第320話 反撃の意志

文字数 2,480文字

 星を連れて部屋に戻ったエミルは少しほっとした様子で、眠っているその小さな体をベッドに寝かせた。

 布団を掛けて眠っている星の額に手を乗せると、ぐっすりと眠っている彼女の顔を覗き込んで小さく呟く。

「……いつも無茶ばかりして倒れてばかりね……でも、帰って来るって言って、ちゃんと帰ってきてくれるのはえらいわ。後は私に任せてゆっくり休んでね……」

 エミルは眠っている星に微笑むと、彼女を起こさないようにとそっと部屋を出ていった。

 外ではイシェルとレイニールが彼女のことを待っていた。レイニールは出てきたエミルから少し距離を置きながら彼女に尋ねる。

「――エミル。本当にやるのか?」
「ええ、敵の攻撃の間隔を見ていれば、近くに敵が潜伏しているのは分かる。しかも、あの撤退の命令の早さで確信したわ。敵の親玉もこの街の近くにいるってね――あの狼の覆面を被ったあいつが……だから、こちらから仕掛けて必ず潰す! 星ちゃんが体を張って時間を稼いでくれたから、私のドラゴン達も全回復してる。リントヴルムZWEIが使える今なら勝てる!」
「もちろん、うちも行くよ。エミル一人だけで戦わすわけにいかへんからね」

 逸早くエミルに賛同するイシェルを見て、遅れを取るまいとレイニールも胸を張ってエミルの前に出て。

「まあ、お前達だけでは心配じゃ。我輩も共に行ってやろう!」

 そう言って誇らしく胸を突き出していると、何者かの声が聞こえた。

「――俺達もいくぞ!」

 声のする方に目を向けると、そこにはエリエとデイビッドが立っていた。

 二人は笑みを浮かべながらゆっくりと近付いてくると、エミルの前で止まって拳を突き出した。

「まさか、私達を置いていくなんて言わないよね。エミル姉」
「でも、今回は今まで以上に危険な戦いになるわ。貴女にもしもがあったら、国際問題に――」
「――今更だよ。私達の戦いは、いつだって危険な戦いしかなかったでしょ? それに……星にばかり負担を掛けるのは、さすがに情けなさ過ぎるしね。知らなかったとはいえ……」

 表情を曇らせながらエリエが言うと、そんな彼女のエミルも気持ちは痛いほど良く分かる。だからこそ、エミルはそれ以上は言えなかった。

 属性攻撃武器の『炎霊刀 正宗』を持っているということが自信に繋がっているのか、デイビッドもやる気満々なようだ。

「俺も行きますよ!」

 そこに廊下を走ってきたカレンが、声を大にして叫んだ。
 
 だが、それを聞いたエミルは眉をひそめ渋い顔をしている。
 それも無理はない。未だに固有スキルが発動できない彼女を連れていくのにはさすがに不安があった。

 言いにくそうにエミルが口を開く。

「……カレンさん。でも、貴女はまだ固有スキルが発動できないでしょ? 私としては、カレンさんは残ってほし――」
「――エミルさん何を言ってるんですか? 確かに俺はまだ固有スキルは使えません。ですが、その代わりに人以上に修練を積んで戦闘技術なら誰にも負けませんよ。しかも、敵はプレイヤーじゃなくてAIで動くモンスターですよ? そんな作り物に固有スキルがないだけで遅れは取らないですよ」

 途中で口を挟んでそう言った。彼女のその声は少し威圧するようなものだった。カレンとしては、固有スキルの発動条件を満たしていないだけで、他の者に遅れを取っていると思われるのは心外なのだろう。

 まあ、彼女が不快になるのは無理もない。ただでさえ、エミル達は固有スキルに恵まれている部類に入っている。
 そんな彼女に固有スキルのことを突かれれば、無意識に不快に思ってしまうのは仕方がないだろうが、実際にカレンの戦闘力は他のトッププレイヤーと比べても引けを取らない。

 当然だ。彼女はあのマスターに鍛えられている。つまり、他のプレイヤー達とは練度の質が違う。例えるならば、プロにアマチュアの選手が敵わないのと同義なのだ――。

 だが、エミルは彼女を怒らせる目的で言ったわけではない。それよりは、彼女の身の安全を考えた言葉だったのは言うまでもないだろう。

 カレンの言ったように、対人戦なら固有スキルの有無は戦況を占う上で重要なカードになるのは間違いない。しかし、今回は対人戦ではなくモンスターとのごく普通の戦闘で、敵は属性攻撃でしか撃破できない赤黒い炎で覆われている。

 確かに属性攻撃しか効かないのは困難だが、それは珍しいという意味で、普通にモンスターの中では様々な効果を持っていてその種類も多い。

 例えるならば、東北地方にある蔵王山をモデルに作られた『蔵王霊山』には山の中の大きな湖に夜になると霧と共に現れる『死霊の王 サムライゴーストスレイヤー』という全身を古びた鎧に守られた全長30m級の巨大な死霊の侍の王が配下の死霊の侍を連れて現れる。

 しかも、巨大なその侍の王には原則として物理攻撃は通用せず。時間によって実体化する腰の小太刀を攻撃しなければダメージを与えられない。つまり、この赤黒い炎を持つモンスター達も珍しいというだけでしかないのだ。だとしても、やはり固有スキルが使えないというのは致命的である。

 平静を装って拳を強く握り締め、苛立ちを抑えている様子の彼女をこれ以上刺激しないように、エミルは優しい声音で告げる。

「違うのよ? ただ、今回は失敗するリスクが大きいからであって、カレンさんが弱いと言っているわけじゃないの。あのマスターのお弟子さんですもの、強いのは分かっているわ。でも、もし貴女になにかあったらマスターにも顔向けできない。貴女も分かるでしょ?」
「…………ええ、でも師匠ならこういう時、こう言うと思います。仲間達を守る為に、自分にできる最善を尽くせ――と」

 そう言った彼女の言葉にエミルは無言で頷くと「一緒に行きましょう」と言葉を返して彼等は廊下を走り出した。 

 それを壁の隙間から遠目で見ている人物が一人……。

「……あたしをのけ者にしようとか、ゆるせないし! でも、安心するのは今だけだし……ふふふっ」

 ミレイニは口を両手で押さえると、何かを企んでいる様子で思わせぶりにくすくすと笑っていた。
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