第279話 リントヴルム強襲3

文字数 3,581文字

 エミルが戦闘に参加したことで撃破数は僅かだが増加する。まあ、僅かとは言ったが実際には1000体は撃破していた。普通ならMVPものの活躍なのだが、いかんせん敵の数が多すぎて僅かという表現になってしまうのだ。まあ、チート級のリントヴルムZWEIとの撃破数を比べればそれも仕方ないだろう。

 すでに翌日の夕方を過ぎて時間にしてニ十時間にも及ぶ間、不眠不休の戦闘で30万を超える敵を撃破していたが。しかし、リントヴルムZWEIのHP残量の残りも三割を切っていた。

 残りは約15万。初期に千代の周囲を囲んでいたモンスターの数近くまで減少させている。イシェルの撃破してくれていた5万のアドバンテージがここにきて効果を見せ始めた。

 しかし、このアドバンテージがなければ、途中で諦めていたかもしれない……だが、さすがに丸一日に近い時間。弓を放ち続けているエミルの指先は感覚がなくなってきていて、矢を持つ指が小刻みに震えている状態だ。こんな状況下になると今使っている『ケイローンの弓』の絶対命中能力が生命線になってくる。

 エミルの額からは滝の様に汗が流れ、一射ごとに目に垂れる汗の雫を拭っている。だが、その表情からは闘志は消えていない。目を細め的確に弓を持つ敵に狙いを定めて、弦を引き絞り炎の矢を放つ。

 これだけ長く戦っていると、食事や睡眠は大丈夫なのか?という疑問が出てくるだろうが、そこは問題ない。空腹と睡魔はモンスターなどとの戦闘中には発生しない。しかし、疲労は通常通り溜まっていく、VRゲームの最大の特徴は、仮想世界に現実世界の様な体があると言うことだろう。

 それは現実世界にいた頃と同じで、疲労もすれば食事も眠る必要もある。空腹時は敏捷のステータス低下と視覚的な揺らぎが発生する。
 その点においては、疲労状態も同じなのだろう。体を酷使すれば、現実世界同様に全身に倦怠感と体が鉛でできている様な感覚に襲われる。まあ、それでも20時間以上戦い続けられるのだから、現実世界よりは軽いのだろうが。

 弓の弦を引き絞るが、視界がブレて狙いが定まらない。矢を放とうとする指先の感覚もない。すでに数千回は休みなく矢を放っているのだから当然だろう。長期戦になるのは戦いを始めるから分かっていたことだ……今のエミルを支えているのはただただ星を元の世界に戻すということだけだった。

「――あと少し。もう少しで……この戦いを終わらせられる!!」

 目を見開くと、エミルは落ちてきていた発射速度を最初と同じくらいまでに戻す底力を見せた。
 これも全ては星のことを考えてのことだろう。始まりの街で星をデュランから受け取った時、彼は閉まった街の城門の前で星が倒れていたと言っていた。

 これは星が最後まで街を守る為に戦っていたということ――そんな彼女が、モンスターに襲われていた始まりの街を捨てて他の街に移動してきたと知ったら、きっと自分を責めるだろう。そうなれば、星のことだ。きっと自暴自棄になって何をするか分からないことくらい今までの行動から、容易に想像することができた。

 以前のような無力な彼女なら何の問題もないが、ダークブレットの拠点を破壊してライラが関わってきた辺りから、固有スキル『ソードマスター』と謎の武器『エクスカリバー』が生み出す相乗効果で、星は間違いなくこのゲームで最上位のプレイヤーに飛躍してしまった。

 間違いなく真っ向から勝負すれば、エミル達トッププレイヤーでも負けるだろう。もう星を倒すには、闇討ちくらいしか方法はない。だが、今の星の敵は外を囲むモンスターなんかよりも、街の内側に居るプレイヤー達であることをエミルは一番良く分かっていた。

 このまま戦闘が長期化すれば、星の評判を知っている者達の声を受けて彼女が再び前線に投入されるだろうし、星もそれを拒まないだろう。しかし、今回の戦闘でエミルが一人でこの大軍を相手に勝てれば、周りの注目は、新参者のしかも小学生でしかない星ではなく。武闘大会の連続優勝記録を更新し続けているエミルに間違いなく集まる。

 そうなれば、星は安全な後方にエリエ達と待機させることができる。前回の始まりの街での失態は、作戦の成功を優先してエリエやイシェルを星の側に置いていなかったことだろう。

 エリエは以前の戦闘で、星を守れなかったことを未だに気にしている。だからこそ、今度はしっかりと守ろうという意気込みが他の者と違う。保険にイシェルを側に置いておけば、何の心配もいらない。彼女は性格には多少難があるものの、それ以外ならとても優秀なプレイヤーであり、エミルが全幅の信頼を置ける数少ない人物でもある。

 エミルも最も息の合った動きが取れるイシェルが側にいないのは大きなマイナスだが、星の身の安全には変えられない。

「この戦いが終われば……この戦いさえ終わらせれば、次は本当にマップ全体を探索して出口を探すだけ……これだけの人手がいるんだから、きっと東北地方は勿論。関東、中部、関西、四国、中国、九州地方も簡単に探査できるはず。この状況下で耐え抜いた他の街も開放すれば、こちらの戦力は飛躍的に跳ね上がる……そしたらきっと、数週間の内にこの悪夢を終わらせられる!」

 勝ちを確信したエミルは口元に笑みを浮かべ、遠くに見える弓を持つ敵に炎の矢を放っていた。
 っとその時、敵のモンスターの間を高速ですり抜けてきた黒いローブで身を隠した何者かがリントヴルムZWEIの腹部に赤黒く輝く宝石を貼り付け、直ぐ様その場を離脱した。

 その直後、その人物の付けた宝石が高速で発光を繰り返し、見る見るうちに膨張を始める。

「――なッ!!」

 直感敵的にその宝石が何なのかを察したエミルは、ライトアーマードラゴンを召喚して即座にリントヴルムZWEIから離れる。すると数秒後、リントヴルムZWEIの胸元に付いていた膨張した宝石が勢い良く爆発した。 

 とてつもない爆風が周囲に吹き荒れ、ライトアーマードラゴンに乗っていたエミルもその勢いに押され、勢い良く地面に叩きつけられるギリギリでライトアーマードラゴンが翼を利用して体勢を入れ替え、エミルにいくはずだったダメージを肩代わりして、断末魔のような甲高い鳴き声の直後にその姿が消失する。

 地面に投げ出されたエミルは地面に伏せながらも、断末魔の咆哮を上げたリントヴルムZWEIがゆっくりと後ろに倒れていく姿を見つめていると、エミルの頬を涙が伝う。
 その涙は自分に付き合ってくれたドラゴン達に向けた申し訳ないという思いと、これで今まで必死に戦ってモンスターを減らした努力が無駄に終わったという失意の想いからくるものだった……。

「……くッ!! そういうことか……」

 敵の意図を理解したエミルは、悔しそうに唇を噛み締め、地面を引っ掻くようにして土を握り締めた。

 そう。最初から敵の狙いはリントヴルムZWEIの破壊だったのだ――通常エミルの固有スキル『ドラゴンテイマー』は戦闘によるドラゴンの消失から再召喚まで、5時間という時間制限がある。しかし、大会の優勝者に与えられる『融合の笛』は使用モンスターが撃破されてから、24時間の使用制限がかかる。

 敵はそれを知っていて、あえてリントヴルムZWEIを一撃で破壊できるHP残量まで、雑魚モンスターの数30万と引き換えにしたのだ。それすらも計算で導き出した正確な数字なのだろう。

「そう……私達も随分と舐められたものね!」

 小さく呟いたエミルは握り締めた手で地面を叩いた。
 彼女が怒るのも無理はない。敵は千代にいる者達など、10万程度の兵力で十分であるということを意味しているのだ。

 敵の対応が遅かったと考えていたエミルだったが、敵は最初からあのタイミングを待っていたのは、リントヴルムZWEIに爆発する宝石を設置した人物の隙のない手際を見れば明らかだ――しかも、その宝石も元々フリーダム内に実装されていないもので、事前に準備していなければ使用できない。

 おそらく。始まりの街でリントヴルムZWEIとルシファーとの戦闘を参考に、対処法を編み出しいたに違いない。エミルはまんまと敵の術中にはまってしまったと言うことになる。

 だが、リントヴルムZWEIを破壊したものの、自ら起こした爆発によって1万近いモンスターも撃破されてしまった。しかも、上空に逃げたエミルでさえ吹き飛ばされるほどの爆風だ。あれだけ凄まじい爆発では、タッチの差で退避した特製の宝石爆弾を発動させたローブで身を隠した人物は十中八九モンスター共々消滅しただろう。
 
 身を挺してまでリントヴルムZWEIを撃破するその精神は立派だが、今のエミルには憎しみしかない。これで残り14万のモンスターの軍勢を残し、撤退を余儀ない状況に追い込まれてしまったわけだから……。
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