第211話 決戦に備えて3

文字数 4,651文字

 その理由は簡単だ『モンスターを全て倒す』この言葉が不可能なことくらいは、冷静な状態ならば分かるはずだ。
 ゲーム内のモンスターとは倒しても自動生成される人工物。言うなれば止めどなく湧き出る源泉の様なものだ――それを断つというのは、システムを掌握する以外に方法はない。

 だが、そんなことは外部だからできることだ。ゲームのデータでしかない内部にいる自分達には、プログラムに触れることもそれを改変することも不可能だ。
 すなわち、モニターの中の男が言っているのは長期間に及ぶ消耗戦の末に、フリーダム内のプレイヤー全員を殲滅すると宣言しているようなものなのだ。

 なのだが、今ここに居る誰もが一筋の光を見つけたかのように飛び跳ね。拳を天に突き上げ、喜びを表現している者さえいた。

 だがそれは、彼等にはこんな簡単なことも分からないほどに疲弊し、錯乱していることを意味していた。まあ、それだけ今回の事件が精神的に堪えているということだろう。
  
「――それでは精々頑張ってくれたまえ」
 
 歓声が冷めやらぬプレイヤー達に、狼の覆面の男がそう言い残して通信が切れる。

 広場は何とも言えない熱気と興奮に包まれていた。マスター達もその場の雰囲気に紛れながら足早に広場を後にすると、直ぐ様エミルの城に戻る。

 街から城に戻ると、息つく暇もなく作戦会議を開始した。

「予想以上にまずい状況になっているようだ……」
「……ああ、結局昨晩の事件もあいつが絡んでたようだしな。街の連中も大分頭がいってやがる。ジジイ、こいつはもうここを離れて俺達の千代に来ればいいんじゃねぇーか? 紅蓮も喜ぶしよ」

 難しい顔で腕を組んでいるマスターに、メルディウスが進言する。

 彼の言うことは最もなのかもしれない。だが、メルディウスの進言を受けてなお、マスターは渋い顔をしていた。

「うむ。本当ならば、メルディウスの言う通りにするのが正しい。だが、この街の者達を見捨てるわけにもいくまい」

 そう。マスターは始まりの街に残された彼等を見捨てようとはしていなかったのだ。
 頭ではメルディウスの意見を受け入れるべきだと分かっているのだろうが、マスターにはその言葉に素直に頷けない理由があった。

 この街に居る殆どのプレイヤーは初心者から中級者のプレイヤーばかりで、戦闘に関しては殆ど戦力にはならないだろう。

 レベル制のゲームでは、全てがレベルで判断されると言ってもいい。例えるなら、Lv1のプレイヤーがLv100のプレイヤーとPVPをする――それは、大人と子供の戦いではなく、その間には人間と蟻ほどの力量差があるということなのだ。

 足でも手でもなく指先一つで掻き消せるほどの圧倒的な力の差、それがLv10違えばその力の差はまさに大人と子供ほどの差になる。
 ゲームの世界で力とはレベルであり、その後に身のこなしなどの戦闘スキル。そして次に、武器や防具身となるのだ。

 今、エミル達上級者プレイヤーが彼等を見放せば、子供同然の彼等はモンスターに一蹴されてこの街は墓場と化すだろう。そのことは、この場に居る殆どの人間が理解していることであり。また、決して口に出さない己が内に秘めた言葉でもある。

「でもよー。間違いなく勝ち目はないぜ? 俺達数人で何とかできる問題でも――」
「――ならば、諦めて無残に命が蹂躙される様を。お前は見て見ぬ振りをしろとでも言うのか!!」

 部屋中にこだまするほどの剣幕で、突如彼の言葉を遮ってマスターが声を荒らげた。

 その声に、メルディウスもいつも行動を共にしているカレンですら、驚愕した様子で目を見開いている。マスターがこれほど感情を露わにするのは珍しい――いや、エミル達と出会って初めてかもしれない。だが、それほどに彼の思いは強いと言うことの現れでもあるのだろう。

 死ぬと分かっていながら、何の対策も打たずに弱者を残し逃げるように千代の街へと向かうのは、彼の強者としての強い信念が許さないのだろう。

 うろたえているメルディウスに変わり、静かに腕組みして話を聞いていたバロンが口を開く。

「……だが感情論でどうにかなるほど甘いもんじゃないぞ? 敵は無限に湧き出るゾンビの様なもんだ。昨晩の戦闘で俺様の兵士達も随分減った……これ以上は俺様は兵を出さん!」

 部屋の壁に凭れ掛かるようにしていたバロンがそう呟き、鋭い視線をマスターに浴びせ掛ける。それは、まるで蔑む様なマスターを軽蔑する視線だった。

「――バロン……お前も儂の考えを否定するのか?」

 低い声で尋ねたマスターが目だけでバロンを牽制する。だが、バロンという男はこれくらいで臆する様な人物ではない。
 
 眉間にしわを寄せて更に鋭くマスターを睨みつけて。

「ああ、いい人を気取るのも大概にしろ。ギルドマスターさんよ……他の野郎の目は誤魔化せても、俺様の目は誤魔化せないぞ?」

 マスターとバロンが互いに鋭い視線をぶつけ合わせていると、そこにライラがスッと姿を現わした。

 彼女は変わらず、微笑みを浮かべると。

「ふふっ、お取り込み中だったかしら?」

 彼女の登場と共に、今まで事の次第を見守っていた為に大人しかったエミルが鬼の様な形相で声を荒らげた。

「なっ、ライラ! なにしに来たのよ!!」
「あら~、そんなの可愛い妹分の顔を見に来たに決っているでしょ~?」 

 さすがに犬猿の仲と言えるだけあって、エミルのライラに対する態度はまるで親の仇のようなものだった。

 ことわざの所以は、日本昔話の中でもある通り。元々犬と猿は仲が良かったのだが、神様への挨拶に行く途中に川に架かる橋の上で猿がちょっかいを出したせいで、猿と一緒に犬が川に落ちて神様の所への到着が遅れたということがあり犬は猿を憎らしく思った事から仲が悪くなったと言われている。犬猿の仲の真意にはそんな所以があり。

 それと同じ様に、元々エミルとライラも仲が良かったのだが、ライラがエミルに何かをして、彼女のプライドを傷付けたことでこれほど仲が悪くなったのだ。
 まあ、エミルにエリエが聞いた時には、ライラになにをされたのか一向に教えてくれなかったことから、相当なことがあったのだろうと容易に推測できる。

 彼女のライラに対する敵意は、その時に受けた屈辱によるものなのだろう。
 突然のライラの出現に、エミルもその場に居た者達全員が驚いていた中。ただ1人、マスターだけが冷静に彼女の行動を窺っていた。

 その視線に気付いたのか、ライラが悪戯な笑みを浮かべ徐に口を開く。

「――そういえば、今日の放送聞いたわよ~。5日後にモンスターが攻めてくるとかって不可能よね~」
「……どうしてよ」

 突如発した彼女の言葉を聞いて、エミルが更に不機嫌そうに眉をひそめる。

「だって、ミスターが言ってたわよ? モンスターって、システムの中でも暴走させられれば危ないデータらしいのよね~。だから、システム内には何重にもセキュリティーを掛けてるんですって。それを変換できる人間は、ミスターと一握りの人間だけらしいわよ?」
「……なら、そのミスターが犯人なんじゃないの? この事件事態もあんたの組織がやってるんでしょ!?」

 エミルが勢いに任せてそう叫ぶと、一瞬で部屋の空気が凍りつく。
 当たり前だ。本来はそう思っていた者も少なからずいた中で、エミルがストレートに聞いてしまったのだ。この話に興味のない者などいるはずがない……。

 今まで微笑みを浮かべていたライラの表情が変わり、その顔がエミルのすぐ真横に移動していた。

 ライラの瞳は殺気に満ちていて、エミルの細い首筋には短剣の刃が押し当てられている。

「……次にミスターを悪く言えば、貴女は消えることになるわよ? エミル」

 その低く感情のない彼女の声音を、長い付き合いの中でもエミルは一度も聞いたことがない。

 普段とは比べ物にならないほどにとても冷たく、心臓を突き刺す様な鋭さをエミルは感じた。
 直後。ライラが素早く跳び退くと、エミルの顔の前を包丁が通過した。飛んできた包丁の先には、別の包丁を握り締めライラを鋭く睨むイシェルの姿が……。

「――先輩やか知らんけど……うちのエミルに近寄らんといてくれる?」
「……あら、貴女がいたのを忘れてたわ……」

 イシェルの体から湧き出る殺意と、ライラの体から滲み出る殺気がぶつかりピリピリとした空気が漂う。

 2人は互いに相手の出方を窺う様に、時折ピクリと指先を動かしている。だが、この状況下では圧倒的にライラの方が有利なことは言うまでもない。固有スキルの使用に加え、武器の使用もできるライラ。

 一方イシェルはダメージの入らない道具扱いの包丁で一方的に攻撃を防がねばならず、まともな戦闘になるはずもない。それなのにも関わらず。不思議とイシェルの方が、一際優勢に感じるほどの気迫が見て取れる。

 ライラもそんなイシェルの様子に、攻めあぐねていた。

「止めないか! お前達!!」

 その時、マスターの憤る声が部屋中に響く。

 眉を吊り上げ、憤るマスターが更に言葉を続けた。

「戦う敵を間違えるでない! 奴が作戦を決行するのが5日後だ。それまでに、儂等も何らかの対策を採らねばならん!」

 向かい合う2人は渋々互いに得物を収める。

 すると、そこにメルディウスが割り込んできた。

「でもよー。対策って言ったって敵の規模も何も分からねぇー。こんなんで対策の取りようがあるのかよ」

 メルディウスが渋い顔をして首を傾げている。だが、現状。彼の言い分は正しい。敵の規模も作戦も分からないのでは、正直なところ打つ手がないというのが本音だ。

 街の出口を塞ぎ籠城戦を仕掛けるにしても、それは街のプレイヤー達が一枚岩ならの話である。

 昼間にマスター達がいった時の状況と。勝てない勝負も、現実世界に帰れると言われた瞬間に、まるで祭りの様に活気を取り戻してしまう危うい精神状態の街のプレイヤー達。今の状況では籠城しても些細なことで、戦況がひっくり返るのは分かりきっていることだ。

 今日のあの感じだと、5日後に起こると言われるモンスターの軍勢も、容易に撃退できると考えている者は多そうだ――確かに、腕に自信のあるプレイヤーならある程度のレベルのモンスターまでなら撃破は可能だろう。

 フィールドのモンスターは移動時に妨げになり難いように、比較的弱く設定されている。しかし、問題は敵が素直にフィールドのモンスターだけで戦闘を仕掛けてくるかということにある。
 現にゴブリンはフィールドモンスターだが、一昨日の事件で妖刀を落としていたホブゴブリンはダンジョンモンスターなのだ。しかし、そのことを知っているのは少ない。

 何故なら、この【始まりの街】は初心者プレイヤーが一番最初に訪れる街。ダンジョン経験者もそれほど多くないからだ。
 事件以降、ダンジョンに訪れる者達もめっきり減ってしまい、彼等のダンジョンに対してのモンスターの認知度は落ちていると言えるだろう。
  
 こういう状態だ。危険な場所に近づかないに越したことはないにせよ、ある程度のレベルのプレイヤーですら、モンスターの生息情報まで忘れているというのは常軌を逸していると言わざるを得ないだろう。

 しばらく腕組みしながら考えていたマスターが、眉間にしわを寄せたまま重い口を開く。

「――やはり。あの方法しかないだろうな……」

 そうマスターが小声で呟くと、その場に居た全員が一斉にマスターの方を見つめ、彼は口元に不敵な笑みを浮かべた。
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