第277話 リントヴルム強襲

文字数 3,186文字

 ギルドホールを出たエミルは、ドラゴン召喚用の巻物を取り出すとドラゴンを召喚する。

 目の前に現れたのは全身を青い鱗に覆われていて、その上から白銀の鎧で武装され、背中には騎乗用の鞍が付けられている。リントヴルムと比較すると、その大きさは大人が2人乗れるかどうかという大きさ――空中での素早い動きを得意とするライトアーマードラゴンだ。

 攻撃力の面では数段劣るものの、その高い機動力と賢いAIは飛行系モンスターや大型モンスターとの戦闘などの高速戦闘で、エミルが最も頼りにしているドラゴンと言ってもいい。

 地面に腹を着けて伏せているライトアーマードラゴンの背にエミルが飛び乗ると、ドラゴンはその長い首を空に向けて大きく翼を開いてはためかせる。

 徐々に浮上するライトアーマードラゴンに高度を上げ街の外に出るように命令を下すと、素直に城壁を飛び越えて町の外へと飛び出す。

 ある程度の高度さえ取っていれば、地上のモンスター達に感知されることはない。
 上空から街を囲む敵を見ていると、その多さに息を呑む。地面を覆うように蠢く様々なモンスター達がさながら、敷き詰められた絨毯の様だ――。

 しかし、千代の街を囲うモンスターはアンデット系――つまり、スケルトンやゾンビなどのモンスターが多い気がする。おそらく。これが原因で清い水の張られた池堀に足を踏み込めないのだろう。

 もしも強引に進軍などしようものなら、軍団の殆どのモンスターはたちどころに浄化され、戦力の大半を失った敵軍は始まりの街、千代の連合軍に容易に弾き返されてしまうのだ。

 現実でも東北は怨霊や妖怪の伝承が色濃く残っている地域でもある。
 フリーダムでもその伝承に従い。アンデット系のモンスターの生息が多く、これはフリーダムの各都市が実際に存在する都市を文字ったものであることも、現実世界の都市をリスペクトしているからに他ならない。

 だが、それにしても。上空から見下ろしてあらためて紅蓮達の策がどれほど有効に機能しているか分かる。
 元々、千代の街には川が流れていたがこれほどの水堀はなく。後から作ったのは明白だが、穴を掘ってもシステムの自動修復機能で本来は元に戻ってしまう。

 それを防ぐには何らかの遮蔽物で修復部位を遮り修復を阻害するしかない。しかし、それに大量の水を用いるのはそうそう思いつくものではない。だがなによりも、それを短期間で行える連携と効率化が千代のプレイヤー達のなによりも素晴らしい点だ。

 始まりの街でも、もっとより多くの協力的なプレイヤーがいれば、自ずと結果は違ってきたであろう。

 エミルは紅蓮達の防衛策に感心しながらも、心の中では全く正反対のことを考えている自分に皮肉まじりの笑みを浮かべた。

「紅蓮さん達もこの数を相手に防衛しかないと考えているのに……無限に湧き出すモンスター相手に攻勢に出るとか、常軌を逸しているわね……明日の作戦は木材の伐採が目的――ならば、私は失敗しても傷跡は残すわ! 敵の最後尾に!」

 彼女の命令に従う様にライトアーマードラゴンは敵の最も後方を目指して一直線に飛んでいく。
 しばらくしてやっと敵の最後尾が見えてきた。距離にして5キロもの距離を敵が包囲している現状をあらためて見て絶望感が増す中。心のどこかでこの絶望的な状況を期待している自分もいた。

 無数の敵を見て不思議と笑みが溢れる自分に、エミルは少し困惑していたが、すぐに首を横に振って。

「どっちみち1人でこれだけの敵を相手にするんだから、この感情も利用させてもらうわ!!」

 エミルはライトアーマードラゴンの背から飛び降りると、ライトアーマードラゴンが煙になって消える。

 落下しながら手に持った巻物を広げ、紐の先に付いた笛を鳴らす。
 エミルの姿を覆い隠すほどに広がる煙の中からリントヴルムがその白い鱗に覆われた姿を現した。

 翼をはためかせてホバリングするリントヴルムの肩に乗ったエミルが、地上に蠢くモンスターの軍勢を見下ろしながら叫ぶ。

「さあ覚悟なさい! 最初から全力でいくわよ!」

 両手で腰に巻いたベルトから勢い良く二つの巻物を引き抜き、紐の先の笛を掴んで空中に投げる様に乱暴に広げ、口の左右に同時に咥えた笛を鳴らす。

 リントヴルムの両脇にダイヤモンドの鱗に覆われたドラゴンと、黒い漆黒の鱗に覆われた龍が現れる。

 それはダイヤモンドドラゴンとヘルソードドラゴンだった……。

 2体はリントヴルムの装甲であり武器である。エミルの持つ破格のアイテムの中でも最上級に位置する武闘大会の景品であり、覇者である者の証し――第4回大会の報酬『融合の笛』によって、リントヴルムを別次元の強さまで引き上げる。

 エミルは首から下げていた赤青黄の3色が混じり合った『融合の笛』を鳴らすと、3体のドラゴン達が上空に上がりに光の球体に変化する。

 球体が割れ、中から光とともに七色に輝く翼の生えた竜人が現れたその手には、漆黒の薙刀が握られている。
 漆黒の薙刀を持ち、七色に輝くダイヤモンドの鱗に囲まれたその神々しい姿はまるで、ドラゴンの神のようにも見えた。

 現れたダイヤモンドの鱗に覆われた竜人の肩に乗ったエミルが腰から剣を引き抜きその切っ先を地上の敵に向け徐に口を開く。

「その節穴の目でとくと見よ! これが私の切り札――数多くのドラゴンの中でも最大にして最強の僕! リントヴルムZWEI!! この最強の龍神をも恐れぬ者は掛かってきなさい!!」 

 彼女の声に共鳴するように龍神が手に持った薙刀を振り被ると、刃が折り曲がり鋭利な刃を覆うように漆黒のオーラを纏う。

 地上に降り立った龍神は、その手に握った大鎌をモンスターの軍団目掛けて勢い良く振り抜く。
 地上にいた剣と盾を持ったスケルトンが大量に宙に舞うと、瞬時に光になって消えていく。味方がやられたことで、感知外にいた周囲のモンスター達もリントヴルムZWEIを敵と認識したのだろう。

 弓を持ったスケルトン達が矢を放つが。しかし、直撃するリントヴルムZWEIにはフリーダムで設定されている最低ダメージの値である『1』しかダメージは与えられない。しかも、弓を手にするスケルトンの数は全体でもそれほど多くはなく。それほど気にする必要もないレベルだ――。

 間髪入れずに龍神が大鎌を振るうと、再びスケルトンが数百単位で宙を舞う。それはもう斬っているというより、大量の土砂を削ぎ取っている様にも見える。

「リント! 矢は極力風で弾き返しなさい!」

 エミルの指示に従うように大きな翼を広げて風を掴むと、飛んでくる矢に向かって風を当てつける。

 次々に軌道を乱し地面に落ちていく矢が、ほとんどリントヴルムZWEIの体に掠ることもなくHPの減少はほとんどなくなった。
 風を起こしながらも攻撃の手は緩めない巨大な白銀の龍神に、モンスター達はまともに抵抗することもできずに撃破され、周囲にキラキラとした粒子の様な光の消滅時のエフェクトを舞い上げている。

 足に纏わり付いて攻撃するモンスターもいるが、リントヴルムZWEIが足を振り上げるだけで容易に撃破されてしまって、その膨大なHPを大幅に減少させるには至らない。

 勝負は一方的に展開され、敵の数がどんどん減っていく。正直、ダイヤモンドの鱗に覆われたリントヴルムZWEIには殆どの攻撃が最低値しかダメージを与えられない。違法武器『村正』の効果でレベルがMAXだったとしても、フィールドやダンジョンにポップする程度のモンスターでは攻撃力はたかが知れている。

 リントヴルムZWEIと互角に渡り合うには高レベルダンジョンのボスクラスでなければ無理だろう。始まりの街の攻防ではルシファーと対峙し、結果相打ちになってしまったが。ボスクラスの敵でなければ、リントヴルムZWEIの足元にも及ばないのだ――。
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