第102話 名御屋へ・・・2

文字数 5,051文字

 それから12時間後。本当に一度の休みを取ることなく。結局、名御屋の街に着いた頃には深夜2時になる頃だった。

 本当に休みなくぶっ通しで馬の背に揺られ続けた小虎と少女は疲労と怒りから、この強攻策を打ち出したメルディウスに非難の声が上がる。

「兄貴は鬼だ……本当に一度も休まずにくるなんて!」
「そうです! あなたには血も涙もないのか~。謝罪しろ~」
「そうだそうだ~。謝罪しろ~」

 馬に乗ったメルディウスの後方から、2人は声を揃えて『謝罪しろ』コールを続けている。

 そんな2人に、イライラしているメルディウスの眉がピクピクと動きながら横の紅蓮に小さな声で告げる。 

「――くっ! 紅蓮。あいつらを黙らせてくれ……俺の理性があるうちにっ!」
「はぁ……メルディウス。冗談でもギルマスがそういう事を言ってはいけませんよ?」
 
 爆発寸前のメルディウスの言葉に、紅蓮は呆れた様子でため息をつくと、2人の元へと向かった。

 マスターと白雪はそれを見て、呆れ果てたようで無言のまま大きくため息をついた。
 2人の馬の側に馬を寄せると、紅蓮は2人にしか聞こえないように小さな声でささやいた。

「2人ともそのへんで……あまり騒いでいると、ここの一番高い宿に連れて行ってもらえませんよ?」
「えっ!? それはほんと姉さん!!」
「それって高くないですか? 私、お金が……」

 喜ぶ小虎とは対象的に、コマンドを開き所持金を確認して表情を曇らせる少女。

「ああ、それならメルディウスの奢りです。安心してください」
「おごっ!? 行きます行きます!!」
「さすが兄貴!!」

 紅蓮からその話を聞いた2人は現金なもので、今度は一変してメルディウスに尊敬の眼差しを向けた。
 彼等が何を言われていたか分からないメルディウスは、キラキラとした眼差しを向けてくる2人を横目で見て、気味悪そうに眉間にしわを寄せている。

 メルディウスは澄まし顔で戻ってきた紅蓮に小さな声で尋ねる。

「――いったい何言ったんだ? あいつら、急に目をキラキラさせながらこっちを見てるんだが……」
「ふふっ、簡単ですよ。あなたが名御屋で一番高い宿屋に、彼等を連れて行くって言っただけです――あなたの奢りで……」
「なっ! 俺はそんなに持ち合わせてないぞ!? どうすんだよ! そんなはったり。すぐにバレるだろ!」

 メルディウスは驚きを隠せない表情で、コマンドから所持金を確認しながら言った。だが、それ以上にメルディウスには苦しい懐事情があった。

 当然だろう。マスターと久しぶりの対面の後。千代から数日でここまで来たのだ、狩りで資金を準備する時間も高価なアイテムを売却し、資金に変える時間もなかった。

 仕方なく。メルディウスはただでさえ浪費癖の激しい自分の貯金から旅費を出しているのだ。戦いで減る武器の耐久度も、ここにくるまでの雑魚モンスターとの戦いで相当摩耗している。武器が消滅する前に、手入れにも金を使わないといけないのだ。

 トレジャーアイテムとはその名の通り『財宝級のアイテム』ということで、その修理費も馬鹿にならない――。

 脳裏に吹っ飛ぶ金の金額が鮮明に頭に過り、メルディウスの全身から冷や汗が吹き出す。

 紅蓮は慌てふためいているメルディウスにそっと革の袋を渡す。彼が渡された革の袋を開くと、その中には大量の金貨が入っていた。

「お前これ――」
「――おそらくこれで足りると思うので、これを使って下さい」
「……本当にいいのか?」
「ええ、これもサブギルドマスターの務めですし。それに私も、今すごく楽しいですから」
「――そ、そうか……」

 そう言ってぎこちなく微笑みかけた紅蓮を見て、メルディウスは少し複雑な気持ちになる。
 それは、やはり紅蓮にとってマスターの存在が大きいと思い知らされたからに他ならない。

 今まで紅蓮と2人で居る時に、彼女がこんなにも嬉しそうにしているのをメルディウスは見たことがなかった。

 だが、マスターがともにいる今は、紅蓮はとても生き生きしている。

(紅蓮……やはりお前に必要なのは俺じゃないんだな……)

 メルディウスはそう心の中で呟くと、横目で悲しそうにマスターの顔を見た。
 素直にマスターより劣っている自分が悔しかったのもある。だが、自分の心のどこかに、昔ギルドを組んでいた頃に戻った様な、そんな感情もあるのも事実だ。

 だがなにより。マスターが側にいることで、自分自身も何でもできそうな気持ちと安らぎを感じていたからだろう。
 いや、悔しいという気持ちよりもそっちの方が強いかもしれない……。
 
「さて、それでは名御屋の街に入るぞ! ぐずぐずしておっては夜明けになってしまうのでな!」

 マスターは馬から降りて、一番に街の中へと入っていった。

 それに続くように、皆馬を下り街へと入っていく。
 名御屋は商業が盛んな街で、道の軒先にはプレイヤーの経営する店舗が並び、そこでは珍しいアイテムが多く取引されている。

 それは既存の店とプレイヤーが経営している店が多いのと、フリーダムの商業システムが関係していた。

 フリーダムでは特区制度を採用していて、プレイヤーのショップ経営には原則として収益に似合った店舗使用料が取られるのだが、大都市と言われる場所では特定のアイテムを販売した時のみ、その利益から店舗使用料が割り引かれるのだ。

 つまり、商品を売って出た利益を、店舗使用料なくそのまま収入として手に入れることができると言うわけだ。
 もちろん。商業化している者は対象外だが、それはリアルで実店舗を持っている人物、団体に限られる。個人はその対象にはならない。

 名御屋は各種アイテムや防御力のない衣類などが特区に指定されている為、必然的にそれに準ずるアイテムが多く取引されているのだ。
 マスター達が街の中心部を歩いていると、さすがは大都市の1つ。今は深夜帯だというのに、まだ開いているショップが多く。それがまるで、街灯のように行く先をどこまでも照らし出している。

 宿屋に始まりの街と比べると、まるで別世界だった――これが初心者プレイヤーと上級者プレイヤーの違いだろう。
 その活気に満ちた中をひたすら歩いていると、目の前に大きな高級ホテルのような立派な建物が現れた。

 20階建てくらいの大きな建物がまるで壁のように天に向かって伸びていて、そのアイボリーカラーの外装の周りを噴水や木々に囲まれ、ホテル全体を地上に設置されたライトが照らし出している。

 それが見えると、今までだらだらと歩いていた小虎が慌てて走り出した。

「あれが今日泊まる場所だね!」 
「あっ! 小虎くん。急に走ったら迷子になるよ!」

 はしゃぎいでいる小虎を慌てて少女が追いかけて行く。
 まあ、無理もない。ここ数日、野宿ばかりでまともに休めていないのだ。ゲーム的には全くと行っていいほど問題はないのだが、アバターとしてこの世界に肉体がある以上。精神の疲労を回復させるには、しっかりとベッドで休むのが効率がいいと言うことなのだろう。

「はぁ~。あんなにはしゃいで……小虎には困ったものですね。ねぇー、メルディウス。……メルディウス?」
「……あっ、ああ……」

 紅蓮がため息混じりにそういうと、メルディウスはぽかんと口を開けたまま、心ここにあらずという感じで、その建物を見つめている。
 まあ、彼の考えていることは容易に予想できるが……。

 紅蓮はもう一度大きくため息をつくと、衝撃的な一言を放った。

「はぁ~、とりあえず。ここに何泊かする予定なので、よろしく」
「……はあ~!? こ、こんな高い場所にそんなに泊まれるわけないだろう!? 金はどうすんだよ!! 金は!!」

 メルディウスは素早く顔を向けると、紅蓮に向かって叫んだ。

 そんな彼の様子を無視して、紅蓮は首を傾げてメルディウスの方を指差している。

「いや、待てよ! 俺はそんな金持ってねぇーぞ!? いやというか俺が持ってるわけ無いだろ!!」
「いえ、ギルドで出します」
「いや、だからそんなに持ってねぇーって。さっきの金だって、2日かそこらでなくなる額だぞこのクラスは、それを――」
「――その心配はありませんよ。ギルマス」

 メルディウスが声を荒げている横から、話を聞いていた白雪が口を挟んできた。まあ、紅蓮が言われているのを見兼ねて、堪らず出てきたのだろう。

 ぽかんとしたように呆然と白雪の方を見た。

 白雪は紅蓮とメルディウスの間に割り込むと言葉を続けた。

「実は私と紅蓮様でギルマスには内緒で、ギルド内で密かに貯金したので、そのお金があります。だから、ここに何泊しようとも大丈夫なのです」
「……ギルドの貯金をギルマスの俺に内緒って……」

 頭を押さえ呆然とその場に立ち尽くしているメルディウスに何食わぬ顔で紅蓮が吐き捨てた。

「それは、メルディウスに知られたら使われるからに決まっているでしょう。さあ、早く行かないと小虎もあの子も見失います」
「そうですね。それは厄介です。紅蓮様、マスター様、先を急ぎましょう」
「はい」
「うむ」

 状況を整理できずに呆然とその場に立ち尽くしているメルディウスを無視して、3人はすたすたとその横を通過していく。

 その後ろ姿を見つめながら、メルディウスが思わず叫んだ。

「俺の……俺のギルマスとしての存在意味はいったいどこにあるんだ~!!」

 彼の悲痛な叫び声は、名御屋の街の夜空に虚しく吸い込まれていった。


 ホテルの中へ入ると、高価な置物が多く置かれ。その中央には360度、円柱の透明なガラスで囲まれた近代的な造りのエレベーターが備え付けられている。
 天井には大小いくつもの綺羅びやかなシャンデリアがぶら下がっていて、地面に向かって温かい光が降り注ぐ。

 地面には絨毯が敷き詰められており。エントランスには観葉植物が置かれ、正面入り口の前には一面が大きな水槽になっていて、その中を悠々と色とりどりの熱帯魚が泳いでいる。ソファーや椅子とテーブルが数多く置かれたラウンジには、大きなモニターも備え付けられており、如何にも高級ホテルと言った感じの雰囲気を醸し出していた。

 紅蓮は意気消沈しているメルディウスから財布を受け取ると、フロントのNPCと会話して宿泊の手続きを済ませた。
 その間も興奮を抑えられない様子の小虎と少女は、まるで野に放たれた子犬のようにホテルの中を駆け回っている。

「ほら、2人とも、他の方の迷惑になりますから、早くお部屋に行きますよ?」
「「は~い!」」

 その紅蓮の呼びかけに2人は元気に返事をすると、彼女のもとへと駆けていく。

 それを見てほっと胸をおろしたのも束の間。紅蓮が今度はマスターと白雪に向かって声を掛ける。 
 
「すみません。マスター、白雪。メルディウスを連れて来てもらってもいいですか? お部屋は最上階の201号室のスイートルームなので」
「――ス、スイートルームだと!?」

 それを聞いたメルディウスは、まるで魂が抜けたかのようにその場に崩れ落ちていく。
 
「ギルマス! 気をしっかり持ってください! っというか鎧重いんですから脱いで下さい!」
「うむ。仕方なかろう……ほれ、メルディウス。しっかりせんか! バカタレが!」

 完全に魂の抜け殻と化したメルディウスを白雪とマスターが両側から支えるように抱え、なんとかエレベーターの中へと押し込んだ。

 一面ガラス張りのエレベーターは、まるで空でも飛んでいるかの様に、ホテルの中を一直線に上がっていく。
 そのエレベーターの中から、目をキラキラさせた小虎と少女が頻りに辺りを見渡している。

 そうこうしているうちに、最上階に到達し宿泊する部屋の扉を開けた。
 部屋の中は開放的な作りになっていて、夜の街が一望できる様に全面ガラス張りの窓をバルコニーが部屋を囲う様に造られている。部屋の隅とバルコニーには観葉植物が置かれ、壁には装飾が施されている。

 ゲームの中なのだから、全てデータだと頭では分かっていても、普段お目にかかれるものではないその空間にどうしてもかしこまってしまう――っと思っているのは少女だけのようで……。

「わー。なんだかギルドホールに帰ってきたみたいだね。姉さん!」
「そうですね。あっ! 小虎。あまりあちこち触ってはいけませんよ?」
「……思っていたより狭いですね。紅蓮様」
「そうですね。お金は高いんですけど、これなら私達のギルドホールの方が快適ですね」

 小虎、紅蓮、白雪は何食わぬ顔で会話しながら部屋の中へと進んでいく。
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