいそうな身分だ。場所がどことか家族とか、もはや知る必要はない」
アフガンハウンドがベッドに前足をかける。覗きこむ。
「さすがだ。精霊の盾が解除されていない。だが憐れだな」
ピンクの毛並みの犬が真壁律の首に噛みつく。真壁律が目を大きく開ける。悲鳴をあげようとする。一瞬のことに、俺は見ているだけだ。
真壁律が消滅する。すぐにベッドに現れる。
「これでレベル50前後に落ちたか。なのに、まだ盾がある。これぞ城壁だ」
犬がまた首筋を噛む。気を失ったまま真壁律が消滅する。
「これで25」
真壁律がまた現れる。小刻みに痙攣している。
「……まだ精神エナジーに守られている。化け物め。精霊の力が尽きるまで殺すだけだ」
「やめろ」
俺は、またも口をひろげたアフガンハウンドの首を引っ張る。
「千由奈も人でなくなる」
リーガルエボニーは生身の蒼柳が食われるのを笑ってみていた。仮面ネーチャーが消滅するのを嘲笑った。空に浮かぶスカシバレッドをその場で解除した。だとしてもハウンドピンクを押しとめる。
「あと一回だけお願い。こいつは、ずっとひどいことを何度もしてきた」
千由奈が犬の姿でよかった。それでも瞳に悔し涙が、憎しみの涙が浮かんでいたから。
俺は何も聞かない。代わりに告げる。
「やめよう。こいつらと同じになることはない」
……静かだ。ここはマンションの上階かな。真壁律が嘔吐したので横向きにさせる。
須臾にして久遠。
「そうだね。そうだよね」
ハウンドピンクがぽつりと言う。
「私たちも家に帰ろう。――桜散れ」
「だ、駄目――」
スカシバレッドは時空に飲み込まれる。
真っ暗な空に、相生智太として転生させられた。足もとには、太平洋がひろがっている。ぐんぐんと近づいている。
俺は仮面ネーチャーを思う。
「変身! 仮面スカシバレッド降臨!」
頭には仮面ネーチャー一員の証であるティアラ。これからも装着し続ける。
スカシバレッドは上空を見上げる。悲鳴をあげながら落ちてくるアフガンハウンドを受けとめる。シャンプーの匂い。
「あ、あなたはどこで寝ていた?」
犬はそう言って笑う。ハウンドピンクになり、春木千由奈に戻る。
「私はまだ人だよね」
涙目でスカシバレッドに微笑む。
満月は西に大きく傾いたから、東に星空がはっきり見える。
俺がハデスブラックにしようとしたことを、この子がしただけだ。俺に勇気があったなら、闇までも悪魔を追いかけて、同じことをして、最後に彼女に押しとどめられただろう。
大磯のホテルが見える。あの近辺に、レイヴンレッドはまだいるかもしれない。でも今夜は終わりだ。
「千由奈は素敵な女の子のままよ」
スカシバレッドは抱きかかえた人にウインクする。
「それに家に帰るのは、もう少し後ね」
モスウォッチは消えてしまったけど、俺は心に雪月花を思う。夢月へと連絡を取る。じきにモスプレイが迎えに来てくれる。