32 赤い三人だけのアイランド
文字数 3,250文字
「あの船ね」
芦ノ湖海賊船サイズが、ゆっくり孤島と愛媛の間を通過している。アメシロがいたならばカウントダウンを始めただろう。
「突っこみましょう!」
「……うん」
紅月が躊躇した。
気づかれている? 待ち構えている? 目覚めた俺の野生の感――を凌駕する野獣!
「レイヴンレッド!」
上空からの赤い爪状の光を避け、られない。追尾型。
「ぐわっ」
スカシバレッドは尻に直撃を喰らう。夢月のジャージにでかい穴が。
「ちっ」
紅月が手のひらを光に向ける。ひとつの赤を霧散させるけど。
「くそっ」
残りの光にミカヅキが分断されて消滅す――ぐえっ、背中を深々ざっくりやられた。
奴はどこだ? ようやく両手にスピネルソード。
「どうした? 龍にならないと勝てないぞ」
赤い髪。漆黒のドレス。妖艶な瞳。クロハネに乗ったレイヴンレッドが、二人の前へと挑発的に現れやがった。獣人にもならずに……、こいつは本部と組んだのか?
「十六」
宙に浮かんだ姫が両手を掲げると同時に、クロハネが突進する。
「モーションが大きすぎる」
「きゃあ」
すれ違いざまに、レッドタイガーソードが姫のがら空きのおなかを一文字にざっくり。
この野郎!
「アルティメットクロス!」
至近からの赤いXを、レイヴンレッドはソードではじく。スカシバレッドへと一直線に斬りこんでくる。
迎え撃つ。
「ファイナルアルティメットクロス! え?」
「同じ技が二度通用するか」
すげえ。爪先かけてサーフボードを立たせるみたいに、クロハネを盾にした。しかも、消えゆくそれを、レッドタイガーソードが突き破る。
「ぐえ」
胸の中心を貫かれた。えぐりやぐる。
クリティカルすぎる。涙があふれる。ソードを抜かれると同時に血もあふれだす。エナジーがこぼれていく。消失していく。
「精神エナジーだろうが泣き
消滅したクロハネの向こうにレイヴンレッドが浮かんでいた。スカシバレッドの赤髪を握られる。首へとソードを当てられる。
……重複だろうが完膚なきまでの完敗。俺は目覚めたと、ついさっき大口を叩いたばかりなのに。だとしても。
だからこそ。
と思うと同時に、あごの下へレッドタイガーソードが食いこむ。かなり食いこむ。
「戦おうとするな。――テロリストに引き渡すわけではないから案ずるな。クロハネ!」
瞬く間に復活した漆黒のエアサーフボードへ引きずられる。
スカシバレッドはかすむ目で暗い海原を見る。船は消えていた。
***
小島の狭い海岸にクロハネは着地する。スカシバレッドは乱暴に突き落とされる。浮かべない。
「私のレベルは194しかない。お前もレッドならば分かるよな。レベルなど目安にすらならない。実力と心の強い者が勝つ。
私はモスの連中を皆殺しにした憎むべき敵だろ? なのに、いまのお前は憎めない。心が足りないから、刺し違えるのが怖いからだ。
そしてお前は、おのれを攻撃されたぐらいでは
「ひっ」
ぺらぺらうるさいワタリガラスにソードで太ももを抉られる。……死ねば永遠の闇。どこかで震えていたのを観察された。だから、かぐや姫への人質にされた。
「痛みに強くライフ値と守備力が尋常でないから、守りがおろそかになる。おかげで、倒せなくても足止めできる」
レイヴンレッドが空を見上げる。
「ようやく、ひよこが助けに来たぞ」
それは鳳雛。
「なぜ知っている?」
「図星か。……夢月は甘える。つまりお前と組むかぎり、永遠に鳳凰になれない。惨めな雛のままだ」
何を言いやがる。俺が大人にする。中身もだ――。レイヴンレッドが俺を片手で持ちあげる。お約束的に紅月からの盾とする。また首もとにレッドタイガーソードを当てられる。
……たしかに龍になれないみたい。護るべきものに守られそうな状況でなれるはずない。目覚め方に失敗したかも……違った。だからレイヴンレッドは夢月に殺意を向けられない。俺をいたぶるだけだ。つまりスカシバレッドの勝ちではないか。
「スカっちを殺したら、島ごと消す」
紅色の光をまとったお祭り娘なお姫様がおりてきた。胴体を分断されるような一撃のダメージを感じられない。
「スカっちだと? ……島の反対側に村落があるからな。そもそも死んだら終わりのこいつを殺さない。だがな、お前と違いコールドレッドはライフ値を回復できない。生身に戻ってリセットもできない。傷を癒せるのは深雪とハウンドだけだ。分かるよな?」
「レオフレイムもいる」
紅月も砂浜に降りる。
遠くに街の明かりがぼやけて見える。俺の目がかすんでいる。
「ライオンはもはや敵だろ? ……本物の月から教えてもらった。お前たちは深雪を裏切ったらしいな。ハウンドもいない。この
男女は言ってはいけない一言だ。だとしても。
「ひ、桧はどこだ?」声を絞りだす。
「おっと、龍が目覚めかけたぞ。怖い怖い。――案ずるな。彼女はあの方の看病をしている。やはり後継者だ。素晴らしい御心だ」
「妹を解放しろ」
「監禁されていない。……本物の月は闇を照らす。偽物のようにおのれのライフ値だけを回復するのでなく、その光はまわりの傷こそ癒してくれる。意味が分かるか?」
意味は分かった。さすがローリエブルー。相生桧。……兄が年寄りを痛めつけたから、代わりに介護する。桧の論理ならあり得る。だから立ち去らないだけだ。魔女の後継者だからでは断じてない。
お祭り娘モードの紅月はレイヴンレッドをひたすらにらんでいる。
瀬戸内の小島の静寂は三十秒。
「返事をしろ。二人とも分からないのか? そもそも私の話を聞いてないのか? もはや、こいつの傷を治せるのは、こいつの妹だけだ。二人ともあの方のもとに来い。あの方はすべてを許してくれる。私からも頼んでやる」
紅月さえもぽかんとした。
この虎カラスは、俺たちを、死に体の布理冥尊に勧誘しやがった。
断ったら殺されるとしても。
「会うなり倒してよいならば行く。それと深雪は来てくれる。呼ばないだけ」
それは言っておく。スクランブルモードで呼べばきっと現れる。
「魔女は私を精霊にさせようと苦しめた。代わりに智太君がやられた。あいつは敵だ」
紅月の怒りが膨らんでいく。
「柚香は、お前の欺瞞の魅力にまだ囚われているのか? 彼女は利己的だぞ。大事なのは自分のレベルを上げること。それと、一度死んでからは自分の命。二人だけで本部に反乱を起こした馬鹿に付き合うと思うか? この期に及んで三馬鹿になりたいと思うか?」
さすがに観察している。でも柚香は現れる。だから呼びたくない。
お喋りカラスはなおも続ける。
「お前たちこそ我々を散々苦しめた。戦いだから否定しない。だが敗れたならば報いを受けるは当然だ。……それにな、いやまだ告げない。行く当てのないお前たちは、私たちのもとに来い。それが最善だ」
殺されるか従うか。選べというならば。
「あなたは馬鹿ね」
スカシバレッドは首に刃を当てられたままで笑う。
「私と姫りんがみんなを裏切ると思うの?」
「……姫りんだと?」
「そうだ! いっぱい傷つけてふざけんな! すぐに桧ちゃんを連れてこい! スカっちの傷を治させろ! でも智太君は私の彼だ! 妹ちゃんには絶対に絶対に返さないからね! だからやっぱり呼ばない! いつか柚香に治してもらう」
いつかって、いつだろう。
レイヴンレッドがふっと息を漏らす。
「脅しが通用しないか。愛すべきほどに馬鹿な二人だな」
その手からレッドタイガーソードが消える。
「ならば腹を割ろう」
スカシバレッドは砂浜に落とされる。
「うわあ、真っ暗闇だし。夢月さあ、もっと近くに寄って照らしてよお」
麦わら帽子に赤いTシャツの焼石嶺真が現れる。手離した赤いマントが波に洗われる。