第65話 ファンタジー5

文字数 3,640文字

 エミルの言っていた【ドリームフォレスト】とは、始まりの街から飛んでいって30分ほどの距離にある広大な森で、そこには童話の中に登場するような幻想種と呼ばれる種族が多く生息している場所であった。

 フリーダム内でも初心者に人気が高く、強いモンスターでもLv50程度とそれほど強くもないので、今回の目的を達成するには適した場所と言えるだろう。

 エリエは上空を進むリントヴルムに揺られながら、エミルに尋ねた。

「ねぇ、エミル姉。ドリームフォレストって確か、フィールドボスは幻獣キマイラだよね?」
「そうよ。ライオンの顔に山羊の角、そして蛇の頭を付けた尻尾を持つモンスターね。Lvは100――でも、私達なら余裕で倒せる相手よ」

 エミルはリントヴルムの手綱を操りながらエリエの質問に淡々と答えている。

 その時今まで黙っていたデイビッドが口を開いた。

「エミル。1つ聞きたいんだが……」
「……何かしら」

 エミルは振り返ることなく答えた。

 そんな素っ気ない彼女に、デイビッドはそのまま言葉を続ける。

「エミルはこのフィールド攻略で本当は何が知りたいんだ?」
「何って、さっきも言った通り。敵の生態調査とパーティーの連携の練習よ?」

 エミルの言葉を聞いて、デイビッドは納得いかないと言いたげな顔で眉間にしわを寄せている。

 だが、彼女の言ったパーティーの連携の練習は実戦というかたちではあるが、がしゃどくろの最終形態まではしっかり取れていた。
 しかも、今更練習などしなくても、高レベルプレイヤー集団は個々の能力を発揮すれば、大抵の敵はなんとかなるのも事実。

 それを見ていたエリエが間に入るように口を挟む。

「まあ、ようするにエミル姉が確認したい事に、私達が協力すればいいって話でしょ? それにエミル姉が話したくない事を無理に聞き出す必要もないしね!」
「……エリー」

 エリエはエミルに優しく微笑んだ。

「そうだな、俺も気にしすぎていたみたいだ。ごめんなエミル」
「いいえ、謝るのは私よ。でも、行けば必ず分かるからそれまでは……」
「ああ、分かった。俺はお前を信じる」

 デイビッドにそう言われ、ここまで表情一つ変えない険しい顔から、エミルはようやく笑顔を見せた。

 それからしばらくして、エミルはリントヴルムにドリームフォレストの手前の平原に着陸した。すると、エミルは着地してすぐにリントヴルムを巻物の状態に戻す。

 普段ならば、それほど急いでリントヴルムを巻物に戻さない。しかも、本来の目的地よりもだいぶ離れた平原に着地したことに、エリエが不思議そうに首を傾げ尋ねた。

「ねぇー、エミル姉。どうして森に降りなかったの? ここからだと、まだ少し距離があるけど……」
「降りてもいいんだけどねぇー。リントヴルムは強いモンスターだから、森にいる強いモンスターを呼び寄せちゃうのよ。今回はフィールドボスには会いたくないから」
「えぇ~。つまんないよ~」

 それを聞いたエリエは、不満そうにそう言って口を尖らせていると、イシェルが徐に口を開く。

「――まあまあ、エリエちゃん。そういうんも鬼ごっこみたいで楽しいやろ?」
「えっ? あっ、はい! そうですね……」

 優しく微笑むイシェルに、エリエは何故か俯き加減に答えた。

 以前、エミルの城の大浴場でもイシェルに対して、少し遠慮……というか、萎縮している印象を受けた。

 その様子を見ていた星は不思議に思ったのか、ふとエミルを見上げ。

「あの、エミルさん? エリエさんとイシェルさんって仲が悪いんですか?」

 星がそう尋ねると、エミルは一瞬だけ視線を逸らし、少し言いにくそうに答えた。

「そうね。仲が悪いというか、トラウマかしらね……」
「……トラウマ?」

 そう聞き返して首を傾げている星に、にっこりと微笑んでエミルは言葉を続ける。

「そう。昔エリーがギルドに入ったばかりの時、イシェによく怒られてたのよ……その時の事が忘れられないのか、エリーは未だにイシェのことが苦手なの」
「へぇ~。そうだったんですね」

 星が相槌を打つと、エミルはそんな星に微笑み掛け「いい子の星ちゃんには関係ない話かもしれないわね」と優しく頭を撫でた。

 星は顔を真赤にしながら照れていると、辺りにデイビッドの声が響いた。

「ほら、皆。早く行かないと日が暮れてしまうぞ?」

 その声に促されるように、皆も森へと向かって歩き始めた。
 森に辿り着いた星はその光景を見て思わず声を上げた。

 辺りの木には光る星の形をした実がなり、森の至る所を色鮮やかに光る大きなホタルのようなものが飛びかっている。

 星はその飛び回っている光を指差してエミルに尋ねる。

「エミルさん。あのホタルみたいな光は何ですか?」
「ああ、あれは……見てもらった方が早いかもしれないわね。行ってみましょうか!」
「……えっ!? いえ、私は、怖いからいいです!」

 エミルは笑みを浮かべると、嫌がる星の手を引いて、まるで子供の様に無邪気に光りの元へと向かって走り出す。

 強引に手を引いて前を走るエミルに、星は心配そうに眉をひそめている。

(どうしたんだろうエミルさん。普段はこんな事しないのに……)
 
 星は困惑しながらエミルの顔を見上げる。

 だが、そんなことを考えている間にも謎の光は徐々に近付いてくる。

 星は迫ってくる謎の光りに慌ててみたものの、エミルは止まる気配すらない。

(もうだめだ!)

 星が心の中でそう叫んで強く目を瞑る。

 それから少ししてエミルの優しい声が星の耳に入ってきた。

「ほら、星ちゃん。目を開けてごらんなさい」
「……えっ?」

 その声に従うように恐る恐る瞼を開くと、目の前で小さな妖精が星の顔を不思議そうな顔で覗き込んでいた。

 透明の羽から光の粒子を出しながら、ホバリングしている妖精が星の鼻先を指先でツンツンと突くとにっこりと可愛らしく微笑んだ。

 しかし、星はその状況を理解できずにきょとんとしたまま、目をぱちくりさせている。

「――星ちゃん。驚いたか~?」

 星がその声の方を向くと、そこには微笑んでいるイシェルの姿があった。

「イシェルさん? 驚いたってどういう意味ですか?」
「その言葉の通りやよ? これはな。エミルが星ちゃんの為にエミルが考えたサプライズなんよ!」
「サプライズ?」

 その言葉を聞いた星が不思議そうに首を傾げた。

「ちょっとイシェ! それは言わない約束でしょ!?」

 そんなエミルを見て笑みを浮かべると言葉を続ける。

「そうなんよ! エミルはな~。星ちゃんが落ち込んでいるから、ファンタジー好きの星ちゃんに喜んでもらおうとこの企画を考えたんよ?」
「エミルさん。私の為に……」

 星は瞳を潤ませながら、エミルを真っ直ぐに見つめると、エミルは恥ずかしそうに頬を赤く染めている。 

 そんなエミルをイシェルは優しい眼差しで見つめ、再び話し始める。

「このフィールドにはな。お話の世界で出てくるようなモンスターがぎょうさんいてるんよ」
「そうなんですか!?」
「ふふ、その妖精さんにも触れるんよ?」
「へぇ~」

 星はそれを聞いて目の前の妖精に向かって手を出した。
 妖精は星のその手に自分の手を合わせるとにっこりと微笑み星の顔の周りを飛び回り始めた。

 それを見たレイニールが警戒するように星の前に出て妖精を睨みつけた。

 妖精は踊るように星の上空を飛び回ると光の粒子が星に降り注ぐ。

「うわぁ~。綺麗……」

 その光を見上げると、まるで夜空に煌めく星のように見えた。

 エミルは嬉しそうに妖精を見上げている星を優しい眼差しで見つめている。

「はぁ~。そんな事だろうと思った」

 エリエは分かっていたように「ふぅ~」と息を吐いてそう呟いた。

「確かに……エミルの頭の中は星ちゃんの事でいっぱいだからな」
「当然ですよ。星ちゃんは素直でいい子ですからね。俺もあの子の為なら、なんでもしてあげますよ」

 デイビッドとカレンが並んでそんな会話をしていると、その背後からサラザの腕が2人の首をがっしりと絡ませて涙を流している。

「うわ~ん。友情って本当にいいわねぇ~」
「「………」」

 号泣しているサラザを見て、2人は無言のまま顔を引きつらせている。

「――妖精さん。とても綺麗でした。ありがとうございました!」

 星がそういうと妖精はにっこりと笑い星の周りを数回飛び回って、森の中へと消えていった。

 星は手を振って妖精に別れを告げると、エミルの元へと駆けてきてにっこりと微笑んだ。

「ありがとうございます。エミルさん」
「ええ、いいのよ。楽しんでもらえてるなら……でも、内緒にしててごめんなさいね。最初に言えばよかったわね」
「いいえ、私こういうの始めてで……でも、今とっても嬉しいです!」

 申し訳無さそうにそう言ったエミルに、星は微笑んで見せると「それなら良かった」とエミルも微笑み返した。

(とりあえず、作戦の第一段階は成功やね。良かったな~。エミル)

 そんな2人の姿を見ていたイシェルはそう心の中で呟き、優しい眼差しで微笑んだ。
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