第162話 次なるステージへ・・・4

文字数 5,669文字

 主賓の星がテーブルに着くと、待ちきれないと言った様子のミレイニがテーブルに置かれたフォークを掴む。

「全部美味しそうだし……あたしが一番だし!」

 手に持ったフォークを、大皿の上のターキに突き刺そうとしたミレイニの手をエリエが叩く。

 慌てて手を引っ込めると、その手の甲をさすりながらミレイニは不服そうな声を上げる。

「……なんだし。早くしないとせっかくのお料理が冷めちゃうし!」

 むすっと頬を膨らませ抗議すると、エリエは腰に手を当てながら。

「そういう問題じゃないでしょ!? 今日の主役は星なのよ? それにあんた。まだ星に自己紹介とかしてないでしょ?」
「ふ~ん。そんなの知らないし。それに、あたしはまだその子を信用したわけじゃな――」
「――なんですって~!!」

 口を尖らせながらそう言い放つミレイニの頬を、片手でエリエが引っ張った。

 頬が伸びるにつれて、ミレイニの両手がブンブンと大きく動く。

「いはい。いはいひ~」
「ほら、ごめんなさいは? 生意気なこと言ってごめんなさいって!」
「ほえんあはい! ほえんあはい!」

 頬を引っ張られて涙目になっている彼女を見て、星が慌ててエリエに言った。

「……わ、私は大丈夫だから、止めてあげて下さい」
「でも……星。この子は星の事を信用してないのよ? ちゃんと言っておかないと……」

 まさか星に止められるとは思っていなかったと言った様子で、その言葉に困惑した表情を浮かべているエリエ。

 それでもミレイニの頬から手を放さないのは、すごいと言わざるを得ないだろう。そんな彼女に、星が更に強く言った。

「いいんです!」
(そう。私の為に、傷付けていい人なんて……ダメなんです!)

 星のその真剣な眼差しに、エリエも仕方なくミレイニの頬から手を放す。だが、エリエより驚いているのはミレイニだった。

 赤くなった頬を抑えながらミレイニが「どうして?」と言いたげな瞳で、星を見つめている。まあ、それも当然だろう。ミレイニは星に対して『信用していない』と告げたわけで、それは同時に星に敵視されても仕方がないはずなのだ。

 もしも自分が同じことを言われれば、ミレイニは絶対にその人物を好きにはならないし、ましてや助けてあげようとも思わなかっただろう。

 その視線に気付いた星が、ぎこちなくミレイニに愛想笑いを見せた。
 普通に考えれば、自分に味方してくれた人間に声を荒らげる理由は星にはないはずだ。逆に黙っていた方が、自分の印象が悪くならずに済む分マシなのだが……。

 自分よりも人を優先して考えてしまうのが、星の長所でもあり短所でもあるのだろう。

 ミレイニは星の方をじっと見ると、微笑みながら目の前にあるチキンを突き出した。

「お前、いい奴だし! ほら、あたしのチキンあげるし!」
「――えっ? は、はい。ありがとうございます」

 星はそのチキンを受け取ると、ぎこちなく微笑んで見せた。
 嫌っているというより。まだ初対面の相手に緊張しているからなのだろうが、どうしても表情が硬くなってしまうのは星の内向的な性格のせいなのだろう。

 そんな星に向かって、ミレイニが自慢げに人差し指を立てながら胸を張って言った。

「まあ、ここだけの話。お前が助かったのも、あたしの努力の結果だし。感謝するといいし!」
「う、うん。ありが――」

 星がお礼を言おうとした時、横から手を伸ばしてきたエリエが再び偉そうに胸を張っているミレイニの頬を引っ張る。

 手足をバタつかせて、ミレイニの座っている椅子がガタガタと音を立てた。
  
「――あんたは特に役に立ってないでしょ!?」
「ほんあほとあいし~」
「そんなことあるでしょ? 後半なんて階段で震えてただけじゃないの!」
「ういぃぃ……」

 エリエは最後とばかりにミレイニの頬を思い切り引っ張ると勢い良く手を放した。

 赤く腫れた頬を抑えながら、ミレイニがエリエに向かって断固講義する。

「ほっぺた引っ張るの止めてほしいし! 女の子なのに顔に傷がついたらどうする気だし! それにエリエなんて、あたしがあの時に味方にならなかったら、今頃エリザベスのお腹の中だったんだから感謝してほしいし!」

 ビシッと指差して断言するミレイニ。

 まあ、今はゲーム内なので前半は聞き流したとしても。少なくとも、後半のエリザベスという名のケルベロスと武器も固有スキルも使用できない状況で戦っていたら食べられていたかもしれない。

 だが、どんなに強い魔獣を使役していたとしても、肝心の飼い主がミレイニならば万に一つも勝てる可能性はなく。

「ほお~。お菓子で釣られた子が、よく言うわね~。まだいじめられたいの~?」
「ごめんなさい! 嘘でした! ごめんなさい!」

 両手をわきわきさせて迫ってくるエリエに、ミレイニは怯えながら必死で謝っている。その様子から、すでに2人の間では上下関係はハッキリしているようだ――。

 エリエは悪戯な笑みを浮かべると、ミレイニの両頬を摘む。

「……嘘をついた子にはおしおきが必要よね! ほら、謝りなさい。ごめんなさいって!」
「いはいれう。ごえんあさい! ごえんあさい!!」


 ミレイニの頬を左右に引っ張っているエリエは、とても生き生きしているように見える。
 それを見ていたエミルがため息交じりに「もう止めて上げなさい」と言うと、エリエは少し残念そうに両手を放す。

 その後は何事もなく、星のおかえりパーティーは進んでいった。

「星ちゃん。パエリアのおかわりはいる?」
「あっ、はい」
 
 右側に座っていたエミルが星に微笑むと、星は遠慮がちに小さく頷く。
 満足そうな笑みを浮かべたエミルは、大きな器からパエリアをよそうとそれを星の前に置いた。

 その様子を不満そうに見ていたイシェルが、何かを思いついたように急いでパエリアを食べ進めると、空になった器をエミルに差し出す。

「エミル! うちにもおかわりちょうだい!」
「えっ? ええ、良いわよ」

 エミルは皿を受け取ると、それにパエリアをよそってイシェルに差し出した。だが、イシェルはそれを受け取ろうとせずに、かわりに大きく口を開けた。

 それを見たエミルは小さくため息を漏らすと、スプーンを持ってイシェルの口にパエリアを運ぶ。

 嬉しそうにぱくっとスプーンを口に咥えると。

「――やっぱり。エミルに食べさせてもらうとまた格別やわ~」
「まったく。イシェはまだまだ子供なんだから」

 満足そうにそう言ったイシェルに、エミルは少し呆れながら告げた。

 その様子を遠目で見ていたカレンがパエリアをすくい上げると、顔を真っ赤に染めながら隣に座るマスターに向かってスプーンを突き出した。

「あの、師匠……お、お、おれもいいですか?」

 恥ずかしそうにそう告げると、マスターは首を横に振った。

「そ、そうですよね……」

 カレンはがっかりしたように表情を曇らせる。

 項垂れるカレンの様子を見て、マスターは目の前の器を手に持つとカレンの前にパエリアの乗ったスプーンを突き出した。

 そのマスターの行動に、驚いたように目を見開いているカレン。

 そんなカレンの顔を見つめ、マスタ-が首を傾げて言った。

「……どうした? これがやりたかったのだろう?」
「は、はい! それでは失礼して……」

 緊張しながらも、大きく口を開いてマスターの差し出したスプーンを口に咥えると、カレンは本当に嬉しそうに笑う。

「美味しいです。師匠」
「そうか」
「はい!」

 満足そうに頷くカレン。

 それ様子をフライドチキンを咥えながら見ていたミレイニが、隣にいたエリエの腕を引っ張る。

「あはひもあえあるし!」
「――ミレイニ。それ食べてから喋りなさい……」

 エリエは呆れながら、フライドチキンを口にぱっくりと咥えているミレイニを見て額を押さえた。

 急いでチキンを食べ終えると、もう一度口を大きく開く。
 
「あたしもあーんするし!」

 完全にやってもらうつもりでミレイニは身を乗り出して、瞳をキラキラと輝かせている。

「ん? するの? してほしいの?」
「してほしいし!」
「分かったわよ。しかたないわねー」

 エリエはフォークでローストビーフを挟むと、ミレイニの方を向いた。

「ほら、食べさせてあげるから口開けなさい」
「うん! あ~ん」

 頷いて大きく開けたミレイニの口にローストビーフを入れた。
 嬉しそうにそれを食べ終えると、もう一度と言わんばかりにミレイニが再び口を開く。

 エリエは「もう、しょうがないなー」と言いながら、エビフライを掴んでミレイニの口に入れた。

 周りで食べさせ合っている中で、星は俯き加減で食べ続けている。
 いや、食べ続けているというよりも。この状況では気がつかないふりをするのが精一杯っという感じなのだろう。だが、意識していないわけでもなく。その頬は少し熱を帯びていた。

 顔を赤らめて俯く主にレイニールは、テーブルの上で首を傾げながら星を見上げた。

「――どうしたのだ主。顔が赤いぞ?」

 レイニールは自分とほぼ同じ大きさのチキンを、両手でしっかりと持っている。
 星がそんなレイニールに視線を落とすと、レイニールはこの気まずい雰囲気が分かってないのか、けろっとして持っていたチキンを口いっぱいに頬張った。

 幸せそうな笑みを浮かべているレイニールを見て、星は小さくため息を漏らす。

 っと、その時。イシェルと食べさせ合いをしていたエミルが、星に声を掛けてきた。  

「星ちゃんもやる?」
「――えっ!? いえ、私は……」
「遠慮しなくていいのよ? 星ちゃんのパーティーなんだから。はい、あ~ん」
「あ、あーん」

 微笑みながらローストビーフを星に向かって突き出した。

 恥ずかしさから、星は顔を真っ赤に染めながらも、断るのも悪いと感じてそれを口に含む。

 エミルはそんな星に「おいしい?」と微笑みながら聞く。エミルの言葉に、星は小さく頷いた。その直後、星は熱い視線を感じて背筋に悪寒が走った。
 微笑みを浮かべるエミルのすぐ後ろで、微笑みを浮かべながらドス黒いオーラを放つイシェルが星の瞳に映る。

「どうしたの? 星ちゃん。怖いものでも見たような顔して……」
「……い、いえ。なんでもないです……」

 首を傾げるエミルから表情を青ざめさせ、咄嗟に視線を逸らす星に、エミルは不思議そうに首を傾げた。だが、明らかに表情を曇らせている。

「そう? 体調とか、なにかおかしいところがあったら言ってね?」
「はい」

 心配そうに自分を見下ろすエミル向かって、星は小さく頷いた。
 その後、エリエの作ってくれたケーキを食べ終えると、星は椅子に座ったまま、いつの間にか眠ってしまっていた。

 相当疲れていたのか、一向に起きる気配もなく気持ち良さそうに眠っている星を見て、エミルが笑みを浮かべる。

「きっと、相当疲れてたのね。色々あったものね……」
「まあ、星は分かるけど。こっちは……」

 優しい眼差しで星を見ているエミルとは対照的に、エリエは冷めた目で隣に座るミレイニを見た。その視線の先でミレイニは幸せそうに眠っている。しかも、口から涎を垂らして……。
 
 呆れ顔でそれを見ていたエリエがため息混じりに呟く。

「はぁ~。全くこの子は……甘えるだけ甘えて、食べたい物を食べて。これじゃ……猫じゃない」
「あはは……でもほらエリー『寝る子は育つ』って言うでしょ?」
「まあ、成長するかは別として、静かなのは確かだけど……」

 苦笑いを浮かべるエミルに、エリエは素っ気なく言葉を返す。

 エミルは星を抱き上げ、エリエはミレイニを背負うと隣の寝室へと運んだ。
 ベッドの上で安心しきった顔で気持ち良さそうに眠る星を見て、エミルは少し複雑な気持ちになった。

 それは、これから先。星を本当に守り切れるのかという思いからだった。
 ライラのテレポートも本来ならば、屋内での使用は禁止されているはずなのだが、彼女はそれを意図も容易くやってのけた。

 もちろん。それには種があるのだろうが、そんなことは今はどうでもいい。
 今必要なのは、この世界で自分達はシステムに支配されているという事実を打開する策なのだから。

 屋内での武器の使用も固有スキルの使用もできない。しかし、ライラはそれを可能にできる技術を持っている。
 っということは、この世界にいる何人かは特別な存在としてゲームシステムから切り離されているということだ。そんな者達を相手に固有スキルも使えない自分に、いったい何ができると言うのだろう。

 エミルはそんなことを考えながら、不安げな表情で星の額を撫でた。

 表情を曇らせているエミルを横目で見て、エリエも眉をひそめた。

「むにゃむにゃ……エリエ。もっとお菓子食べたいし……」

 ミレイニのその寝言を聞いてエリエは「ぷっ」と吹き出した。

 その後、呆れた様子で呟いた。

「全く、この子はあんなにケーキ食べても、まだ食べるって言うんだから……将来は立派な牛になるね。これは……」

 エリエの言葉を聞いて、エミルも思わず笑みをこぼす。

 それを見たエリエはエミルに向かって微笑むと、ほっとし胸を撫で下ろした。

「エミル姉、やっと笑ってくれた。星が居なくなってから、険しい顔のエミル姉しか見てなかったからさ、不安だったんだ……」
「そう? そんな事ないと思うけど……」

 はっとしてエリエから視線を逸らしたエミルに、微笑みを浮かべ力強く頷き返して。

「ううん! エミル姉は笑った時が一番輝いているんだから、1人で考え込まずに、もっと私を頼ってよ」
「……エリー」

 エミルはそう言ったエリエの体をぎゅっと抱き寄せた。

 その突然の行動に慌てふためくエリエの耳元でエミルがささやく。

「……エリー。あなたの抱き心地は久しぶりな気がする。けど、とても落ち着くわ……もう少し抱いてていい?」
「……もう。ミレイニくらい甘えん坊なんだから」
「……ごめんなさいね」

 静かにベッドの端に座ったままエリエを抱きしめていた。
 そんな2人の様子を見ながら、気付かれない様にパタパタと飛んで来たレイニールが寝ている星の枕元で眠りに就いた。
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