第117話 ウォーレスト山脈3

文字数 3,242文字

 驚いているデイビッドがその何かが飛んできた方向を見ると、そこには指の先に挟んだ何かを投げている孔雀マツザカの姿が飛び込んできた。
 銀色のそれはカッターの刃にも見えたが、それにしては大き過ぎる。その形状はまるでカードの様な……。

 すると、近くにいたサラザが彼に声を掛けてきた。

「デイビッドちゃん大丈夫よ~。孔雀マツザカはトランプの使い手なの。彼女は現実の方ではマジシャンなのよ~」
「トランプ?」

 デイビッドはサラザの言葉を聞いて、良く目を凝らしてその飛んでいる物体を見ると、その飛行する物体は確かに四角い形をしている。

 だが、唯一普通と違うところは、その角が銀色に輝いていることだろう。

 そのことをサラザに聞き返す前に、サラザが口を開く。

「もちろん普通のトランプじゃないわよ~。特別製の物で角には刃が付いているの。孔雀マツザカが言うには、回転を加えることで、ナイフなんかよりも良く切れるらしいわよ~」

 その無理に高い声を出そうとしているサラザのオカマ口調に、眉をひそめながら小さく頷くデイビッド。

 孔雀マツザカの攻撃で襲来してくる飛竜達が次々に崖の下に斬り落とされる。切り刻まれた飛竜の破片が谷に落ちていく途中で、光となってキラキラと空に舞い上がる。

 その光が背景にあると、黄色いモヒカン頭に背中には大きな孔雀の羽を付けている異様な姿の孔雀マツザカのことが、何故か神々しく見えてしまうから不思議だ――。  
 
 孔雀マツザカが6体ほど飛竜を撃破する頃には、周りの飛竜もその場を離れ始めていた。

 その飛び去る姿を見つめながら、孔雀マツザカが声を上げた。

「あたーしにかかれば、飛行タイプのモンスターでも余裕ザマス!」
「さすがは孔雀マツザカね~」

 サラザは孔雀マツザカの肩を叩くと、にっこりと微笑んで親指を立てた。

 そんな2人にデイビッドが声を掛ける。彼の表情は、今までとは明らかに違う緊迫したような感じに変わっていた。

「……サラザさん、これは明らかにおかしい。本来ならば、飛竜が地上の敵を自ら攻撃することはありえないはずなんだ。あいつらは自分の空から自分の攻撃範囲に来る敵しか襲わないはず。それが襲ってきたということは、俺達の動きがすでに敵に知られている可能性が高い。いや、そうじゃなかったとしても、この足場の悪い場所で何度も攻撃を受ければ……」
「ええ、分かっているわ。私も、早くここを離れるのがいいと思う」

 デイビッドの問いかけに答えると、サラザは静かに頷き歩き始める。その後、デイビッドの提案で、一行はウォーレスト山脈を超えて少し離れた場所にある森まで休みなく進むことになった。

 森の中ならば、木の陰に潜めば十分に休むことができ、敵の侵入は辺りに生い茂る草木が鳴って教えてくれる。
 まあ、接近されてからしか分からないのが難点だが、視界意外はこの足場の悪い場所より遥かにメリットの方が多い。

 その場所にいた者も誰一人として、その意見に異を唱える者などいない。
 それもそうだろう。攻撃を仕掛けられた今の状況では、敵には既に我々の進行はバレているということだ。それが分かった今、皆の目的は逸早くこの山脈地帯を抜けて、ダークブレッドの本拠地に乗り込む以外に方法はないのだ。
  
 道中で何度か飛竜の襲撃を受けたものの。丸一日を費やし、なんとかウォーレスト山脈を抜けることができた。しかし、すでに空には星が輝いていて、辺りはもうすっかり日が落ちてしまっていた。

「はぁ~。もう、あたいくたくたよ~」
「何言ってるのカルビ。ここはゲームなんだから疲労度はみんな同じなのよ~? だからそう思う、だ・け・よ」

 疲れて地べたに座り込むカルビに向かってサラザは微笑みながら、人差し指を立てている。

 確かにサラザの言う通り、攻撃時の筋肉量はレベルの差で多少上下はするものの。肉体的なハンデがないように全ての身長などの調整は他のステータスに追加されることでなんとか釣り合いが取れていて、それ以外は体重、筋力などの他の数値などは一定になるよう設定されている。

 この世界では身体的な差は身長だけのはずなのだが、確かに見た感じ相撲取りと間違えるくらいの巨漢?巨体?である汗だくのカルビを見ていると、同じ疲労感とはいえ、どうしても辛そうに見えてしまうのも事実である。

 最後の橋の前で息切れを起こしているカルビが立ち上がるのを待っていると、どこからか犬の遠吠えのようなものが聞こえてきた。

 月が雲に隠れ辺りが暗闇に包まれると、林からメンバー達目掛けて何か獣のような何かが突進してくるのが見えた。

 暗がりでよく見えないそれを凝視し確認するなり、エリエが突如として大声を上げる。

「――獣じゃない!! 人だよ!?」
「人だって!?」

 その言葉に驚いているデイビッドを余所に鋭い眼光を飛ばし、カレンがその人物に向かって走り出す。
 急に走り出したカレンの肩にしっかりとしがみついているレイニールは「何をしているのじゃ~!」と耳元で叫ぶ。

 向かってくるカレンに両手足で獣の様に地面を蹴って突進してきたその人物が飛び掛ってきた。暗くて良く分からないが、獣の鉤爪の様な武器を装備しているように見えた。

 カレンはガントレットでその攻撃を受け止めると、肩に乗っているレイニールに向かって叫んだ。

「早くみんなを連れて空に! 君なら飛竜種くらいなんともないだろ!!」 
「じゃが、お前はどうする!?」

 困惑するレイニールがそう返すと、カレンが険しい表情のまま声を荒らげた。

「助けるべき相手を間違えないでくれ!」
「――ッ!?」

 カレンはここに来る前から、それ相応の覚悟をしていたのだろう。誰よりも早く体が動いたのも、彼女の心がそうさせたのだ……。

 男の攻撃を受け止めながら、なおも困惑するレイニールに向かってカレンが叫んだ。

「ここは俺がなんとかする……早く行くんだ!!」
「うむ!」

 決意に満ちたカレンの横顔を見て、静かにレイニールは頷き肩から離れ、デイビッド達の元へと向かった。

「皆! 我輩に乗るのじゃ!」

 そのレイニールの声に、サラザが驚いた表情をする。

「ちょ、ちょっと~乗れって……あの子はどうするのよ~」
「そうだ! まずはあの敵を倒さないと!」
「あやつの伝言じゃ! 『助けるべき相手を間違えるな!』と……今は主を助けるのが先決じゃ!」

 叫んだレイニールの体は、金色に輝き大きなドラゴンの姿へと変わった。

「――早く乗れ!」

 レイニールが急かすように叫ぶと、戦闘をしているカレンを交互に見て、デイビッドが「くそッ!」と苦虫を噛み潰した様な顔でレイニールの背中に跳び乗った。

 他のメンバー達も複雑な顔をしながらも、渋々レイニールの背中に乗る。

 確かに彼女の言う通り、今はここで確実に敵を撃破するよりも移動を最優先した方がいい。
 それはカレンの決意と、ここで戦力を大きく欠くわけにはいかないという戦略的な意図があった。また、カレンだけなら上手く戦闘の隙を見て逃げ出してくれるだろうという思いもあったのも事実だ。

 あのマスターと行動を共にしていた彼女は、固有スキルを抜いて考えたとしても、戦闘力だけならばこのメンバーの中で上位にくるほどの戦闘力を持っている。

 正直。反射神経、身のこなし、戦闘における状況判断。戦闘力だけなら、そのスペックはデイビッドよりも高いだろう。

 デイビッド達を乗せたレイニールが、大空に舞い上がった。
 上昇するレイニールに向かって上空の飛竜達が襲い掛かってくる。

「――邪魔をするな! メテオフレアッ!!」

 レイニールの咆哮の直後。口から炎を噴射して、近付いてきた辺りの飛竜を薙ぎ払う。

 襲ってきた飛竜達は断末魔の叫びを上げ、燃えかすになって光に変わりキラキラと上空に舞い上がる。

(あのバカ、女のくせにかっこつけて……死んだら許さないんだから……)

 心の中でそう呟いたエリエはその幻想的な光景の中、どんどん小さくなるカレンを見つめていた。
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