第160話 次なるステージへ・・・2

文字数 4,525文字

 記憶の渦の中を抜けてやっとの思いで、その濁流のように頭の中を巡る記憶を突破した星。

 気を失っていた星が目を覚ますと、目の前に居たのはエミルでもエリエでもなかった。

 ウェーブがかった茶色い髪に、茶色の瞳のモデルの様に細くしなやかなボディーラインの美人な女性。それは星も良く知っている人物だった。それもそうだ。どこかの研究室の中で自分の腕に注射針を刺した人物を忘れろという方が無理な話だろう。

「……あなたはあの時の……」

 星はすぐに不信感に満ちた瞳でライラを睨みつけている。
 前に痛い目にあっている人物であるライラは、星の記憶の中でも危険人物に指定されていた。そんな人物が目の前に居れば、誰でも警戒するのは当たり前のことだ――。

 ライラは怪訝そうに自分を見る星に、にっこりと微笑みを浮かべ告げる。

「あら良かったわ~。その調子なら、私の事も覚えているようね」

 彼女のその言葉に、星の彼女を見る瞳は更に鋭さを増す。

「……はい。私を騙して薬を注射した人です」
「うふふ、そうね♪ でもそんな怖い顔してるとせっかくの可愛い顔が台無しよ?」
 
 冷たい声音で言った星にライラが微笑みながら、その頬に手を当てる。
 それを退けようと星は右手に力を入れるが、拘束されている為に全く動かすことができない。

 両手足を拘束されていることに気が付いた星が「放して!」と強引に身を捩ると、驚くほどに呆気無くライラは星の手足の拘束を解いた。
 その事がどうにも腑に落ちなかったのか、星は警戒しながらゆっくりと後退りして、部屋の端まで後退し、彼女と一定以上に距離を取る。

 警戒している星を見て、悪戯な笑みを浮かべたライラがゆっくりと近付いてくる。 
 徐々に迫ってくる彼女を見て、星は慌ててコマンドを操作すると、アイテム内から金色に輝く『エクスカリバー』を取り出してその剣先をライラに向ける。

 ライラはゆっくりと両手を上げると、睨みを利かせている星に告げた。

「そんなに怖い顔しなくても何もしないわ。今のこのゲーム内のプレイヤーの中で、貴女は間違いなく最強だもの」
「……最強? 私が?」

 星はその言葉を疑うように、首を傾げてライラを見る。

 まあ、星のその反応も最もだろう。今まで守られてきた星が、エミルやエリエを抜いて最強なんて言われれば疑うのも無理はない。しかもそれが、微塵も信用もしていない人物の言葉なら尚更だ――。

「そうよ? 今の貴女はすでにプレイヤーではなくて、ゲームマスターなのだから。その『エクスカリバー』があれば、ゲーム内のプレイヤーのステータスをゲーム内での最低値『1』にできるの。もちろん、発動にはスキル名と一緒に『オーバーレイ』と唱えれば発動できるわ」
「オーバーレイ?」
「そう。使い方は呪文のように唱えるだけ『ソードマスターオーバーレイ』これだけで貴女は誰にも負けないし。プレイヤーの戦意やスキル発動なども、視界に表示された別ウィンドウで制御できるわ」

 そのライラの説明を聞いて、星はただただ首を傾げるばかりで、全くと言っていいほど理解できていない。
 
 まあ。小学生に、ゲームシステムを理解させる方が難しいだろう。しかも、ライラの説明は今の星には逆効果なようで……。

(……この人。さっきから何か変なこと言ってる……凄く怪しい……)

 星はそんなことを考えながら、細目で微笑むライラの顔を見続けている。
 その瞳は明らかに、彼女を信用に値しない人間と判断している。それは幼いながらにも、危険人物を判断する女の勘というやつかもしれない。

 警戒しつつ距離を取りながら、星とライラの間には一向に話の進展が見えてこない状況だ。
 突如として、星の前のモニターが一瞬真っ黒になったかと思うと、次の瞬間には、白衣を着た男の姿を映し出す。

「久しぶりだね。星ちゃん……」

 モニターに映し出された男性は中肉中背で、何の変哲もない一言で言うなら、どこにでもいそうな顔立ちをしていた。だが、彼の星を見る目はとても優しそうな瞳をしている。

 そして星は記憶取り戻す時の夢の中で見た風景に、この男性が映っていたことを思い出す。

「……あなたは保育園の時に、一度だけお母さんと迎えにきた……」

 そう。星は間違いなく、その男性を知っていた。

 保育園のお迎えの時間に一度だけ目にした星の母親の弟――つまり、星にとって叔父さんなわけだ。
 初めて会った時の彼はまだ学生のような風貌で、とても叔父さんとは思えなかったのを、星は今でも鮮明に覚えている。

 しかし、一度ファミレスで食事をした時以外は、今の今まで一度も会っていない。そんな人物が、どうして今更になって……という疑問もあるが。星にとって、この状況で助けを求めるなら彼しかいないのも事実――。

 星は彼に向かって率直な質問をぶつける。

「この世界から出る方法を知ってますか?」
「それはまだ分からない。だが、この世界に閉じ込められた人間を救えるのは、君の持つその能力だけが頼りだ。やってくれるかな?」
「…………」

 その言葉に、星はすぐには答えることができなかった。

 だが、それもそうだろう。星は戦闘に関しては殆ど素人。また、どんなに凄い能力であろうと、使い方も知らない状態ではどうしようもない。
 しかも、急に昔一回会っただけの叔父に『この世界の人間を救えるのは君しかいない』などと言われたところで、今の状態の星では、全く現実性を持てない話だ。

 それに何よりも……。

(……どんなに凄い能力でも。私にそんな事できるわけない)

 表情を曇らせながら、そう痛切に感じていた。

 今までの戦闘でもそれほど、戦闘に貢献していたという場面はない。

 それどころか、足を引っ張ってばかりの自分に、急に『この世界に閉じ込められた人間を救ってくれ』なんて言われても返答に困る。実際になにもできない自分が、そんな大それたことができるとは、星には到底思えなかったからだ。

 普通に考えれば『君に世界の命運が掛かっている』なんて言われて「はい分かりました」なんて言える人間が、世界に何人居るだろうか……いや、いるわけがない。自分はよく読むファンタジー小説の主人公でも、正義の味方でもないただの小学生だ――。

 黙り込んだまま俯く星に、モニターの男が優しく微笑みかけた。

「大丈夫だよ。『ソードマスター』は使う剣によって能力を変化させるものだ。少し癖のある固有スキルだけど、ベータ版のテスターと同じオリジナルスキルである事は間違いない」
「……オリジナルスキル?」
「ああ、君はオリジナルスキルを知らないんだね。このゲームでは、スキルは全てランク付けされている。起動器具に元々入力されているシリアルナンバーで全て固有スキルは決定している。その為、初期でハードを買い換えれば、自分の好きな固有スキルを手に入れることができるかもしれない。という宝くじ的な要素があるのが固有スキルなんだ。でも、その殆どは付属程度で、結局はプレイヤー個々の能力が大きく左右するけどね。それに固有スキルだけではなくて、トレジャーアイテムもそれぞれ強い能力を有している物が多いから、それとの兼ね合いを考えて――」
「…………」

 説明していたモニターの男は、熱が入ってしまい。星は完全に置いてけぼりされてしまった。

 つまりオリジナルスキルとは、ベータ版のテストをしてくれたプレイヤーへの報酬で、キャラにオリジナルで考えた固有スキルを持たせるというもの。
 もちろん。そのベータ版のテストプレイヤーに選ばれた人間は極めて少なく。卓越した固有スキルを有しているものの、日本では4人しか存在しない。

 星の『ソードマスター』もそうなのだとすれば、日本に5人しか居ないと言うことになる大変に貴重なものなのだ。
 まあ、モニターの男がゲームのシステムを開発した本人なのだから、説明に熱が入るのは仕方ないのかもしれない……。

 無言のまま顔を引き攣らせる星を余所に、熱烈にゲームの話を続ける男に、見かねたライラが口を挟む。

「ミスター! 説明が長いわよ~。あの子も困惑しているわ」
「おっと、ついつい自分の設定したシステムを語りすぎてしまったね。まあ、習うより慣れろだ――実戦で使う以上。実際に使って覚えるのが一番!」
「そうですね~。まあ、私が教えたら一瞬で覚えられるわ♪」

 如何にも自信ありげにそう答えたライラに、星は不信感に満ちた眼差しを向けた。
 その直後、コマンドを操作したライラの前に剣が現れ、彼女はそれを空中で掴むとその剣を星に向けて構える。

 星は彼女をしっかりと見据えると柄を握り締め手に力を込めたまま、強張った様子の星を見てライラの顔から笑みが溢れる。

 それを見て、星が不機嫌そうに眉をひそめると。

「……な、なにがおかしいんですか!」
「ううん。模擬戦でそんなに緊張しちゃって可愛いなって思ってね~。本当に、もう食べちゃいたいくらいに……」

 ライラの思わせぶりな微笑みに、星の背筋に悪寒が走る。
 その表情は笑顔ではあるものの、その体を纏う闘気は明らかにエミルと同じ、手慣れであることを思わせる独特の雰囲気を辺りに滲み出させている。

 星は生唾を呑み込むと、握った剣を更に強く握り。緊張した面持ちで、自分に言い聞かせる様に呟く。

「きっと……ううん。絶対大丈夫!」

 っと、不安になる自分を鼓舞する様に言い聞かせ……。

 余裕の笑みを浮かべて身を低くすると、攻撃の為に足に力を込めるライラ。

 今すぐにでも突撃してきそうなライラに、まるで捕食者に狩られる前の小動物の様に、星は怯えきった瞳を逸したくなる衝動にかられながらも、懸命に向けている。

 その時、モニターから声が響く。

「ライラ君。手加減してくれよ? 星ちゃんは戦闘経験が浅いんだから」
「分かってますよミスター。これもお仕事ですからね~」
「ああ、ならまずはスキルの発動から教えてくれ」

 一度脱力した後にゆっくりと体を起こし、ライラは無言のまま手を上げてその言葉に答える。
 それと同時に、彼女を取り巻いていた闘気もすっかり消え、命拾いしたと「ふぅ……」と息を漏らすと、星はほっと胸を撫で下ろす。

 すると、ほっとしたのも束の間。剣を持ったライラが星に向かって大声で叫んだ。

「固有スキルの発動は基本スキルと違って、言語認証機能を使っているから、声を大きく『ソードマスターオーバーレイ』て叫んでみて」
「……は、はい! ソードマスターオーバーレイ!」

 緊張しながら星が言われた通りに叫ぶと、小さなその両手に握られていたエクスカリバーが強く光を放つ。その後、星の視界に表示されているライラのHPのゲージが赤字で『1』と表示される。

 それを確認したライラが不気味な笑みを浮かべた。

「とりあえず。スキル発動は大丈夫ね。それじゃー、次の動作をやってみましょうか」
「次の……動作?」

 ライラの言葉に星は戸惑いながら首を傾げた。

 その直後、何も言わずに斬り掛かってくる。

「あわっ! わっ!」

 突然の攻撃に、剣を構えながらあたふたしていると、ライラは躊躇なく攻撃してきた。

 その刃が星の体に当たり、予期せぬ攻撃に驚いた星が地面に尻もちをつく。
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