第202話 黒い刀と黒い思惑3

文字数 4,231文字

 街に向かって進んでいく途中、眉をひそめて不安そうな顔で遠くを見つめていたエミルの瞳が星に向けられている。

「星ちゃん。街に行ったら、私の側を離れちゃだめよ? 無理も絶対だめ! とりあえず。私の攻撃の間合い5m以上は離れないこと! いいわね?」
「はい。でも――」
「――いいわね?」
 
 星が言葉を返そうとして口を開いた瞬間。エミルが念を押すように先程より強めに言った。さすがに星も、それにはただただ頷くしかない。

 頷いた星を見て、安堵した表情になったエミルは再び前を向き直す。
 最初から星を連れていくことに、あまり乗り気じゃなかったエミルは土壇場にきて少し後悔しているのだろう。

 星を城に残すと、ライラがくるかもしれないと思い。勢いで連れていくのを了承したところが大きい。
 まあ、どちらにしても星にしてみれば、この状況に持っていければ良かったのだから、なんの不満もない――あるのは微かな不安と胸騒ぎだけだ。そして、その不安は現実に変わる……。

 街の近くまできて、高度を落とすリントヴルムの背中に乗っていた星達にも街の惨状が入ってくる。
 街の至る所から上がる悲鳴、怒号、武器の当たり合う金属音、それらが入り混じってまるで戦場だった。

 その光景を冷静に見つめると、エミルは徐に口を開く。

「これは街に降りるのは止めた方がいいわね……少し離れた場所に降りるわ――」
「――ッ!?」

 その時、星の目に飛び込んできたのは、今まさに黒い刀を持った男に斬りつけられようとしている少女の姿だった。

「レイ!」

 もうそう口に出した時には、星はリントヴルムの背から飛び降りていた。

 レイニールは驚き目を見開いたが、すぐに星を追い掛けるように急降下を開始し、星の服を掴むとパタパタと忙しなく翼を動かしてゆっくりと地面に向かって降りていく。

 だが、その星の行動に一番驚いたのはエミルだ。

「――あの子はもう!」

 星は落下しながらコマンドを操作してエクスカリバーを取り出す。

(……お願い。間に合って!)

 徐に剣の先を、黒刀を振り上げている男に向けながら大きく叫ぶ。

「ソードマスターオーバーレイ!!」

 すると、胸の辺りで何かが強い光を放つ。

 それはさっきライラから渡された鳩を象ったシルバーのペンダントだった。
 直後。星の剣先が向いていた男の足場が金色に輝く光の柱が立ち上がり、男の振り下ろされた黒い刀のダメージが『1』で固定される。

 地面に着地した星が剣を握り締めながら走り出そうとしたその時、耳元で誰かがささやく。

『ほら、そっちだけじゃない……向こうも、あっちも危ないよ?』

 脳の中を何度も反響する声、それは幼い女の子の声だった。

 星が横目で周囲を見ると、様々な場所で助けを呼ぶ声が聞こえる。その声も何度も頭の中を波紋の様に反響し、星の思考は完全に停止する。

「……誰も死なせない……」

 そう口に出した星は、力強く地面を蹴った。

 駆け出していく星の体は、一瞬のうちに男と少女の間に割り込み素早く黒刀を弾くと、次の一撃で完全に黒い刀を破壊する。

 今日やっていた練習の成果が出た場面と言えるだろう。ガラスが割れるように結晶と化した黒い刀が消えると使い手は我に返って、きょとんとした様子で「俺はどうしてここに?」と呟いている。

 だが、星はそんなことなど目に留める様子もなく、即座に次のプレイヤーの救出の為に駆けていく。

 更に自分の固有スキルを使用して、速くなったスピードがまた数段と速くなる。
 星の固有スキル『ソードマスター』は星専用の武器『エクスカリバー』を使用した時だけ、GM権限のあるプレイヤー管理能力のある『ソードマスターオーバーレイ』へと進化する。元々は使用する剣の能力を引き出す程度でしかない。

 いつも側を飛び回っているレイニールも、元は『竜王の剣』というレア装備でしかなかった。だが、武器に固執した能力であるのは言うまでもない。
 使用する武器によって様々なスキルを使用することができる反面、ライラの『テレポート』やエリエの『神速』と言った固有スキルとは違い。武器がなくなると、スキルの使用ができないというデメリットもある。 

 そして今の彼女の固有スキルの能力は謎の聖剣『エクスカリバー』の敵の能力値を全て『1』に変更し、己の能力に添加する能力――それは相手の敏捷や筋力のステータスも含まれていた。

 強いて言うなら、今の彼女はスキルを使用すればするほど、能力を倍加させていくのだ――。

 ほぼテレポートに近い速度まで上昇した俊敏性をフル活用して、星は即座に近くにいた5人の妖刀を文字通り塵に変えていく。

 星の姿が現れた直後に鳴り響く金属音と、それが砕け散った時のバキーンという破裂音が交互に襲う。

 驚きを隠せないという顔で呆然と星の姿を見ていたレイニール。

 だがその直後、再び走り出そうとした星の体が、倒れる瞬間に手を地面に突くこともなくドサッと力無く地面にうつ伏せに倒れる。

「――ッ!? 主!!」 

 何が起きたのか分からないまま、レイニールは咄嗟に倒れた星の方に飛んでいくと、倒れている星の顔の近くに降り立つ。

 地面に倒れ込んだままの星は荒い息を繰り返し、とても苦しそうだ。

「主、大丈夫か!?」
「はぁ……はぁ……だ、だいじょう……ぶ。ちょっと、転んだだけだから……」

 そう呟き、のっそりと起き上がる星の顔を、レイニールは心配そうな表情で見上げていた。
     
 星は今にも泣き出しそうな瞳で自分を見つめているレイニールに微笑む。だが、その顔からは滝の様に滴り落ちる汗が流れている。

「大丈夫だよ……でも、この事は、エミルさんには内緒にね……心配すると、だめだから……」
「……主」

 汗を滲ませ辛そうなのにも関わらず、にっこりと微笑む星の姿にレイニールは小さく頷いた。しかしそれは、彼女の意見に賛同してではない。

 もし、エミルがこの事実を知ったら、星と喧嘩になるのは火を見るより明らかだ――そうなれば、疲労している自分の主が更にその華奢な体に疲労を蓄積させていくだけと分かっていたからだ。

 このことは、エミルには絶対にバレるわけにはいかない。

 明らかに体に、何らかの異常をきたしているのは間違いないだろう。
 それもそうだろう。メリットだけでこれだけの力を使い続けられるわけがない。きっと気付いていないだけで、何か致命的な欠陥がこの固有スキルにはあるのだ。

 だがそんなことは、使用している星自身が最も分かっていることだろう――しかし、彼女は戦うのを止めようとする素振りすら見せなかった。

 剣を地面に突き立て、なんとか立ち上がる星を見つめたレイニールは。

『どんなことがあっても、この危なっかしい主を支えていこう……』

 っと、心の中で強く誓った。
 星とのやり取りの直後、遠くからエミルが慌てて駆け寄ってくるのが見えた。 
 
 エミルはふらついている星の両肩を掴むと、星の体の至る場所を撫でるように見て。

「はぁ~。怪我はしてないわね……もう、また無理して! 寿命が縮まったわよ!」

 そう言ったエミルの言葉は星の耳には全く入っていなかった。
 何故なら「どうしてこんな事に……」「俺の仲間達を返せ」など、彼女の目の前では今さっき星によって助けられた人達が嘆き悲しんでいる姿が映し出されていたのだ。

 更に被害者に執拗に責められている加害者も「知らない」「記憶がない」と泣きながら弁解している。

(この事件は被害者も加害者もない……全ての人が不幸にしかならない……)

 そう思ったら、もう星は居ても立ってもいられなかった。

「……こんなことしていられない。早く次に……」

 星は覚束ない足取りで、何かに取り憑かれたように歩き出す。
  
 だが、固有スキルを立て続けに使った影響なのか、思いとは裏腹に体が言うことを聞いてくれない。
 使う前から特別なスキルなのは分かっていたが。星自身もこれほど、体に影響を起こすと思ってもみなかったのだ。

 ふらふらと体を左右に揺らして、重い足を引きずるようにしながらも、必死に歩こうとする星の体をエミルが引き止めた。

「――もうふらふらじゃない! そんな体でこれ以上どうするつもりなの!」
「まだ……まだ、やらないと……わたしが、やらないと……」

 うわ言の様に 何度もそう口走る星をエミルがしっかりと抱きしめた。

 潤んだエミルの瞳からは溢れた涙が頬を伝っている。

「やっぱり最初から無理だったのよ。オーバーワークだったの……私が練習の時にちゃんと止めていれば……」

 その言葉から察するに、エミルは星が練習の疲労からこんな状況になったと思っているのだろう。まあ、練習での疲労は少なからずあるかもしれない。この世界がゲームであっても、永遠に戦えるような仕様にはなっていない。

 いや、もしも体は無限に疲れなかったとしても、長時間プレイしている以上は精神がすり減っていくのは防ぎようもない事実。

 どんなに楽しくても、疲れないゲームなどない――それが全身の感覚を共有し、常に脳に緊張を強いるVRゲームならば尚更だ。

 だが、一番の原因はプレイしている星が小学生で、ゲーム事態もこれが始めてということが大きく影響しているのは言うまでもないが、彼女の必要以上に気を使う神経質過ぎる性格が最もの原因であるのは疑う余地もないだろう。
 しかし、星の疲労はライラに襲われた時に現れた不思議なマントの女性の虹色に光るヒールストーンで回復したはず。と言うことはやはりこの尋常じゃない疲労は間違いなく、固有スキルの発動によるものが大きいと思われる。

 エミルは肩で息をする星を抱きかかえると、地面にちょこんと座って心配そうな顔をしているレイニールに告げる。   

「レイちゃん。マスター達と合流するから、私達を連れていってもらってもいい?」
「だが、どこに居るか分かるのか!?」
「分かるわ。これだけ状況が悪ければ、きっと向こうも戦闘をしているはず。きっと『明鏡止水』でサラザさんの固有スキルの『ビルドアップ』を使っているわ!」

 それを聞いた途端、レイニールの瞳が希望でキラキラと輝き出す。

「なるほどな! 金ピカに光ってれば分かりやすい。あんな変わった姿をしている人間を見つけるのは簡単なのじゃ!」

 エミルは一瞬、レイニールは自虐とも取れるセリフに『自分の普段の姿を忘れているのか?』と思いながらも、喉まで出かかった言葉をすぐに飲み込んだ。
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