第262話 護衛ギルド選抜戦7

文字数 3,295文字

 観客席から試合を見ていたエミルが、隣に座っていたイシェルに声を掛ける。

「ちょっと出てくるわ。紅蓮さんの所に行ってくる」

 イシェルはにっこりと微笑むと「うちも行く」と告げた。エミルは驚いた表情を見せ声を発しようと口を開いたその時、エリエの隣に座っていたミレイニが飛び付きそうな勢いで身を乗り出す。

「どこかに行くし!?」

 いや、現に立ち上がり隣に座っていたエリエの頭を、思い切り両手で押し潰して飛び出したようになっているのだが……。

 どうやら、ミレイニにとっては人の戦いを見ているだけなのは退屈だったらしい。まあ、何でも人がしているのを見るよりも自分がする方が楽しいのは当然だろう。いつまでも頭をミレイニに押し潰され、耐えかねたエリエが激昂すると、ミレイニの頬を引っ張る。

 頬を引っ張られ、ミレイニはブンブンと腕を上下に振って。

「ほこにいたえいえあわういんだし」
「誰がそこにいた私が悪いですって~? あんたが私の横がいいって言って、私がいるのにそれを押し潰したんでしょうが~!!」
「わあったひ、あやまうひ~。おえんなはい! おえんなはい!」

 頬を引っ張っていた手を放すと、ミレイニは頬を手で擦る。もう何度も見た光景なので、エミルも注意するのを諦めたように大きなため息を吐いて徐に席を立った。  

 そんな彼女をイシェルが不思議そうに小首を傾げて見上げていると、エミルが「行くんでしょ?」とエミルが声を掛け、頷いたイシェルが嬉しそうにエミルの腕に抱きつく。すると、今度はミレイニの方を向いて告げた。

「ミレイニちゃんも来る? ここにずっと居ても退屈でしょ。何か買ってあげるわ」

 微笑みを浮かべて言ったエミルの言葉に、頬を擦っていたミレイニが飛び上がる。

「ほんとだし!?」
「あっ! ミレイニだけずるい! エミル姉、私も私も!」
「しょうがないわね。エリーもいらっしゃい」

 呆れ顔で息を吐いたエミルが、今度は更に奥に座っていたカレンにも声を掛けた。

「カレンさんもどう? 何かごちそうするわよ?」

 デイビッドと小虎が白熱した侍談義を繰り広げている横で、座って前を見ていたカレンがハッとしたようにエミルの方を向く。

 そんな彼女に向かってにっこりと微笑んでいるエミルに、カレンは首を横に振って答えた。

「いえ、俺は少しそこら辺を見て回ってきます」
「そう。気を付けてね」

 軽く頷いて席を立ったカレンは、重い足取りでその場を後にする。その後ろ姿はどこか悲しそうに見える。

 まあ、おそらくマスターのことを気にかけているのは分かるが、こればかりはエミルでもどうしようもない。何故なら、彼女も物思いに耽る時は一人になりたいと感じる人間だからだ――いや、結局のところ。人は重大な決断を迫られる時、一人なのかもしれない……。

 徐々に小さくなり人混みに消えていくカレンを見送ると、侍談義に夢中のデイビッドを残し、エミル達は紅蓮の元へと向かった。
 会場内は混雑していて、紅蓮の元に辿り着くのはだいぶ時間が掛かってしまったが、紅蓮は先程までいた迫り出した観覧席の方にいた。

 扉を開けて中に入ると、彼女は分かっていたように椅子から立ち上がり。

「こんな所に何か御用ですか?」

 っと、普段通り無表情のまま、素っ気なく答える。

 彼女には色々聞きたいことがあるものの、エミルは他のメンバーの目がある以上、あまり露骨な質問を聞くわけにもいかず。

「紅蓮さんは、この大会には出ないの?」

 そう言ったエミルの言葉に、紅蓮は小首を傾げて不思議そうな顔をしている。

 それは『どうして自分が出場しなければいけないの?』と言わんばかりのものだった――。

 彼女の反応に、エミルは動揺を隠しきれない。
 それもそうだ。元はと言えばメルディウスが言い出したことで、紅蓮はそのギルドのサブギルドマスターなのだ。

 ルールでは各ギルドのギルドマスター、サブギルドマスターが雌雄を決する場として、今回のこの会場で戦闘を行っている。

 本来ならば、街をモンスターの大群に囲まれているこんな状況下だ――主催者でもあり。千代の街のトップギルドである『THE STRONG』のツートップの戦いを見たくて集まっていると言っても過言ではないはず。それなのにも関わらず、紅蓮が試合に出ないのはどうなのだろうか。

 少し呆れながらもエミルが再び紅蓮に尋ねる。

「でも、やっぱり。主催者だし、この街を代表するギルドとしてしっかり出ないといけないんじゃない? ほら、ルールでもギルドマスター、サブギルドマスターの連携を見るのが目的なんでしょ? ならやっぱり――」

 そこまで口にして、エミルは言葉を発するのを止めた。いや、止めざるを得なかったと言う方が正しいかもしれない。
 目の前にいた紅蓮がエミルに向かって、冷たく突き刺さるような視線をぶつけていたからだ。普段は無表情なのだが、こういった要所要所に感情が垣間見えるのは、紅蓮が本当は感受性が豊かなことを物語っている。

 エミルが次の紅蓮の口から発せられる言葉を緊張しながら待っていた……。

 それもそのはずだ。今は千代の彼女のギルドのギルドホールで世話になっている。しかも、ギルドの中ではギルドマスターのメルディウスより、サブギルドマスターの紅蓮の方が権力は強いようだ。ここで彼女の機嫌を損なうのはあまり得策ではない。

 すると、今まで口を閉ざしていた紅蓮が大きく息を吐いて徐に告げる
 
「――はぁ~。いいですか? 今回の件は、うちのバカなギルドマスターの独断です。それに、私達は資材の採集と輸送で殆どの戦力を出し尽くしてしまいます。その為に今回の護衛に人員を割く余裕はない……のに、あの大バカ者にも困ったものです。この大会も資金が必要だから開きました。始まりの街から来て下さった方々に不自由はさせられませんからね」

 微かに微笑んだ様に見えた彼女の表情から察したエミルは、自分の今まで抱いていた考えを改めざるを得ないと感じた。
 今まで、紅蓮はもっと冷たく感情的になり難いと言うか、少し冷めた人間だと思っていたからだ――だが実際にはその逆で、とても不器用で優しい心の持ち主であると。

 今回の大会も自分達の資金調達の為に、始まりの街から来た物珍しいギルドの者達を自分達の街で見世物にし、この状況を利用して我欲によるもので行ったものだと勝手に決めつけていた。
 しかし、実際には他の街から来てくれた者達を客人としてしっかりもてなそうとしているのだ。敵に周囲を囲まれているこの状況下では、資金調達の目的で街の外へは出られない為、この様な方法でしか今は資金を調達する手段がないのだろう。

 その為、これだけの規模のイベントを企画して資金を集めようとしたのである。

 紅蓮は容姿的に小学生くらいしかない身長だが、これでもエミルよりも年上の大学生なのだ――様々なことを考えているのかもしれない。

 っとそこに、後ろで待っていたミレイニが現れ。

「なんだし? このちっちゃいの」
「……ちっちゃい?」

 紅蓮のNGワードに触れるセリフに、エミルは表情を強張らせる。辺りに不穏な雰囲気が流れ始めたが、当の本人であるミレイニは全く気にする素振りを見せずに紅蓮の前に近付いていくと、腰に手をあて胸を張って見せる。
 
 ミレイニの突然の行動に紅蓮はただただ首を傾げていると。

「ほら、あたしの方が5センチは大きいし!」

 いつもは無表情な顔が一瞬驚き、すぐに不機嫌そうに眉間にしわを寄せたが、またすぐに冷静さを取り戻して。

「まあ、身長は仕方ないですね。これは遺伝ですから……私は大学生です。子供の戯言に付き合ってはいら――」
「――大学生? あははははは! そんな小さな大学生いないし!」

 お腹を抱えて大声で笑っているミレイニの隣で紅蓮が不機嫌そうに眉をひそめ、何やらコマンドを操作し始めた。

 それを見たエミルはもしもに備えて、ミレイニの側にそっと近付いて何が起きてもいいように身構えている。すると、紅蓮はアイテム内から大きな渦巻き型のペロペロキャンディーを取り出し、それを目の前にいるミレイニに渡す。
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