第421話 お泊まり4

文字数 3,669文字

 星が不思議そうに首を傾げ携帯ゲームを見下ろしていると、つかさは自慢げに説明を始めた。

「最新式のゲーム機だよ。そしてこれがもう一つあると二人でプレイできるんだ!」

 つかさも同じゲーム機を取り出して、今度は小さなカメラの様な球体の付いた器具を地面に置いた。

 スイッチを入れるとレンズ部分が輝きモニターのように映像を映し出す。
 星がポカンと画面を見つめていると、つかさが星に小さなイヤホンの付いた機器を手渡す。

「音を出すと星のお姉ちゃんにばれちゃうからね!」
「はい」

 頷いた星はつかさから渡されたイヤホンを耳につける。

 それを確認したつかさはボタンを押してゲームを選択する。

「僕はサッカーゲームが好きなんだけど、星はRPGがいい? クイズゲームとかシューティングなんかもあるよ? 兄ちゃんがやってるホラーやちょっとグロいのもあるよ?」
「私はゲームに詳しくないのでつかさちゃんのおすすめでいいですよ?」
「そっか。なら、2人で協力できるのがいいかな?」
「……協力」

 笑顔でゲームを選ぶつかさの横顔を見ながら星は嬉しそうに微かな笑みを浮かべた。

 つかさの言った『協力』という言葉が星にはとても魅力的に聞こえた。同い年の子と協力してなにかをした記憶は殆どない。前の学校ではクラスメイトからも保護者達からも完全に孤立していた星は一人でなんでもこなしてきた。班の出し物は一人でこなす。掃除の時間も他の子がサボる中、一人でやってきた。勉強はできても運動が苦手で運動会では完全にお荷物扱い。

 誰かと協力してなにかをするなんてこれからもないと思っていたからつかさの口からその言葉が聞けて嬉しかった。やっと出来るかもしれないお友達――でも、同時に星の脳裏を不安がよぎる……。

(うまく出来なかったら……)

 そう考えた直後、星の表情が曇る。

 持っていたゲーム機を床に置いた星が小さな声で言った。

「私は見てるだけにします。つかさちゃんのやりたいのをやって下さい」
「なんで? 星も一緒にやろうよ! その為に兄ちゃんから黙って借りてきたのに!」
「…………私、ゲームはあまりした事なくて――へ、下手くそなので……」

 表情を曇らせ俯き加減にそう言った星につかさは首を傾げる。

「知ってるよ? でも、星はなんでもできるからゲームもすぐ上手くなるよ! それに僕が教えてあげるしね!」

 つかさは星が置いたゲーム機を拾って星に再び手渡した。

 それを遠慮がちに優しく握る星につかさはにっこりと微笑む。

「僕は兄ちゃん達より上手いゲームもあるんだよ。大人に勝てるくらいだから星も僕に教わればすぐ上手くなるよ!」
「……う、うん」

 小さく頷いた星につかさも嬉しそうに笑うと、画面の方を向き直した。

「やっぱり初めてならRPGかな。敵も弱くすれば星も楽しめるよね……」

 ボソボソと独り言のように小さく呟くつかさの横顔を見ながら星は思った。

(つかさちゃんは優しいな~。こんな子、初めて……)

 つかさの横顔を見ていた星に振り向いたつかさと目が合った。
 その瞬間、星の顔が真っ赤に染まり、急に心臓の鼓動が早くなる。

「大丈夫? 顔赤いよ?」
「えっ!? だ、だいじょうぶ!!」

 星は視線を逸らすように画面の方を慌てて向いた。

 つかさは少し心配そうな顔をしながらも画面の方を向き直した。

 星は高鳴る鼓動に困惑しながらも、これはゲームをするのに緊張しているだけだと自分に言い聞かせ深く息を吐いた。

 ゲームが始まると少しずつ心臓の鼓動が治まってきた。やったRPGは戦闘で3Dキャラクターを操作してモンスターを倒してレベルを上げ、ストーリーを進めていくらしい。

 主人公は活発な感じのキャラで金髪に青い瞳の少年で、敵にさらわれた幼馴染のヒロインを救いに行く物語だった。

「僕はもうやった事あるし。星が主人公やりなよ!」

 そう言ったつかさに星は首を横に振った。

「私は主人公って感じじゃないし、操作に慣れてるつかさちゃんが主人公の方がいいと思います」

 星がそう告げるとつかさも納得した様子で「そっかー」と呟く。

 だが、そうは言ったものの星は自分が主人公になれないことを理解していた。人より秀でた才能もなく、体も同年代の子よりも小さく、唯一できる勉強もやれば誰でもできるものであることを星は理解していた。

 もし、自分の得意なことは何か?そう聞かれたら星は黙ってしまうだろう――。

 それに引き換えつかさは勉強はできないものの、コミュニケーション能力も高く運動神経もいい。それは大人の体育の先生と勝負して勝ってしまうほどだ。別の校舎にいる男子と放課後に良くサッカーをしているのを見かける度に彼女は輝いて見えた。

 きっと物語の主人公はつかさのような子がなるのが正しい。星は良くてストーリーの端にいる村人がいいところだろう。

 画面の明かりに照らされてキラキラと輝くつかさを横目に星は顔を伏せた。

「はい。星の方を主人公キャラにしておいたから」
「――えっ!? 私に主人公は無理です。変わって下さい」
「ダメダメ。僕は星に色々教えないといけないでしょ? それに……」

 拒否する星の肩に距離を詰めてきたつかさが肩を当てる。

「星の方が僕より頭がいいし、勇気もあるからね! 主人公に向いてると僕は思うんだ!」
「そんな事ない。つかさちゃんの方が主人公に向いてます。私なんて……」

 表情を曇らせた星に、つかさが首を横に振った。
「ううん。星は嫌がるかもしれないけどさ、聞いてほしい……もし突然、ゲームの世界に閉じ込められたら、僕なら泣いちゃって最初の街から動けないと思うんだ。色々ニュースでは言われてるけど、僕は星が悪い事をしたなんて思ってない。逆にすごいと思う! 大人達が怖がってるのに星はラスボスまで倒しちゃったんだ! 僕にとっては星は勇者で主人公なんだ?」

 つかさは瞳をキラキラと輝かせながら言った。
 その瞳はまるでヒーローを見る子供のようで、星もさすがに断れず仕方なく主人公のキャラを操作する。

 星はつかさに教えてもらいながら慣れない操作に戸惑いながらもストーリーを進めて行く。

 戦闘では星も聞き慣れているスキルという言葉とは裏腹に、しっかり選択してボタンを押すという仕様にただただ困惑するばかりだった。

 キャラクター操作だけでも大変なのに、敵のスキルによる効果や剣と魔法の攻撃を回避するのは難しかったが、危なくなる前につかさが敵を倒してくれるから初心者の星でもさくさくレベルが上がってキャラクターの操作とストーリーに集中することができた。

 つかさは一度見たことあるはずのストーリーなはずなのだが、そんなことを感じさせないほど楽しんでいるようだった。
 そんな楽しそうなつかさの姿を見てると自分も楽しい気持ちになる。だが、そんな気持ちのどこかにこんなにいい子の側にいるのが自分で本当にいいのか?という疑問が生まれていた。

 本来ならば庶民でしかない星はつかさと同じ学校には通っていなかった。同じ日に転校してきて、同じクラスになったものの星とつかさでは天と地ほどの差がある。
 勉強ができる以外に取り柄のない星と違ってつかさはクラスの人気者で周囲には常に人が絶えない。そんな彼女の隣りにいるのに自分は相応しくない……。

「……どうしたの? このゲーム飽きちゃった? なら、違うゲームする?」

 そう問いかけてきたつかさに、星は驚いた顔をしていた。

 おそらく、考えていることが顔に出てしまっていたのだろう。もともと人付き合いの苦手な星はすぐ顔に出てしまうのかもしれない。

「ねぇ……つかさちゃんは、私と友達になって本当にいいの? あなたなら私じゃなくて、もっといい子がいると思うの……私はあなたが思ってるような。主人公になれる人間じゃない――暗いし、面白い事も言えない。本当はこの家にもあの学校にもいなかったはずの私が、つかさちゃんみたいな子に相応しいとは思えなくて……」

 表情を曇らせたながら俯き加減にそう言った星は、持っていたコントローラーを置いた。

 つかさはそんな星に向かって言った。

「なんだそんな事を気にしてたんだ。星は友達に相応しい子ってどんな子?」
「それは……暗くてつまらない私みたいな子かな……」

 そう答えた星につかさは少し考えて口を開く。

「なら、僕に相応しい子は星と正反対の子って事でしょ? でもさ、それだと面白くないじゃん。みんな違うし、自分に相応しい子かなんて分からないでしょ? だから、友達になってみて遊んで楽しくなかったら自分に相応しくなかったって事でいいんじゃない? 星と遊んでて僕は楽しい。星は僕と遊んでて楽しくない?」
「いいえ。すごく楽しいです」
「なら、友達で問題ないよね!」

 つかさがそう言ってにっこりと笑う。

 星もぎこちなく笑うとコントローラーを手に持った。それを見たつかさも嬉しそうに笑うと画面の方を向き直した。

 それから2人は時間を忘れてゲームをプレイし続けると、エンディングを迎えた時にはカーテンの隙間から光が差していた。
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