第24話 ダンジョン最深部へ

文字数 4,334文字

 次の日の朝。星が目覚めると、目の前にエミルが微笑んで星の顔を見つめていた。

 星は恥ずかしくなり、顔を真っ赤に染めながら慌てて自分を見つめているエミルから顔を背ける。

「ごめんなさいね。星ちゃん。起きたら、あなたを抱きしめていたみたいで……寝苦しかったでしょ?」
「い、いえ。慣れてないですけど……でも、嫌じゃないです……」

 星は更に顔を赤く染めて、小さく俯き加減に頷いた。

 エミルはにっこりと微笑んで「ありがとう」と星の頭を優しく撫でた。その時、外から大きな声で言い争うのが聞こえてきた。

「うるさい、このバカデビッド!!」
「なんだと!? 本当の事を言っただけだろ!!」

 エミルと星は急いでテントを出ると、そこには鍋を挟んで睨み合っているデイビットとエリエの姿があった。

 その様子を見て、エミルは呆れたように大きなため息をつくと「今度は何でけんかしてるの?」と、2人の元に駆けていく。

(――良かった。いつも通りのエミルさんだ)

 そんな普段通りのエミルの様子を見た星は、ほっと胸を撫で下ろして先に出ていったエミルを追いかけるように星もゆっくりと歩き出した。

 言い争って睨み合っているエリエとデイビッドは、星達に気が付き話を振ってくる。

「エミル姉。聞いてよ! デビッド先輩がね。私の作った朝食を、こんなの不味くて食べれないって言うんだよ!?」

 オタマを手に感情を爆発させているエリエ。

 すると、デイビッドがすぐに言葉を返す。

「その言い方は語弊を招く。正確には朝食のスープが甘すぎてこれじゃジュースだと言ったんだ!」
「何が違うのよ! このバカデビッド!!」
「全然違うだろうが! それに朝からこんなもの食べたら胸焼け起こして動けなくなるだろうが!!」

 そういうと、2人はまた睨み合っている。エミルはそんな二人を強引に引き離し、困り果てた様子で2人の顔を見た。

 話を聞いた思い当たる節がある星が顔をしかめる。おそらく、昨日の朝の自分と重ね合わせているのだろう。まあ、星が第一被害者なのは間違いないだろう。

 その時、星の背後からオカマ独特の声が聞こえてきた。

「――まったく、うるさいわねぇ~。レディーの朝は大変なのよ~?」
「……えっ?」

 星がその方向に目を向けるとそこには、真っ白な顔パックを付けたサラザが立っていた。

 その姿のサラザを見た瞬間。星の表情は見る見るうちに青ざめ、目が丸く大きく見開いていく――。

「――ひっ! ひゃあああああああああああッ!!」

 星は突然現れた白い顔の大男に驚き、声を裏返らせながら悲鳴を上げた。

「星ちゃん!?」

 その悲鳴を聞いてエミルが慌てて星の元に駆け寄ってくると、星の体に覆い被さるようにして叫ぶ。

「星ちゃんには手を出さないで!」
「……なによ、失礼ね~。別に取って喰おうなんて思って――って前にも同じこと言ったわよね?」
「……あっ」

 まるで時間が停止したかのように数秒間。サラザとエミルが顔を見合わせた状態で止まる。

 そんな2人に向かって、落ち着きを取り戻した星が呟いた。

「いえ、エミルさん。ちょっと驚いてしまっただけで……大丈夫です。驚いてしまってごめんなさい。サラザさん」

 星はサラザに向かってペコリと丁寧に頭を下げる。

 サラザは星に頭を下げられたことで、逆に申し訳そうな顔をして頭を掻いた。
 その後、エミルがことの次第をサラザに説明すると、それを聞いたサラザは呆れた表情でエリエとデイビッドに目をやった。

「なるほどね~。そんな事でケンカしてたのね~。なら、私に任せて頂戴!」
「……どうするんですか?」

 サラザは自信満々に張り出した大胸筋を叩くと、エミルと星は不思議そうに首を傾げている。
 揉めているエリエとデイビッドの間にある鍋を移動させると、サラザは別の鍋を焚き火の上に置いて料理を始めた。

 全身を筋肉で武装したその見た目からは想像も出来ないが、調理をする手付きは妙に手馴れている。

 これは間違いなく普段から料理をしている人間のものだ。

 それからしばらくして、鍋の中からいい匂いが漂ってきた。

「よし。できたわ~。ほら、味見してみて」

 っと言うと、小皿に出来たての肉じゃがを乗せて、その場にいた全員に手渡していく。

 最初に小皿を受け取ったエミルが匂いに釣られ、それを口へと運んだ。

「凄く美味しいわ。まるでお店で出るものみたい!」
「本当だ。これは旨い!」
「う~ん。ちょっと甘みが足りない……」

 皆の反応を見て、警戒していた星も手渡された小皿の中のじゃがいもを箸で摘み上げ、徐に口に運ぶ。

「……おいしい」

 星も驚いた様に目を丸くさせている。

 その匂いに誘われて、マスターとカレンも休んでいたテントの中から出てきた。

「ほう。何やらうまそうな匂いがするな」
「本当ですね、師匠。俺もお腹が空いてきました」

 起きてきた2人は、そう言って鍋の近くにきた。

 サラザは「これで全員揃ったわね~」と言うと、皿の上に鍋から肉じゃがを盛っていく。
 味見したこともあってか、全員に肉じゃがが行き渡ると、躊躇することなく、皆それを美味しそうに口に運んでいく。

「でも、本当に上手いな、この肉じゃが」
「うむ。こんなに上手い物は久しぶりに食ったぞ!」
「あら、嬉しいわ~。ありがとね~」

 サラザは2人に褒められ上機嫌で投げキッスを返す。

 それを受け、一瞬嫌そうな顔をした2人だったが、すぐに何事もなかったかのように食事を再開する。 
 デイビッドとマスターが本当に美味しそうに食べているのを見て、エリエとカレンが物凄く不機嫌そうに2人を睨んだ。

「――悪かったわね、私のスープは甘くって……」
「――師匠は丸焼きしか作らないくせに、俺の料理をそんなふうに……」

 2人はぼそっと呟き、頬を膨らませながらそっぽを向く。

 そんな彼等を余所に、エミルと星は隣り合わせに座り微笑み合っている。

「美味しいわね。星ちゃん」
「はい。凄く美味しいです」
「満足してもらえたなら嬉しいわ~。おかわりもいっぱいあるわよ~」

 エミルと星の会話を聞いていたサラザがそう言って微笑んでいる。

 星は皿に盛られた肉じゃがとサラザを交互に見て『人は見かけによらない』ということわざを思い出していた。

 確かに見た目はどう見ても筋肉ムキムキの大男のサラザなのだが、肉じゃがの味の方は繊細で、かと言って薄すぎずしっかりとしたコクのある味に仕上がっていた。

 この体からこれほどの料理ができるなんて……。

 っと星が感心していると、逸早く皿を空にしたマスターが口を開いた。

「さて、ならば今のうちに、役割分担を決めておかなければならんだろうな」
『役割分担?』

 その場にいた全員が声を合わせて言うと、マスターの言葉に首を傾げている。

「さよう……おそらく。これから先は昨日のボス以上の強敵がいるだろう。それに辿り着く前に力尽きては、意味がないからな」
「なるほど……なら、マスターはこれより先にもっと強い敵がいるとお考えなのですね?」
「うむ。そういうことだ」

 エミルの言葉にマスターは静かに頷く。

 横で2人の話を聞いて、不思議そうに首を傾げているエリエが口を挟む。

「ちょっと待ってよ。どうして敵がいると思うの? もしかしたら、ただの抜け道かもしれないじゃない」

 エリエのその疑問は最もだ。いくらボス部屋の奥に道が続いているとはいえ、そこに必ず敵がいるとは限らない。ダンジョンを脱出する移動時間を短縮する為の抜け道という考えも捨て切れない。

 だが、それを聞いたマスターはにやりと笑みを浮かべ「行けば分かる」と自信満々に言い放つ。

 その意味有り気な言葉に、エリエは怪訝そうに眉をひそめた。

「さて、役割分担だが、儂とカレン。それにエミルの3人がボス戦での前衛を務める。他はサポートなどに回ってもらう。無論、その道中の雑魚の殲滅も担当してもらうことになるだろうが良いか?」
「――あの。サポートって……何をすればいいんですか?」

 星が手を上げてそう尋ねた。

「うむ。主にヒールストーンなどによる回復支援。後はこちらがヘイト――つまり、敵の注意を引き付けている間に、敵死角から可能であれば弱点部位への攻撃などを担当してもらう!」
「なるほど……」

 星はマスターの言葉の意味は良く分からなかったが、とりあえず相槌を打つ。
 その後、各々身支度を整え先のダンジョンに向かおうとしたその時。エミルが「待って!」と声を上げる。

 その場にいた全員が一斉にエミルを見ると、彼女はにっこりと微笑みを浮かべながら、優しい声音で星に話し掛けた。

「星ちゃん。天女の羽衣を出してもらえるかしら」
「……えっ? どうしてですか?」
「どうしても! 大事なことだから!」

 星はエミルの『大事な事』という言葉に大きく頷くと、言われた通りに天女の羽衣を出してエミルに差し出す。
 すると、エミルはその羽衣を手に取って、自分のアイテムバーの中に入れ、なにやら忙しなく操作を始めた。

 星は不安そうにその様子を見守ると、少しして彼女がにっこりと微笑み、星に綺麗に折りたたまれた服を手渡した。

「これを着て、ダンジョンに入る前にデイビットと2人で街に行って買ってきた服よ。きっと星ちゃんに似合うと思うわ。それにアーサー王の鎧を合成してるから、これで私達とHP量はあまり変わらないはずよ」
「――えっ!? アーサー王の鎧ってエミル姉。それ大会優勝者しか貰えないアイテムでしょ!?」

 エリエが驚きを隠せない表情で叫ぶとエミルは微笑んだ。

 それを聞いて、困惑した星がおどおどし始めた。それもそうだろう。大会の優勝者にしか渡されないアイテムを自分が貰っていいわけがない。だが、そんな星を尻目にエリエとエミルは話を続けた。

「いいのよ、エリー。私の防具は間に合ってるし。それに星ちゃん危なっかしいんだもの。これくらいの装備じゃないと、いつ死んじゃってもおかしくないでしょ? どんなレアアイテムよりも私にはこの子の方が大事だから……」
「エミル姉……」 
(やっぱり、星と妹さんの事を重ねてるんだ……)

 優しい微笑みを浮かべたエミルの顔を見て、エリエはそう心の中で呟く。

 しかし、星もそんな大事な物だと分かって受け取るわけにはいかない。
 
「そんな、大事なもの受け取るわけには……」

 星はエミルに差し出された物を前に、両手を突き出して首を左右に振っている。

 困った様に眉をひそめるエミルを見て、エリエが装備を受け取り。

「なら善は急げ。さっそく、試着だね! 星。ほら、つべこべ言わずに早く早く~」
「え、エリエさん!? まだ私貰うなんて言ってません……」

 星は動揺しながらも、エリエに背中を押され強引にテントの中へと連れ込まれた。
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