第140話 ディーノの思惑

文字数 5,410文字

 自分を降ろして即座にドラゴンと共に、エミルの救援に向かってしまったイシェル。

 まあ、そうなれば無数の敵兵がひしめいていた本来激戦区となったであろう城門前に、ディーノは一人ぽつんと残されてしまった。

 エミルとイシェルが抜け大量の敵の兵士に囲まれていたディーノは、諦めたように大きなため息を漏らし、白いマントを風になびかせながら白銀の鎧の腰に挿された鞘から『ダーインスレイヴ』を抜き、不気味な笑みをこぼしている。

 月明かりに照らし出された敵の兵士は、数にして千かそれより少し多いと言ったところだろう。その全てが目の前に1人で立つディーノを甘く見ているようで、口元には不敵な笑みを浮かべていた。

 ディーノはその兵士達と自分の置かれた絶望的と言える状況にフッと息を漏らして呟く。

「……全く。まさか俺1人で戦う事になるとはね……でも。それはそれで好都合か……」

 その直後、敵の兵士が数人ディーノに向かって襲い掛かった。

 各々得物を振り上げ襲い掛かる彼等の攻撃を、ディーノはいとも容易くかわすと、目にも止まらぬ速さで次々と斬り伏せていく。すると、次の瞬間。地面に転がっていた兵士達の体がキラキラと光に変わって天に舞い上がる。

 その光景を見ていた敵の兵士が恐れおののき、思わず数歩後退る。

 だが、それも当然だ。本来ならいくら無理をしても戦闘でHPは『0』にはならない。それがこの世界のPVPの常識だ――しかし、目の前にいるディーノはその常識を容易く打ち破ったのだ。

 この世界の死は現実での【死】それに恐怖しない者はいない。何故なら、彼等が最も多くの人間を死に至らしめているのだから……。

 尻込みしている敵を前に、ディーノが首を傾げながら狂気を含んだ声で尋ねる。

「まるで生まれたての子鹿のように震えて、どうしたんだい? 来ないなら。今度は俺から行かせてもらうよ?」

 ディーノはダーインスレイヴを構えると、敵の中に突撃していく。  

 その直後、至る所で悲鳴が上がり、火花と昇天する光が上がる。

 その神業の様なスピードに敵の兵士達は圧倒されているようで、終いには完全に戦意を喪失してしまい、その場に座り込んで動かなくなる者までいた。
 そんな中、まるで子供が蟻を潰すかの如く楽しそうに剣を振るうディーノの前に、1人の屈強な男が立ちはだかった。

 身長は高く、硬そうな重鎧に右手には太く長いランス。左手には鉄製の分厚い盾を持ち。頭には長い角の様な飾りの兜を被っている。その姿はまるで、カブトムシを擬人化したのではないかと思うほどだ――。

 巨大なランスを高らかに突き上げ、男が辺りに轟く野太い声で言い放つ。

「良くも俺の部下達を……お前は突き刺しの刑だ!!」  

 男は右手に持った巨大なランスを天高らかに掲げながら、悠然とディーノを見下ろす。
 身長差だけでも結構あるのだが、何よりも凄いのはそのランスだ――実際には人が触れる様な代物とはとても言えない大きさで、このゲームの筋力補正あって始めて使いこなせるものなのだろう。

 その発言を聞いたディーノは余裕なのか、口元に微笑を浮かべている。

「面白い冗談だね。俺がもう少し優しかったら褒めてあげたいところだったけど……あいにく、俺は冗談が嫌いなんだ。カブトムシ君」
「カブ……余程。死にたいようだなッ!!」

 激昂する男は持っていたランスをディーノ目掛けて放つ。

「そらそらそらそらーッ!!」

 突進しながら連続して放たれるランスをディーノは後ろに後退しながらも、ダーインスレイブで軽々と受け流す。

 その最中、終始ディーノは澄まし顔のまま一点を見つめ、左手でコマンドを操作している。そんなディーノの姿に男が不機嫌そうに大声で叫んだ。

「なにを余所見している!!」
「……ねぇ、君は知っているかい? 君の部下に面白いスキルの持ち主が居ることを……」
「なにを……それが今、どう関係がある。寝ぼけた事を言っているんじゃない!!」

 男はディーノが剣で受け止めたのを見計らい、持っていた巨大なランスを横に振り抜きディーノの体を吹き飛ばす。
 まるで風船を蹴飛ばした様に軽々と飛ばされるディーノ。

 だが、当の本人はその重そうな攻撃を眉一つ動かさずに、勢いに身を任せるように飛ばされた。
 その先には槍を構え待ち構えていた敵を、ディーノは空中で反転し体制を整えて素早く斬り伏せると、男を見て不敵に笑う。

 挑発的な彼の態度に激昂した男がランスを構え、ディーノに向かって再び突進してきた。

「この何がおかしいのだッ!!」

 男は叫ぶと、巨大なランスを前に突き出す。

 ディーノは口元に浮かべたその不敵な笑みを消すことなく、ダーインスレイヴを前に突き出した。

「――部下の固有スキルくらい覚えておきなよ。この脳筋カブトムシ……」
「黙れ! このもやし小僧!!」

 前に突き出した互いの得物が激しく激突して辺りに火花を散らす。

 その直後、ディーノの持っていたダーインスレイヴが男の巨大なランスを、まるで紙でも切り裂くかのように真っ二つにしていく。

「――なにッ!?」

 男は慌てて、持っていたランスを手から放すその一瞬を逃さず、ディーノがダーインスレイヴを男の頭部目掛けて突き出した。

 瞬時に左手に持っていた盾で、ディーノの剣を受け止める。

 だが、その岩盤の様に分厚い盾を、ディーノの剣は容易に突き抜けている。
 鮮やかなその剣さばきは、ディーノの剣をまるで敵の装備に使われている素材その物が刃を避けているように見えた。

 その直後、ディーノは剣を横に振り抜くと屈強な盾を斬り裂いた。すると、盾が地面に落ちて男の巨体が大きく揺らめく。

「ぐッ……ぐはッ!」

 その場に膝を突き、男は苦痛に歪む表情で左腕を抑える。
 男の左腕は肘より下がなく、よく見ると盾の転がる地面に彼の切り落とされた腕も横たわっていた。

 困惑したように震える声で男が尋ねた。

「……どうして、お前の剣が俺のこの強固な盾を貫けた?」
「さっきも言ったけど、君の部下の固有スキルの中に『ソードエスケープ』ていうスキルの持ち主がいるのさ。だから君の防具も武器も俺の剣を止められなかった」

 膝を突いて俯く彼にディーノが抑揚なく告げると、彼は意気消沈しながら呟く。

「……なるほど。俺の敗因は部下のスキルを知らなかったからか……」
「いや違うね……」

 ディーノは男の鼻先に剣先を突き付け言い放つ。

「――君の敗因は俺の前に立ったことだよ」

 男はそれを聞いて、諦めたかの様に静かに「そうか……」とだけ呟いて瞼を閉じた。

 その表情からは、すでに覚悟したような潔さを感じられる。

 ディーノは持っていたダーインスレイヴを高らかに突き上げた。
 その直後、ディーノの背後からドンッ!というけたたましい爆発音が複数回起こると、男の叫び声と数多くの悲鳴が辺りに響いてきた。

「おらおら~、どけろどけろ~! 俺に触れる奴は爆発すっぞ!!」

 その声にディーノは舌打ちしながらも、渋々握っていた剣を鞘に収めた。

 残り一撃で勝負が決まると言う場面でディーノが身を翻すと、何が起きたのか理解できずに、不思議そうに彼を見上げる男に向かって口を開く。

「君は運がいい。早く部隊をまとめて大人しくしていた方がいいよ。抵抗すると、騒がしくなる……」
「……なんだと?」

 ディーノは至って冷静に、爆音と悲鳴、怒号の飛び交う場所を指差して告げる。

「俺が知る。この日本サーバーで一、二を争う強さの人間が来たようだからね」

 その言葉の直後、馬の鳴き声と共に、赤い鎧に身にまとった大斧を持った男がディーノ達の前に、空中から突如として降ってきた。

 赤い鎧の男は膝を突いている男に大斧の刃を突き付けると、エミルの仲間だと勘違いしたのか、ディーノに向かって親指を立てて微笑みを浮かべる。

「よっ! 大丈夫か? ジジイに言われて助けに来てやったぜ!」
「――やっぱり君か……紅蓮がいたからもしや、いや間違いなく君がいると思っていたよ……」

 ディーノがそう言って微笑み返すと、赤い鎧の男は驚いたように彼の顔を指差す。

「なんでお前がここにいるんだよ! デュラン!!」
「その呼び方はやめてくれ、メルディウス。今はディーノさ」
「……また、あこぎなことやってんだろ? ふん。何がディーノだ! PTに入らないからって、いつもころころ名前を変えやがって!」

 メルディウスは目を細め、彼を鼻で笑うと大斧を肩に担いだ。

 ディーノはそんな彼の様子に意味ありげな微笑を浮かべるだけで、それ以上の言及は控えた。
 そんな彼の態度が気に食わないのか、メルディウスはもう一度鼻を鳴らすと今度は敵の大軍の方に目を遣った。

 その直後、メルディウスが大声で周りの敵に叫んだ。

「いいか! 俺達はテスターだ! 固有スキルもお前等の比じゃねぇー。降伏しろ! そしたらこれ以上。痛い目は見なくて済むぞ!!」

 彼の言葉を聞いて周りでは反発の声が多く上がる一方で、武器を捨て戦闘を放棄する者もいた。
 その一方で未だに戦意をせずにいきり立った者達も多くいる。それは戦意を喪失した者達よりも遥かに多い人数だ――。

 だが、それは当然の反応だろう。ディーノによって多くの仲間を消され、憤っているところに突然【テスター】を名乗る者が現れたところで止まる者の方が少ない。
 未だに勢いがある敵の兵士達の視線が、突然現れたメルディウスの体を突き刺す。

 部隊の間で賛否の声が上がる中、重装甲に身を包んだ男が高らかに声を上げる。すると、その場に居た兵士達が一斉に止まって彼の方を見つめた。

「――もう多くの同胞達を失った……俺達の負けだ」

 男はメルディウスとディーノに深く頭を下げた。

 突然の幹部クラスの敗北宣言に、憤っていた部下達の間にも不穏な空気が流れている。
 ある者は静観し、ある者は奮起させようと声を張り上げた。が、頭を下げている幹部がその奮起させようという仲間の声に顔を上げることはなく。

 深々と頭を下げ続ける男を見下ろしながら、2人は首を傾げ互いの顔を見合わせる。

「俺はどうなっても構わない。だが、部下達は許してくれ! 頼む!!」

 頭を下げたまま微動だにしない男を見て、メルディウスがバツが悪そうに頭を掻いた。

 その後、武器を地面に突き刺すと男の肩に手を置いた。

「俺も一ギルドマスターだ。お前の気持ちは良く分かる……別に俺は、お前達が抵抗しなけりゃ手を出す気はない。そうだよな! 小虎」

 メルディウスが敵の兵士に囲まれながら、馬に跨る小虎に尋ねた。
 そのメルディウスの言葉に小虎はガッツポーズを決め「おう! 男に二言はないぜ兄貴!」と大声で言葉を返す。

 メルディウスはその返答を聞いて笑みを浮かべると、深々と頭を下げ続ける男の肩を更にポンポンと叩いた。

「だ、そうだ。後はお前に任せる!」
「――すまない。恩に着る……」

 男は顔を上げてメルディウスの顔をまじまじと見ると、もう一度大きく頭を下げた。

 メルディウスは親指を立てて答えると、ディーノの方を見た。不信感いっぱいのメルディウスの視線に、ディーノはスッと視線を逸らして対応する。

「それで……どうしてお前がここに居るのか説明しろよ」
「……嫌だね。君に教えると後々面倒だ」
「なにいいいいッ!!」

 歯を剥き出しにして睨むメルディウスに、ディーノは素っ気なく答えた。  
 その後も一方的に言葉をぶつけるメルディウスを尻目に、ディーノは左腕を抑えている男の方に向かう。

 ディーノは男の前で屈むと、小声で告げる。

「……君達が盗んだ武器、防具、アイテム類を全て渡せ。俺がここに来たのはそれが理由だから」
「それで俺に武器を渡すように言え……と?」

 その言葉にディーノはゆっくりと頷く。

 しかし、男は眉をひそめると言い難そうにディーノに向かって口を開いた。

「すまん。俺にそれほどの力はない。だが、ボスなら……」
「……ボス?」

 彼のその『ボス』という言葉に、ディーノもメルディウスも首を傾げている。

 それもそうだろう。本来ならば部隊を指揮している人間がボスだと思うもの、そのボスが全く別の場所で指揮も取らずに身を潜めているなど、本来ならば考えられない。

 彼等はボスが不在であるにも関わらず。これだけ高い士気を保っていたと言うのは些か不可解でもある。これはボスが相当の人徳の持ち主か、はたまた恐怖政治を敷いているかのどちらか……。

 カブトムシの様な兜を被った男が城のてっぺんを指差し。

「ああ、城の最上階に居るはずだ」
「なるほど、なら直接直談判に行ってくるよ」

 ディーノはそう言うと城の上部を見上げ、門に向かって歩き出した。

 急に歩き出したディーノにメルディウスが慌てて叫ぶ。
 
「おっ、おい! どこ行く! こいつらはどうすんだよ!」

 ディーノはその声に振り向くことなく「それは君に任せる」と言い残し去っていった。

 不機嫌そうにしているメルディウスに小虎が声を掛ける。

「――兄貴はいつもこういう役回りだよね。なんだっけ……ああ、押し付けやすい人だ!」 
「……ええ、なだって小虎。お前をどこかのギルドに押し付けてやろうか……?」
「いたいいたいいたい……」

 メルディウスは小虎の頭を拳で挟むと、ぐりぐりと押し付けていた。

「絶対に姉さんに言いつけてやる~!!」

 瞳に薄っすら涙を浮かべ、小虎が叫ぶ声が夜空に響き渡った。
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