第242話 覆面の下の企み6

文字数 4,745文字

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 モニターの前でその光景を見ていた覆面の男が、感情を剥き出しにして操作盤を叩いて声を荒らげた。

「何たる事だ!! 誰がイヴに矢を放っていいと命令した!! あのバカがいなければ、間違いなくイヴに当たっていたぞ!! くっ……」

 覆面の男はもの凄い勢いでキーボードを叩くと、次々に画面にウィンドウが表示されては消えていく。

 そのタイピングスピードもそうだが、常人ではウィンドウに表示されている英語の羅列は何のことか分からない。
 おそらく。プログラミング言語なのだろう……覆面の男は素早くモニターと一体となっているキーボードを叩くと、即座にウィンドウを閉じていく。

 その早業は彼がその作業に精通していることを裏付ける唯一のものだろう。しかし、どんなに優秀な人物だとしても。彼が稀代のマッドサイエンティストであることに変わりがないのだが……。

「そうか……あの竜に反応して……ならば、あの竜も戦闘対象から除外すれば……」

 ブツブツと独り言を呟きつつ、キーボードを叩き続けていた彼の手がやっと止まる。
 
 作業が終わったのだろう。最後のウィンドウも閉じ、椅子の背もたれに体を任せ大きく息を吐き出した。
 そしてしばらくモニターの光で薄っすらと照らし出されている天井を見上げ、狂気じみた笑い声を上げると、再びモニターと向き合いキーボードを叩く。

 正面にウィンドウが表示され、始まりの街と無数の赤い印、右側にモンスター達の種類と体数が表示されている。

「フフフッ……さすがはイヴ。いや、大空博士だ――彼はこれほどのポテンシャルの武器とスキルを、まだ無事に生まれるかも分からなかった娘に与えていたのだからね……元々は30万はいた我が勢力が、イヴの介入で一気に10万も減ってしまった。初期の計画通り、他の街と同じ10万ならば、確実に彼女はあの街を救っていただろう……」

 覆面の男は椅子から立ち上がると、部屋の中をうろうろと歩き始め。

「だが、私は自分の本来のシュミュレーションに異を唱え、そして勝った! そして今、イヴの固有スキルデータの収集にも成功した!」

 興奮を隠し切れない様子で壁をドンドンと何度も叩くと、もう一度モニターの所へと足早に戻り、映し出された星を食い入るように見つめ。

「そう! 私はずっと疑問に思っていたのだ! 全ステータスを使用後24時間もの状態の固定――どうして、敵のステータスを吸収し、己のステータスに上乗せしてもなお。何重にも枷をはめるのか……その理由がこれだ。スキルの使用制限! 膨大なデータ管理と安全の為の己の過度なステータス上昇システムは、著しい処理速度の低下を招く。本来データの集合体でしかないアバターをゲーム内で睡眠させる理由は、その時間を利用したデータの圧縮と削除が目的なのだから無理もない。大規模なMMORPG――しかもそれがVRとなれば、そのデータ量も超膨大! それを知らずに継続してスキルを使用すれば、キャラクターの処理速度プログラムが追い付かずにフリーズするのは当然の事!」

 覆面の男は再び狂気じみた笑い声を上げると、モニターの中に映る星を指先でそっと撫でる。

「フフフっ……アーハッハッハッハッ! やっと……やっと君を攻略できたよ、イヴ。僕の……僕だけのイヴ……後は、不要な人間を排除していけば、僕達の理想郷が完成する……メモリーズを手に入れて、膨大な富と権力を手に二人の楽園を築くんだ。そして、いずれ神となる子を二人で育てよう……きっと天国の博士もそれを望んでいるだろう。僕達二人の愛を祝福してくれる!」

 狂気に満ちた不気味な笑みを浮かべ星のことを見るその瞳は、発言からも分かる通り、すでに彼の思考は常軌を逸していた。

 モニターに映し出された星を見続け、狼の覆面の中から見える瞳はまるで獲物を狙う狼そのものだった。


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 突然意識を失った星の服を引っ張り上げたまま、動きを停止した敵を前に右往左往しているレイニール。

 すると、そこに物陰から突如として人影が飛び出して来た。
 茶色い短髪と瞳に白銀の鎧に白いマントを着用した彼はディーノ――いや、今は偽名を使っていたことがバレたのでデュランだった……。

 急に目の前に現れたデュランに、レイニールはほっと胸を撫で下ろした。

 横目でそれを確認したデュランが小さなため息と共に呟く。

「まだほっとするのは早いよ。ドラゴンくん」
「なっ! ほ、ほっとなんてしておらんぞ!?」
「さあ、どうだか……しばらくの間、その子を絶対放すんじゃないよ」

 呆れ顔から、すぐに凛々しい面持ちに切り替わったデュランがアイテムの中から薙刀を取り出す。

 それを前に構えると彼の足元に大きな円が描かれ、そこから五芒星の青白い光が立ち昇り、5角から和風の着物に般若の面、天狗の面、狐の面、翁の面、女の面をそれぞれに身に付けた者達が現れた。

 全員が顔には面を着けているのだが、レイニールには不思議と彼等に恐怖などは感じなかった。

「敵の数が予想以上に多くてね。俺がこの子達を運んで逃げてる間、向かって来る敵を迎撃してほしい。無論全力でね……頼んだよ!」

 現れた面を着けた者達に、デュランが命令を下す。

 デュランの持っている薙刀の刃が振り下ろされ。その直後、彼等の顔に付いていた面が一斉に外れ、お面の中からは絶世の美女と美男子達の顔が露わになる。もうその顔を隠す為だけに、わざわざお面を被っていたのではないかと思うほどに、皆が整った目鼻立ちをしていた――。

 っと、不満を前面に押し出したように渋い顔をして、金の刺繍で派手な青い着物を纏った狐の面を着けていた髪の青髪に、左右別々な青と緑の瞳の男が刀を肩に担ぐ。

「ったく。どうして甲冑じゃなくて、俺が着物で刀振り回さにゃならねぇーんだよ!」
「大山津見、前の主とは違うのだ。それに、見た目が変わったステータスに変化はないし、どうということはないだろ?」
「須佐之男はいいよな。着物って言っても黒でよー。俺なんてこんな派手派手のだぜ? 交換しろ!」
「……断る」

 腕を組みしてそっぽを向くと、バッサリと切り捨てる黒い着物を纏った短い黒い髪に赤い瞳の男。

 どちらも海外の人間の様に長身で美形だった。

 須佐之男の態度に、大山津見が納得いかないと言いたげな表情で睨んでいる。そこに今度は、羽衣に紅白の着物を着た女性が割り込んでくる。

「あら、そうかしら? 妾はこの衣装も結構好きですわ」

 長く艶やかな黒い髪の毛に透き通る黄色い瞳の彼女が、涼しい顔をした須佐之男を一方的に睨みつけている大山津見に向かって、にっこりと微笑んだその顔はとても美しく可愛らしかった。だが、青髪に青、緑のオッドアイの大山津見が、鼻を鳴らすと更に不機嫌そうにそっぽを向く。

「お前もお前だ天照。俺はまだあいつを主人と認めたわけじゃない!」
「そうですか? 彼のセンスの良さは、相当なものだと思いますのに」

 まるで新しい洋服を買ってもらって浮かれている少女のように、上機嫌でくるくると体を回して着物をひらひらと揺らす。

 それを見て「もう勝手にしろ!」と、大山津見は不貞腐れるように口を尖らせそっぽを向いた。

「まあまあ、そう熱くならないでさ……ぷっはー。ほら、酒でも飲んで落ち着けってさ!」

 黄色い着物に、肩に掛かるほどの金色の髪に黄色い瞳の陽気な感じの男が、怒っている大山津見の肩に腕を回して、酒の入った瓢箪を一口飲むと彼の顔に押し付ける。

「あー。もううるせぇー! 月詠! お前は酒飲んで黙ってりゃそれでいいんだよ!!」
「――んッ!?」

 機嫌の悪い時に執拗に絡んでくる月詠に大山津見の頭の血管がブチッと切れ、自分の顔に押し付けられた瓢箪を奪い取り、月詠の口の中に酒を流し込む。だが、月詠は嫌がるどころか、逆に嬉しそうなくらいに喉を鳴らしてゴクゴクと飲んでいく。

 そんなことをしていると、周りを取り囲む様にいたモンスター達が襲い掛かって来た。
 まあ、これだけ無駄な時間を使っていれば、警戒していたモンスターが警戒心を解くのには十分過ぎる時間を与えてしまっていた。

 襲い来る無数のモンスター達を、突如として地底から現れた水の龍がモンスターを次々と丸呑みにしていく。

「――全く。無駄話が多いからですよ? はぁ……兄弟でなければ、その喉を掻っ切ってあげたいくらいだ……」  
 
 物騒なことを小声で呟く、白の着物に薙刀を手にした白髪の男。

 彼も相当の美形だが、その緑色の瞳の中から感じ取れるのは、狂人特有の不気味さだろう。

 っと、今度は反対側から彼等を感知したモンスター達が襲って来る。

「……綿津見。後ろだ!」   
   
 大山津見の叫ぶ声に、綿津見は視線を向けることもなく鼻で笑う。

 すると、彼の背後の地面から水龍が飛び出して襲い掛かるモンスターを呑み込む。
   
「――私の水龍は一つではない。それに、がっつくのはいいけど、勘違いは困る……喰らうのはこっち側なのだからね!」

 鋭い眼光が辺りを一瞥して、二体の水龍がモンスターを撃破して更に四体、六体と分裂していく。

 次々に倍々に増える水龍がモンスターの大群を呑み込み撃破していく中、デュランが気を失っている星の体を抱きかかえると、肩にレイニールを乗せて走り出す。それに続くように5人の守護神が続いていく。

 無数の水龍で敵を撃破する綿津見。地底から蛇の様な木の根でモンスターの体を縛り上げ撃破する大山津見。変幻自在に伸び縮みする刀でモンスターを斬り伏せる須佐之男。

 月詠は片手で酒を飲みながら手に持った扇を振ると、地面から纏まった砂鉄が鋭利な刃となってモンスターを襲う。太陽を模した杖を手に向かってくる敵に振りかざすと赤黒い炎が現れ、敵を呑み込んでHPが尽きるまで焼き尽くし撃破する天照。

 数十万という敵の中を大胆にも直線的に抜けようという作戦だったが、予想以上に守護神が強い為、敵を全滅させる。とまではいかないものの。襲ってくる敵を撃破するくらいは造作もない。

 そんな中、全力で走るデュランの肩に乗ったレイニールが、思い出した様に彼に尋ねた。

「そういえば、お主は戦闘に参加せずに、今までどこに行っておったのじゃ?」
「ああ、俺達に人助けは似合わないからね。元々は犯罪者ギルドだし……彼等は先に千代に向かわせたよ」
「ふむふむ。確かダークブラックだったか? まったく、主を誘拐するとは大それた事をしたものじゃ!」

 何度も頷きそう呟くレイニール。

 まあ、正確にはダークブレットで、レイニールが言った言葉を使うと、同じ意味の単語が繰り返されているだけで、まるで真っ黒なもののようになってしまうのだが……。

 彼はそのレイニールの間違いを正すことなく言葉を続けた。

「でもまあ、今度はそんな事はないよ。俺はこの子の固有スキルを気に入っているし、そのスキルを使用できるのはこの子だけ――なら、友好的に使って貰った方がお互いに良好な関係が築けるからね……」
「ん? それは主を利用しようとしておると言う事か……? それならば、我輩が許さんのじゃ!」
 
 走るデュランの肩の上でレイニールが器用に立ち上がると、彼の頬に向けてシャドーボクシングの要領で何度も腕を振り抜く。

 デュランは微かに微笑みを浮かべると、更に加速していく。すると、バランスを崩して空中に投げ出されそうになったレイニールが、デュランのマントに慌てて掴まる。

 モンスターの上げる断末魔の叫び声とは裏腹に、撃破時のエフェクトの光がまるでイルミネーションでライトアップされた並木道のように、夜の空を幻想的に照らしていた。
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