08 精霊な少女たち
文字数 3,979文字
電話の向こうで藍菜が言う。
「妹を巻き込むな」
テントの中で怒鳴りかけてしまう。クロ子の頭を撫でて気を落ち着かせる。
『桧はきっと二つ返事で入隊すると、ハウンドが言った。実際にどうだったの?』
「……二つ返事で受け入れた」
すごく危険だし、桧みたいに優しい子には似合わない。桧が正義の味方になるなんて、お兄ちゃんは反対だ。絶対にダメだよ。
お兄ちゃん! みんなは今まで戦ってきて、これからも戦うというのに、私はこれからも見ているだけ。そんなことができると思う? 危険というなら、お兄ちゃんも正義の味方をやめなさい!
反論できなかった。でも本当に危険だ。藍菜は忘れている。もしくは逃避している。思いつくだけで二点。
「本部にはなんて回答する?」
『ハウンドピンクは所属していた組織と戦えないと号泣しました。やっぱり中学生の女の子でしたね。でも私がやんわりじっくり説得しますので、しばらく預けてくださいよ。そのための落窪さんもいますし。
と伝えた。たぶん大丈夫』
それならば、おそらく大丈夫なのだろう。でももう一点ある。
「月を名乗るのは危険だと思う。夢月が怒る」
彼女の性格からして受け入れる可能性は低い。関係者を抹殺する可能性のが高い。
藍菜はしばらく黙ったのち。
『私が提案したのはあくまで三人チーム。そこから先は、十代半ばの女の子たちがノリでやったこと。私は関与していない。でも、智太君から
逃げやがった。
『私のチームだから、報酬と別にキャッシュをギャラする。南極トビーが“昼は蝶”を手伝うのも承諾した。茜音っちと腐れ巫女は、いずれにも猛反対だったけど』
その二人のが正しいと思うけど……、清見さんがいたらどうしていただろう。
「本人がいない場でも、柚香をそう呼ぶな。……彼女と一緒に清見さんの見舞いに行きたい。それに桧も連れていく。あの人の姿を見た後の、妹の判断に従う」
『清見さんの容態は良くない。両親か弟のいずれかが必ず病室にいる。赤の他人が入りこむのは難しいんだ』
「俺たちは他人ではない」
『……そうだったね。なんとかしてみる。それと、妹さんが判断するのはもう少し早い。花鳥風は今夜デビュー戦を飾る。まずは見学してもらお。くそに伝えといてね』
電話切るんじゃねーよ! かけなおしてもつながらないし……。
妹を守るため、生身で月明かりを発する女に連絡する。
『ハウンドとパックが正義の味方? ざけんなよ、もう一度ぶっ倒してやる! 智太君スクランブルかけて!』
名称の使用に関する議案にたどり着く前に決裂した。
「彼女たちは改心した。原理主義を倒すために――」
『私を倒すだと』
……電話が切れた。彼女はバイクかミカヅキでここに現れる。
「逃げろ!」岩飛の部屋を開ける。
湖佳と岩飛が黒いビキニ姿になっていた。
「お兄ちゃん! 女性の部屋に入るならばノックしなさい!」
桧に怒られる。
「私は着替えてくる」
紙袋を持って、俺と入れ替わりに部屋をでる。
「その焦りようは月ですか? 想定内です」
湖佳が眼鏡の縁を上げる。服を着て欲しい。
「それよりも桧殿はマントで変身できませんでした」
それを聞き、安堵したようながっかりしたような。
「桧の実質レベルがまだ戦闘員程度だからだ。なので当初は兄の戦闘服を着てもらうことになる」
本宮で俺が着たエリート戦闘員のコスチュームか……。
「そんなものを着せられるか!」
中学生相手でも怒鳴っていい。エリートと言っても所詮は雑魚。一人だけそんな格好をさせられない。
「……そんなものだと?」
千由奈が俺を睨む。
「私は幹部補からだったが、湖佳は
笑われていたのは初耳だし、伸び悩みでなく蘭さんに殺されたからだし、この子の俺を見る目が五人衆の頃のようだし……。
「あの時、千由奈は兄の形見を俺に着せてくれた。妹にも貸してくれる。それなのにごめん」
彼女へと頭を下げる。
「形見と言っても、兄はきっと生きている。兄は幹部目前のレベルだったが、傭兵たちに敗れてハイグレードに落ちた。本宮が入信したての私に気をつかい、返り咲くまでとあの服を私に預けてくれた。
……次の戦いで兄は死を恐れ、傭兵たちの捕虜になった。以後の消息は知らない。夏目司令官が問いあわせると言ってくれたが、きっと元気に生きている」
聞きたくなかった話。だとしてもスカシバレッドは戦い続ける。布理冥尊を抹殺し続ける。
「あの服は慣れないと面倒なんですよね。手伝ってきます」
岩飛がビキニ姿のままで部屋をでる。
「岩飛殿は、月が現れるまえにトビーになられるように」
つなぎのデニムの私服姿に戻った湖佳が言うが、また天井に穴を開けられる。
「ペンギンになっても紅月には勝てな……」
あれだ。知恵が足りぬ者云々だ。
「ほほお。気づかれたなら、智太殿は多少知恵が足りているようですな」
湖佳がにやりと笑う。……ささやかにでも殺された復讐を待ち望む顔。
「着てみたよ。背丈が伸びて体格もよくなった。胸まで大きくなったけど意味あるの?」
桧が私服のままで戻ってきた。ちょっとがっかり。
「たしかに力が何倍にもなった気がした。洗濯はどうするの?」
「基本は中性洗剤で押し洗いですな」湖佳が答える。
「そうそう。面倒だから、私は四回は着続けた」岩飛も戻ってくる。
****
三十分後、家の前にバイクが停まる。紅い袴の女剣士が乗っていた。魔法でヘルメットを消す。
「智太君ひさしぶり。ウナギのおにぎりおいしかったです。また二人きりで無人島に行きたいです」
にこにこと目を細めたのちに。
「犬ころがいるから、途中で変身しておいた。智太君の家で月明かりはださないよ」
ハンターの眼差しになる。
「尾行されてないよね?」
「うん。ドローンも飛んでない」
夢月の感が断言するならば問題ない。……おでこの形もきれいだよな。前髪が薄いと凛とした顔立ちが更に……見惚れている場合ではない。
――トビーの特性は効果ある。最悪トビーだけやられても仕方ない。そしたら精霊の盾を解除して降伏しよう。
千由奈は薄情を言っていたが、多少なりとも妹にリスクがかかる。
「その姿でいつまでも道にいない。まずは話し合い――」
「ご免つかまつる!」
その手に早くもルビーソードが現れる。
「話を聞け! 妹もいる。誰一人傷つけるな」
紅月の肩をつかむ。
「邪魔!」
人とは思えぬ力で手をはらいのけられる……。これ以上の刺激は危険。
救いは池袋線沿線の住宅密集地であること。月明かりさえだされなければ、スカシバレッドに変身すれば太刀打ちできる。西新宿で十三夜を十発撃っているけど。川口駅では十五夜をだしたらしいけど。
「スーパームーンさん、こっちですよ」
勇気ある岩飛が庭から呼ぶ。女剣士がずんずんと向かう。俺は心にネーチャーの端末を思う。背後から奇襲のスタンバイ。岩飛も傷つかせない。話を聞かない夢月が悪い。
「きゃああああああああ」
紅月の悲鳴。
「大きいペンギンさんだ、かわいい!」
庭に寝転がった南極トビーへと、胸の前で両手を振っていた。
知恵が足りなすぎないか?
「正義の味方を名乗るな。悪の魔法少女花鳥風ならば認める」
食堂のテーブルで、さきほどの残りのオレンジジュースを飲みながら夢月が言う。野生の感を発揮して、湖佳のいれたお茶に手をつけない。
「智太君の妹でも、月は認めない。どうしてもというならば、ハウンドとパックが私と勝負しろ。勝ったら使わしてやる」
湖佳が人の姿に戻った岩飛に目くばせする。
「夢月さん、よろしいですか?」
「トビーちゃん、手の上げ方がかわいい」
「夢月さんこそめっちゃかわいいですよ。そんで、悪を抜いて魔法少女花鳥風でもいいっすか?」
「うん。いいよ」
「聞くことが違う!」
千由奈が怒鳴ったあとに、夢月の顔色をうかがう。睨まれて黙りこむ。
「トビーちゃんや智太君の頼みでも譲らない。どうしても月がチームに欲しいならば、私が入ってやる。リーダーは私だ。犬ころとタヌキをこき使ってやる」
「
「悪くはないな。湖佳はどう思う」
「よろしいかと」
さすが夢月。十代半ばの少女たちを瞬時に妥協させた。知的所有権も事前に確認できてよかった。でも。
「ハウンド。マントを見せろ」
想定外なことを言いだした。
「……回収するつもりか? それは話が違う」
千由奈が首を横に振る。
でも、夢月の手にピンク色のマントが現れる。
「これは犬ころ専用か。黒いのを見せろ」
マントは千由奈の頭上にびゅんと戻り、彼女をふわっと包む。
「……あなたは今生身ですよね?」
岩飛がおずおずと手渡す。
「ちょっと試してみる」
夢月が立ちあがり、黒いマントを体にかける……。赤色のスクール水着姿になった!
「面白い! 化け物になるにはどうやるの?」
精霊になるつもりかよ。……夢月の体形と胸の大きさこそスク水にふさわしいと思うけど、そんなこと関係なくおそらく鳳凰。体育館レベルだった龍と対。家が破壊される。
「体に力を入れるだけっすよ。スーパー魔法少女になる感じじゃないっすか」
岩飛が余計なアドバイスを……。
夢月が体に力を込める。その体が紅色に包まれて……、柴犬ほどのショッキングレッドのヒヨコと化す。
「なにこれ……。小さくなっているし。頭きた。ハウンド、もとに戻せ」
フローリングからピーピー騒ぐ。ヒヨコのくせに浮かびあがるし。
「へ、変身解除と同じだと思うが……かわいいぞ、すごく。さすが紅月」
指さして笑いたいのを必死に耐える千由奈こそかわいらしいけど。
いまだ鳳雛。