第228話 奇襲当日4

文字数 5,646文字

 その直後、改めて自己紹介をしようと口を開いた瞬間。また割り込むように今度は赤髪の活発そうな少女が手を上げた。

「はいはーい! 次は私! いいわよね? 私はギルド『POWER,S』のリカ。固有スキルは『フェイント』攻撃の時に、勝手にフェイントを入れてくれるの! それで拳帝! 私、貴方の大ファンなの。是非サインを頂戴!」

 興奮気味にカウンターに左手を突くと、前に乗り出してマスターに向かって右手で持ったグローブを渡す。

 マスターは「ああ、いいとも」とグローブを受け取り、見える手の甲の部分に大きく『拳帝』とサインする。
 まあ、この世界ではマスターは超が付くほどの有名人だ。彼の対応を見るに、こういうことにも慣れているのだろう。

 それを受け取ると、リカは嬉しそうに胸にグローブを押し当て、今度は右手を突き出し握手を求め、マスターはそれにも快く応じる。

 横にいた赤髪の少年は大きくため息を漏らすと、彼女をたしなめる。

「リカ。彼のファンなのは知ってるけど、こんな状況なんだ。少しは自重しろよ」
「いいじゃん。カムイには関係ないでしょ? それに拳帝も嫌がってないし……一緒に戦える事ができて、私嬉しいです!」
「あ……ああ、共に頑張ろう」

 赤髪の少年をチラッと睨み、興奮冷めやらぬ様子でマスターの手を強く握り締めて黄色い悲鳴を上げている彼女。
 
 だが、カレンがそれを面白く思っていないのは、もはや言うまでもないだろう。
 何度かこういうことはあったのは、間に入って止めないのを見れば分かるが。現にカレンは、物凄く不機嫌そうに細目でリカのことを睨んでいた。

「はぁ……僕の双子の姉がお騒がせして申し訳ない。リカはギルドマスターで、僕はサブギルドマスターのカムイ。固有スキルは『神速』だ、よろしく」

 髪の色と瞳が同じ色のこともあり。なんとなく兄妹ではないかとは思っていたが、まさか双子とは……。

 しかも、しっかりした感じのカムイが弟で、活発な感じのリカが姉というのは言われても何となくしっくりこない。それにカムイの固有スキルが、エリエと同じ『神速』ということも興味深いところだろう。

 リカの暴走で自己紹介を中断されたかたちとなったが、今度は漆黒の鎧にドラゴンの兜を被った男が名乗りを上げた。

「俺はギルド『メルキュール』のギルドマスター、ダイロスだ。固有スキルは『豪腕』スキルのレア度は高くはないが、一撃だけ攻撃力を100倍に上げてくれるいいスキルだ。必殺の一撃とでも言えばいいのかな? 付いた通り名は『瞬殺仕事人』なんて不名誉なものだがな……リアン」
「――は、はい!」

 慌てて返事をした髪を三つ編みに結んだ少女が驚き、慌てて声を上げた。
 一瞬だけ彼女の青い瞳が緊張に潤んだように見えたが。彼女はすぐに冷静になり、声を張ってハキハキと告げる。

「同じ『メルキュール』のサブギルドマスターのリアンです。固有スキルは『幻影』簡単に説明すると、幻覚で敵の意識をずらして隙を突くスキルです。よろしくお願いしますです!」

 そこまで言い終え、最後で気を抜いてしまって失敗したことに気が付き、真っ赤に染まった顔を両手で覆いその場に落ち込んだようにしゃがみ込んだが、すぐに立ち上がり「よろしくお願いします」と先程の取り乱した彼女とは別人のように平静な面持ちで言い直す。
 
 その直後、エルフの男が待っていたように口を開く。

「僕はギルド『ネオアーク』のリーダーでトールだ。固有スキルは『ウィンドアロー』放つ矢に風属性のダメージを追加できる。また、放った後の正確なコントロールも可能だ。よろしく!」

 肩にかからないくらいの白髪に青い瞳。そしてトールという名前。彼は間違いなく昨日星と接触した男だった。
 まあ、フィールドボスクラスの敵を相手にしても全く動じない精神と高い戦闘技術を見せられれば、只者ではないことは分かってはいたのだが……。

 彼が自己紹介を終えると、すぐにその隣の青い短髪に黄色い瞳のエルフが言葉を発した。

「同じく『ネオアーク』のサブリーダーのハイルだ。固有スキルは『アクロバット』その名の通りだ。よろしく」

 社交的なトールとは違い淡々と話す彼は、あまり口数の多い方ではないのだろう。

 隣にいたトールが苦笑いを浮かべ、彼に変わり補足説明を行う。

「ハイルの『アクロバット』というスキルは通常の20倍のジャンプを行えるスキルでね。着地時のダメージも受けない。飛ぶとまではいかないものの、それに近い芸当はできる。また、彼には通り名もあって『蒼天のスナイパー』と呼ばれている。口数は多くはないが悪い奴じゃない。仲良くしてやってほしい」

 身振り手振りを交えつつ話すトールが皆に軽く頭を下げた。その様子から、どうやら悪い人間ではないらしい。

 っと、次にこの空間でオカマイスターの次に怪しいと言ってもいいどう見ても職業やジョブなどがあるなら僧侶にしか思えないが、屈強な肉体を持った坊主頭に法衣、首には似つかわしくない大きな鉄の数珠を下げた2人男。

 彼等は手を前に突き出し数珠を手に合掌しながら大きく一礼すると。

「我はギルド『成仏善寺』の僧、無善。固有スキルは『憑依』モンスターの体を乗っ取り意のままに動かす技なり――」
「同じく『成仏善寺』の僧、浄歳。固有スキルは『ゾーンバインド』周囲の敵を拘束し、動きを封ずる――」
「「――拳帝殿と共に戦える事、嬉しく思いまする。どうか、我等の力。人々の為にお使い下され!」」

 僧侶という見かけによらずの豪快な息の合った挨拶を披露し、もう一度深々と一礼すると彼等は前を向いて合掌した。それには皆呆気に取られていたが、変わってはいるが彼等も悪い人間ではなさそうだ――。

 そして最後に生産型ギルドでも大規模な勢力と言われている『平凡な日常』のギルドマスターとサブギルドマスターの成年2人が互いに顔を見合わせて示し合わせたように頷くと、ギルドマスターのローブを羽織った黒髪の成年が話し出す。

「僕は非戦闘ギルドで生産を生業にしている『平凡な日常』のギルドマスターです。もちろん今回の戦闘にも直接的な参加はできませんが、間接的に貴方達を支援する事は約束します。現在この始まりの街は僕達の拠点であり、確実に街を守り切ってもらいたいと考えています」

 彼の言葉を聞いて、サブギルドマスターの男が小さく数回頷く。

 だが、それを聞いていたネオが金色の龍の形をした煙管を吹かし。

「ふん。随分と身勝手な言い分だな……」

 っと彼に聞こえるように皮肉たっぷりに呟いた。しかし、それは他の者達も同じなようでピンク色の店の中に、更に不穏な空気が広がっていく。

 店の空気を察してか、これ以上拗れるのが嫌だったからか、マスターが「止めんか!」と一喝する。

 ネオは両手の平を上にして呆れ顔というか、バカにしたように小首を傾げて見せた。そして彼が、ほっとした表情で言葉を続けた。

「僕達が今日この場を訪れたのは、この街に居る非戦闘派の人の代弁をしに来た事が大きい。生産を行えるゲームである以上、僕達も立派なプレイヤーです。無論、戦闘に必要な物資は無償で提供します。これは他のこの様な決起部隊にも連絡しています。また、戦闘系の方より素材などを多く保有しなければならない我々は、拠点や固定客を失えば多額の損害をこうむるのも事実。そして僕達はモンスターとの戦闘をできるだけ避けているので、全体的にレベルが低い。生産スキルがレベル制でない以上、自身のレベルを上げるメリットもあまりないですしね……僕達は全力で貴方達を支援します。なので、貴方達はこの街と僕達生産職のプレイヤーを全力で守って頂きたい! これは物資を無償で提供する我々との等価交換の原則に則って当然の義務だと考えています! なので、そちらの『街を捨てての撤退という』言い分だけを一方的に呑む事はできません! どうか、防衛を前提とした打開策を考えて頂きたい!!」

 頭を深々と下げる彼等に、周りの者達は複雑な表情を浮かべている。

 だがそれも無理はない。この場に集まっている殆どの者が、モンスターがいつか消えると考えている者などいなかったからだ。つまり、モンスターとは所詮データの集合体でしかなく、仕様によりすぐにまた指定の場所で蘇るものだからだ――。

 即ち防衛するということは、外部からの助けがくるという――その微かな可能性に賭け、果てしない消耗戦を続けなければならないということなのだから。
 少なくとも、ここに居る者の殆どがギルドのマスター、サブマスターなのだ。自分の仲間を他人任せの勝ち目も逃げ場もない長期戦に巻き込もうとする者などいるはずがない。

 皆の視線は彼等の言葉を聞いて瞼を閉じ、顎の下に手を当てているマスターに向いていた。

 これは生産系を生業とした商人と力を貸してくれる戦闘系の者達のどっちを取るかということでもあり。
 各ギルドマスター達は彼の返答次第では、この作戦から抜けてもおかしくないほどのピリピリとした空気を放っている。

「そうだな……お前達の意見は分かった。だが、モンスターは無尽蔵に増えているという情報も流れているのだが……街に籠もってどうするつもりだ?」

 遂に発したマスターの言葉は彼等に譲歩するものではなく、逆に問い掛けるようなものだった。

 思いもよらない彼の返答に、彼等も少し狼狽えた表情を見せたが、すぐに言葉を返してきた。

「だ、だからそれを考えてほしいと言っているのです! どうして分かって頂けないのですか!!」

 分かってもらえない憤りからバンッ!っとカウンターの板を叩く彼に、マスターは大きなため息で返した。

「はぁ……儂だって、防衛戦での勝率があればそうしている。住み慣れた場所を離れず。しかもその方が安全だからな、通常、攻城戦は3倍の兵力がいると言われている。だが、それは人対人ならばの話だ――防衛して勝算があるならば、儂も迷わず籠城戦を選択していただろう。しかしだ! リスクを冒してでも、包囲網を突破すると決めたのは、そうしなければ全滅すると考えたからであり、それなりの理由があるのだ! もし、お前達にも打開策があるならば、今この場で皆に説いてみよ! 皆を納得させるのは儂ではなく、お前達の役目ぞ!!』

 マスターの鋭く光る瞳が彼等を捉え、彼等は狼狽えた様子で数歩後退ると、怒りに拳を震わせると、凄まじい覇気を放っているマスターを指差し言い放つ。

「い、言いたい放題言えるのも今のうちだぞ! 拳帝だかなんだか知らないが、いい気でいられるのも今のうちだけだ! 俺達はお前達みたいな自殺志願者に支援なんてしないからな! 物資は防衛戦に賛同したプレイヤーに行う事にする! 俺達を甘くみた事をたっぷりと後悔させてやる!!」

 そんなベタな捨てセリフを吐いて、彼等は血相を変えてサラザの店を飛び出していった。

 皆、それを冷ややかな目で見送り。店内に重苦しい空気が立ち込める中、マスターが徐に口を開くと。

「――皆、儂のせいで生産型のギルドの支援は受けられなくなってしまった。すまん……」

 そうマスターが頭を下げると、メルディウスが大笑いする。それにつられる様に周りからも称賛の声が上がる。

「さすが師匠。スカッとしました!」「元々あんなウジムシみたいな連中に期待なんざしてないさ」「防衛戦は消耗するだけで活路はありません。マスターの判断は正しいです」「さすが拳帝! それでこそ私の憧れの人ね!」

 などの聞こえてきた。

 しばらく、鳴り止まなかった拍手がやっと静まり返り。エミル達のこともその場にいた者達に自己紹介を終えてマスターが微笑む。

「ならば、作戦の概要を説明しよう」

 真剣な面持ちでカウンターに地図を広げ、マスターが作戦の内容を話し出す。

「まず、儂等のギルドのメンバーでレベルの高いボス級の敵を撃破する。その後、合図と共にお前達が突撃して突破し。それから儂の仲間が街の中の者達を連れて街から脱出する! 合図がなければ失敗だ。その場合、本来の作戦通りに籠城戦へとシフトする!」

 マスターが仲間達の方を見ると、エミル達は決意に満ちた表情で深く頷き返す。

 だが、他のギルドの者達は不満を爆発させるように一斉にざわめく。

「さすがに拳帝のギルドのメンバーでもマズイでしょ……」
「そんな事させられるわけない!」
「敵に囲まれているボスと交戦するとは正気の沙汰じゃないぞ?」

 トール、リカ、ダイロスが言った。

「バカが! 死にたいのか!?」
「自殺行為だ」
「「我等もお供を!」」
 
 ネオ、ミゼ、無善、浄歳が言う。

 普通に考えれば敵の密集している場所に行って無事で済むはずもなく、絶対に失敗する作戦だろう――しかし、無論マスターも勝算のない勝負をする人間ではない。だとしても、この賭けは相当勝算のない自殺的行為だと言われても仕方がない。

 ざわめく彼等に向かって、マスターが静かに告げる。

「我々は即席の連合軍だ。どんなに統制を取ろうにも、訓練されたような一糸乱れぬ動きはできん。だが、この者達は儂と苦楽を共にして来た気の知れた者達だ。最も連携を取りやすい。しかも、モンスターを動かしている者に作戦を悟られたくない。隠密行動をしつつ、最も敵の撃破の可能性の高い方法を導き出し、これしかないという考えに至ったのだ。仲間達も皆、了解してくれておる」

 マスターが仲間達の方を向くと、何の迷いもないような顔でエミル達も微笑み返しもう一度深く頷く。
    
 それを確認して、マスターは満足そうに言葉を続ける。

「今夜奇襲作戦を決行する! 客員、それぞれに仲間達に情報の伝達を頼む! それでは皆、頼むぞ」
『おー!!』

 力強く拳を突き上げると、大声でマスターの言葉に応えた。

 その後は蜘蛛の子を散らすように、皆がバラバラにサラザの店を後にしていく。


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