第198話 ライラの正体5

文字数 6,474文字

 次の瞬間には、すでにエミルは荒野の砂の上に立っていた。

 そこがどこかは分からないものの。しかし、そんなことなど今のエミルには関係はない。今は星を苦痛から解き放つ為、とにかく今回は必ず勝たなければいけない戦いなのだ。
 こうしている間にも、星は苦痛に身悶えている。一刻も早く勝負を決して、彼女を解放する必要がある。いくら失った記憶の為とはいえ、苦痛を伴った記憶ならばなくていい。

 記憶はこれからいくらでも蓄積されるものであり、過去を知らなくても未来は必ず訪れる。言語障害が残っても、また学び直せば良いのだから……命を取られるわけでなければ、日々の中でまた徐々に記憶を培っていけばいい話だ――。

 エミルは素早く目の前に表示されたコマンドのアイテム内から装備欄の人型に装備を移動し、白銀の鎧を身に纏うと腰に挿した剣の柄に手を掛ける。

 青い髪を風になびかせながら、その闘志に燃えている青い瞳がライラを見据える。
 完全に戦闘モードに入っているエミルとは対照的に、腹部を露出させた軽装の革鎧という格好にも関わらず。余裕を見せるライラは口元に微かな笑みを浮かべている。

 ウェーブのかかったセミロングの茶髪を風に揺らしながら、終始余裕の表情で弓を持って佇んでいる。その表情は、すでに勝敗は決しているとでも言いたげなものだった。
 っと次の瞬間。ライラの口元が微かに動き、その茶色い瞳が鋭い眼光を放つ。その刹那、視界から完全に彼女の姿は消えた。

 エミルは直ぐ様辺りに目を凝らし、消えた彼女の姿を探す。しかし、どこにも彼女の姿はない……。

 その直後、背後に気配を感じて咄嗟に振り返ると、そこには弓を構えて微笑んでいるライラの姿があった。

「ふふっ。チェックメイト……ねっ!」

 ライラの弓から既に構えられていた3本の矢が同時に放たれる。

「そうはさせないわ!!」

 エミルは素早くその場で体を捻ると、背後から向かってくる3本の矢を手に持った長めの片手剣で払い落とす。

 間髪入れずに地面を蹴って、エミルは剣を振り上げライラに襲い掛かる。  

「はあああああああッ!! ライラ!!」
「ふふっ。やるわね……でも」

 ライラは不敵な笑みを浮かべると、再びスッとその場から姿を消した。勢い良く彼女の肩に向かって振り下ろされたエミルの剣が空を切る。
 それを確認したエミルは、素早く消えたライラの姿を探す。しかし、辺りには風で巻き上げられた荒野の砂埃が流れているだけだ。

 咄嗟に殺気を感じて上を見ると、弓の弦を引き絞っている彼女の姿があった。

「大丈夫。ちょっと麻痺で動けなくするだけよ……」

 不敵な笑みを浮かべ、自分を見上げているエミルに照準を合わせてライラが弦を引いていた手を離す。

 即座に手に持った弓の弦から勢い良く放たれる矢が、直上からエミルを襲う。
 爆発音とともにエミルの周りが煙で包まれた。もし矢に当たっていれば、麻痺によってその場で勝負が決まる。

 テレポートで地上に戻ったライラは勝ち誇った表情で、舞い上がった砂埃が立ち消えるのを待った。
 その直後、もう一度大きな爆発音が荒野に轟くと、煙の中から今度は青いドラゴンに乗ったエミルがライラに襲い掛かった。

「いくら貴女でもテレポートする暇を与えなければッ!!」
「ふふっ、考えが甘いわね……」

 ライトアーマードラゴンに乗って突撃して来るエミルを見据えると、ライラが弓を構え天高く跳び上がる。

「……まずは一匹ね」

 直後に下を通過したドラゴンに目掛けて矢を放つ。
 放たれたその矢は、エミルを乗せていたライトアーマードラゴンの頭部に突き刺さり。矢を受けたライトアーマードラゴンは咆哮を上げて、その体を光に変えて消えた。

 召喚したドラゴンが突然消えたことで、空中に投げ出されたエミルが勢い良く地面を転がる。
 自分が狙われていたと思っていたエミルは迎撃の体制に入っていたのだが、乗っていた自分を狙っても、ドラゴンは絶対に狙わないと疑わなかった。
 それもそうだろう。ドラゴンとプレイヤーとではHPの量が圧倒的に違う。効率主義者のライラは、HPの少ないエミルを間違いなく攻撃してくると思っても仕方ない。

 突然のことで受け身を取ることもできなかったエミルは、地面をしばらく転がって止まる。

「……かはっ!」

 体を強く地面に打ち付けられた彼女は相当ダメージを受けたのか、体を震わせると顔を歪ませながら、腹部を抑えてゆっくりと立ち上がった。

 そんな彼女の目の前に、テレポートしたライラが現れると、微笑みながら弓を構えている。

「――ふふふっ、今度こそチェックメイト……かしらね♪」 
「……このッ!!」

 荒く肩で息をしていたエミルが、咄嗟に持っていた剣を振り抜く。

 だが、その攻撃を読んでいたかの様に、ライラはしゃがんで剣の刃を避けると。

「貴女の往生際の悪さは知っているわ!」

 ライラはそう叫んで地面で体を回転させ、自分の足でエミルの足を払った。

 足が地面から離れ、バランスを崩したエミルの体が地面に倒れる。
 すぐに立ち上がろうとするエミルの鎧を足で踏みつけて強引に地面に押し戻すと、ライラは悔しそうに歯を食いしばっている彼女の顔に弦を引き絞る矢の先端を突き付ける。

「ふふっ、チェックメイトと言ったはずよ? 貴女のドラゴンのクールタイムは撃破されてから5時間。さっきの飛行型のドラゴンはもう使えない。いや、この状況じゃ他も使えなかったわね。それとも私の弓とあなたのドラゴンの召喚。どっちが早いか勝負してみる? ……がっかりだわ。以前、始まりの街で襲われた時も見てたけど、随分と腕が落ちたわエミル」
「……始まりの街? なんの事?」

 悔しそうな表情をしていたエミルは、ライラのその言葉を聞いてきょとんとしながら首を傾げる。

 ライラは顔先から矢を移動させることなく、口元ににんまりと思わせぶりな笑みを浮かべ。

「ほら、あの子を襲った2人の男よ……覚えてないの?」
「――ッ!? なんで貴女がその事を……」

 驚きを隠せないといった表情で、エミルは目を丸くさせる。
 それもそのはずだ。それは初めてダークブレットのメンバーから襲撃を受けた星を、ぎりぎりのところでエミルが助けた時以外にはない。だが、それをライラが知っているはずはない。いや、あの場に居るはずがない。

 もし、その場に彼女がいたとすると、少なくともあの事件の後から、エミル達の後を付けられていたということになる。しかし、この前の一件までエミルは彼女の姿どころか、その気配すら感じていなかったのだ。

 百歩譲って自分はともかく、武道の達人のマスターにすら気配を感じ取られないということはありえない。

 息遣いまで再現されたこの世界で、自分の存在を完全に消し去ることなど不可能に近い。何故なら、もし仮に人の目をあざむけたとしても、本来は現実世界には存在しないモンスター達がフィールドの至る場所で目を光らせているのだ。

 数多くの生息するモンスターの感知範囲内を避けつつ、隠れながら移動するなんてことはありえないし、固有スキルのテレポートを持ってもモンスターの感知範囲に突然入ってしまえばターゲットされてしまう。

 混乱するエミルに向かって、ライラは言葉を続ける。

「まさか敵の増援すら警戒していなかったなんてね……でも、それを倒してあげたのよ? あの子は私の保護対象で、貴女は私の玩具だもの。貴女を壊していいのも私だけ……そうでしょう?」
「――私はあんたのそういうところが……大嫌いなのよ!!」

 挑発とも取れるその言葉に憤りを抑えられずに、鋭く睨んだエミルが握った拳で地面を思い切り叩く。

 その彼女の様子に、ライラは「ふふっ」と息を吹き出すと。

「……まるで駄々をこねる子供ね」

 っと小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

 直後。余裕の笑みを浮かべていた彼女の表情が、殺意の籠もった表情に変わる。

「さて、もうこれで終わりよ。エミル……これで貴女は私の――」

 そこまで口に出したところで、突如として地面が音を立てて揺れ始める。

「なっ、なんなの!?」

 ライラは驚いたように辺りを見渡す。

 それとは対照的に、エミルは口元に微かな笑みを浮かべた。

「子供なのは貴女よライラ。そうやって人をおちょくるような行動を取るからこうなるのよ!」
「なっ! なにを……はっ! まさか貴女!!」

 ライラは完全に立ち上る煙の収まった場所に目を向け、地面に開いた大きな穴を見つけると顔色を変えた。
 そう。そこはまさに初動でライラが攻撃を仕掛けた場所――エミルは煙で隠し、もう一体ドラゴンを地中に潜ませていたのだ。

 土煙が止む前にドラゴンで飛び出し、その場所から視線を逸らさせたのも、エミルの作戦だったのだろう。

 ライラは不敵な笑みを浮かべているエミルの顔を鋭く睨みつける。その直後、背後からゴツゴツとした岩を纏ったドラゴンが地中から勢い良く飛び出す。
 それは防御力に長けたストーンドラゴンだ――その鱗は岩そのもの。その硬い鱗はライラの放つ矢など通すはずがない。

 今まさに勝負を決めようというところで、背後から飛び掛ってくるストーンドラゴンにライラは渋い顔をしながらも仕方なくその場からテレポートで移動する。

 一旦距離を取ったライラを見て、エミルは気持ちを落ち着かせる様に一度大きく深呼吸した。冷静になったところで、彼女は状況をもう一度分析し直す。

 ライラの固有スキルはテレポート――通常移動時は思いの場所に転移できる。戦闘時は攻守において意図する場所へ移動することで敵の目をくらましながらの戦闘が可能。彼女自身もその戦闘方法を最も得意としている。

 対してエミルの固有スキルはドラゴンテイマーだ――その長所は、手持ちの多種多様なドラゴンを使った多種多様な攻撃パターンにある。

 飛竜なら空中から、水竜なら水中からの攻撃が可能なのは、期間限定イベントや高レベルダンジョンでしか手に入れることができない入手困難なトレジャーアイテムを使用しない点を考えれば効率的だろう。
 
 しかし、エミルのドラゴンを持ってしても今のライラを攻略するのは困難だ。本来ならば、ライラの固有スキル『テレポート』には一度使うと弱点とも言える数秒のクールタイムがあったはずなのだが、これまでの彼女の行動を見ていると、どうやらそのデメリットを何らかの手段で取り除いたと見てほぼ間違いない。

 おそらく。それ以外の能力もあのミスターと名乗る人物から、提供されているのは容易に想像ができた。また、固有スキル以外にも戦闘に有利になるアイテム類を所持している可能性がある為、そのことも念頭に置いて戦わなければならないだろう。

(ここは慎重にいかないとよね……)

 険しい表情を崩さずにエミルはアイテム欄から、3つのドラゴンの封印された巻物と赤青黄の3色の色が複雑に混ざり合った笛を取り出した。

 その後、その笛に付いた紐に首に通すと、一つの巻物を手に握り締め、残り2つを腰に現れたベルトに差す。

(この笛は最後の切り札……とりあえずは……)

 エミルは首に下げた笛を握り締めると、持っていた巻物に巻かれた紐を引っ張り巻物を開き、その紐の先の小さな笛を鳴らす。その直後、辺りに煙が立ち込めると目の前にリントヴルムが姿を現した。

 背に乗ったエミルが飛ぶように命令を出すと、リントヴルムは空に向かって咆哮を上げ、勢い良くその白い翼をはためかせると上空に向かって舞い上がった。
 しかし不可解なことに、ライラもそれを見ているだけで、邪魔をしようともしないことだ。いくらテレポートできるとはいえ、空中に上がられれば攻撃し難くなるというのに……。

 彼女が何を考えているのか、エミルには到底理解できないが、今はそれが逆にありがたい。向こうが仕掛けて来ないのならば、こちらから仕掛けるのみだ――。

「リント! 彼女の直上に上がってノヴァフレアよ!」

 エミルは右手を前に突き出すと、リントヴルムに命令を出す。

(……まずは出方を見させてもらうわよ。ライラ……)

 エミルは目を細めると、地上で微笑んでいるライラを見据えた。

 彼女の終始余裕の表情は、もはや不愉快を通り越して不気味でしかない。
 それもそうだろう。焦り一つ見せないということは、自分が絶対に勝てるという保証があってのものだ。

 どこにそれほどの自信があるのかは分からないが、対戦相手からして一切油断できるものではない。それを恐怖と言わずして何と言えるだろうか……。

 リントヴルムがライラの真上に移動するとエミルの命令通り、彼女に向かって白い炎を噴射する。
 その炎がまるで押し寄せる波の様に、ライラの居た大地を白く覆っていく。だが、それを見たエミルの表情は険しい。

「……来る!!」

 殺気を頼りにエミルが上空を見上げると、予想通りそこには弓を構えたライラが浮かんでいた。

 自由自在に移動できて、尚且つ遠距離武器であるライラは視野の広い空中からの攻撃を得意としている。
 普通ならば攻撃の直後、身動きが取れない空中では弓を扱う者は近接攻撃ができないだけ不利になりやすい――それは着地点を狙われて攻撃されてしまえばひとたまりもないのだから。

 しかし、彼女の場合は固有スキルを使用することでそのデメリットを排除し。しかも、敵の目を撹乱することもできる。

 確かに自分の能力が分かっているだけに、セオリー通りで間違いのない選択と言えるだろう。

「リント! フレア中止! 右に急旋回!!」

 エミルの指示に従い。リントヴルムは口から出していた炎の噴射を止めて右にその巨体を大きく傾ける。

 上空のライラは口元から笑みを漏らすと「もう手遅れよ……」と呟き、引き絞った弓から3本の矢を放つ。

「そうはいかないわ!」

 エミルは腰に差していた巻物を引き抜くと、空中に紐を引いて空中に広げドラゴンを召喚する。

 上空に煙が上がり、エミルとリントヴルムの体を包み隠す。その煙が消えると、そこには太陽の光を受けて全身の透明な鱗がキラキラと輝くドラゴンの姿があった。しかし、召喚したのは今までに見たことがないドラゴンだ。

 翼を含めた全身をダイヤモンドに覆われたその姿は、リントヴルムより少し小さいのだが、そのキラキラと光の加減で七色に光る美しいドラゴンに目を奪われぬ者はいないだろう……。

 リントヴルムの上で翼をはためかせているそのドラゴンに向かってエミルが声を掛けた。

「頼んだわよ。ダイヤモンドドラゴン!」
「――遂に出したわね……エミルの三種の神器の二体目。ダイヤモンドドラゴン……」

 先程までの余裕な表情だったライラの顔が少し険しい表情に変わる。

 ライラはまたテレポートして地上へと戻った。 

 様々なドラゴンを所有するエミルの『三種の神器』とは、リントヴルムを含む固有スキルによって巻物化して所有している上位三体のドラゴンのことだ――。

 エミルはゲーム内で行われる大会において優勝という輝かしい経歴残してこれたのも。単に彼女の戦闘スキルが高いからという理由ではない。
 戦闘スキルが高いのは言うまでもないが、それだけでは彼女が『白い閃光』と言う異名で呼ばれるほどのことはなかっただろう。

 彼女の主力のリントヴルムがその異名の由縁だが、一番は大会でリントヴルムが一度も撃破されていないことが要因としては大きかった。だが、どんなに強力なドラゴンであっても一度も撃破されないというのは不可思議である。

 素晴らしい戦闘技術に加え、様々な固有スキルを持つプレイヤーが集いしのぎを削る大会で、撃破されない訳がない。
 それを可能にするリントヴルムをサポートする為にエミルが用意したドラゴン達――それが『三種の神器』なのだ――。

 ところが、まだその中の2体しか出ていない。

 もう1体はエミルの腰に差されたままだ……。

 おそらく。そのもう1体のドラゴンと、エミルが『最後の切り札』とまで言った首に下げられた笛に秘密があるのは、もはや言うまでもないだろう。
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