第196話 ライラの企み3

文字数 2,933文字

 エミルは緊張で表情が硬くなっている星に微笑みながら告げた。

「まだ向き合って戦うわけじゃないから、そんなに緊張しなくていいのよ?」
「……えっ? 違うんですか?」

 そのエミルの言葉に、星は肩透かしを食らった様にぽかんと口を開けたまま首を傾げている。
 まあ、それも当然と言えた。なんせ互いに二本の木刀ならぬ木剣を用意され、その片方を渡されればそう勘違いするのは無理はない。

 エミルは剣を地面に突き刺すと、後ろから星の両肩に手を乗せ耳元で優しくささやくように言った。

「――いい? 剣を持つ時は肩の力を抜いて、敵に当たる瞬間に力がかかるように振り抜くの」
「でも、最初から力を入れていた方がいいんじゃないんですか?」

 星のその疑問は最もだ。最初から最後まで全力を込めて振り抜いた方が攻撃力は上がりそうなものなのに、どうして脱力するのか理解できない。

 眉を寄せて難しい顔をしている星に、エミルはゆっくりと、しかし、しっかりと諭すように告げた。

「そうね。でも、ずっと力を入れているのって大変なのよ? それに当たるのは一瞬なのだから、その時にだけ全力を出した方がいいと思わない?」
「う~ん」

 だが、エミルの目論見は外れ、言葉に唸りながら星が更に首を傾げ、黙り込んでしまった。

 その様子にエミルもどうしたらいいものかと、考え込んでいる。

 しばらく考え込んだ末に「よし」と声を上げたエミルは、今度は小さな丸太と歯の付いた剣を取り出す。

 星に向かってエミルが「ちょっと危ないから離れててね」と告げると、低い姿勢で剣を構えた。

 直後。鋭く睨むと気合いを入れるように、叫んで持っていた剣を振り抜く。すると、地面に突き立てられていた丸太は真ん中から綺麗に割れて地面に落ちた。

 星がその丸太に駆け寄ってじっくりと見てみると、その切り口がとても綺麗で星は無意識に思わず声を上げた。

「すごいです!」
「ふふっ、ありがとう」

 星に褒められたのが嬉しかったのか、エミルもにんまりと表情を綻ばせた。

 エミルはもう一度星に離れるように告げると、再び丸太を地面に突き立て同じ剣を自分の前に構え直した。

 一度大きく深呼吸して剣を頭上に振りかぶると、今度は全身の力を込めて一気に振り下ろす。

「はああああああああああッ!!」

 先程よりも大きい掛け声の直後に、木に剣の当たる大きな音が響く。

 星は間違いなく丸太を切り伏せたと思ったのだが。その予想と反して、エミルの全力で振った剣は丸太を半分ほど切ったところで、突き刺さったまま止まっていた。それを見た星の頭上には『?』が浮かんでいる。

 間違いなく一回目よりも二回目の方がモーションも木に当たった音も大きかった。しかし、結果は見ての通り、丸太にがっしりと木の剣が食い込んだままだ――。

 星はエミルが剣から手を放したのを確認するや否や、確認する為に丸太に駆け寄っていく。
 丸太を見た星は更に不思議そうに首を傾げながら、納得いかないという表情見せている。すると、その横からエミルが話し掛けてきた。
 
「星ちゃん。どうして斬れなかったか分かる?」
「いいえ……どっちも同じ剣なのに。どうしてですか?」

 その問いに、エミルはにっこりと微笑みながら答える。

「それは速度が違うからよ。力を入れるのは斬る瞬間だけ……重要なのは力じゃなくて脱力なのよ。剣は鈍器じゃないわ。だから、力を入れるのにもメリハリが重要なの。実戦だと剣速が最も重要になる。まず、星ちゃんは剣に慣れることから始めてもらおうかな」

 エミルはそう告げると、別の丸太を設置して木製の剣に持ち替えた。
 数歩後ろに下がったエミルが剣を構えると、一瞬の刹那に上段、中段、突きの3打を打ち込んだ。

 もちろん。全く力を入れずに無駄のないスピードで、だが丸太を切り抜くことなく素人の星が見ても美しいフォームだった。その姿を羨望の眼差しで見つめていた。

 エミルは剣を地面に刺し、星の方をくるりと向き返すと瞳を煌めかせている星を見た。

「とりあえず。基本的なこの3種類の攻撃モーションを覚えてもらおうかな」

 だが、星にはとてもエミルのような、鋭い攻撃を放つことができそうにない。
 まあ、ゲームを始めてまだ一ヶ月程度の星に、ベテランプレイヤーのエミルと同じような動きをしろと言う方が無理だろう。

 不安そうに眉をひそめている星に向かって、エミルが悪戯な笑みを浮かべ呟く。

「これくらいできるようになってもらわないと、合格点はあげらないわよ?」 
「――ッ!?」

 それを聞いた星は首を振ると、真剣な面持ちで剣の柄を握り締める。

 直感的に、星にはエミルの言葉は本心から出たものだと確信した。もし、ここで自分が無理だと言ってしまえば、きっと次にエミルが戦うことを許可してはくれないだろう。

 待ちに待ったこのチャンスを、みすみす逃す訳にはいかない。
  
 星は木製の剣を自分の前に構え、地面に突き刺さっている丸太を見据え。

「やります。私はもっともっと強くならないとダメだから」

 っと、勢い良く地面を蹴って剣を振り下ろす。

 勢い良く丸太の上段にヒットした星渾身の一撃の直後、当たった反動で星の持っていた剣が弾き飛ばされ、クルクルと空中を舞って遥か後方の地面に刺さった。

 星は自分の手を見下ろしながら、ジンジンと痛む両手をぎゅっと握る。
 
(……すごい衝撃だった)

 内心驚きを隠せない星だったが、すぐに地面に刺さった剣を抜く。
 普段の戦闘時の星は体が強張るほどに力を入れていた。だが、今回は脱力しつつ剣速を上げることを意識している。

 当たった直後に力を込める……言葉の意味は理解できるが、剣速を意識しすぎると力を込めるタイミングが遅れてしまう。その為、脱力した状態で丸太に当たって、容易に弾き飛ばされてしまったのだ。
 もちろん。ここはゲームの世界。大人と子供のステータスに違いはなく、その差はリーチとその数値分の攻撃力くらいなものだ――。

 でも、こんなことくらいで弱音を吐いていたら、敵と戦うことなんてできるわけがない。
 しかも、今の状況下で戦う相手はモンスターではないのだ――意志を持って向かってくるプレイヤーが相手になる。素人の星でも、対人戦の方が難しいのは理解している。

 生半可な覚悟では戦えない。AIと違い、思考を持って戦う相手との戦闘には戦闘技術以外にも、想いの力が強く作用することを星は分かっていた。それは敵意であり決して好意ではない。星は強い憎悪を向けられたら、きっと萎縮してしまってまともに戦えなくなるだろう……。

 だからこそ、誰にも負けないくらいの技術が必要なのだ。それに……これ以上。皆の後ろに隠れているのが星には我慢できなかった。
 仲間が傷付くのを後ろで指を加えて見ているくらいなら、自分が傷付いた方が何倍も楽だと星は本気で思っていた。

 自己犠牲とかそういう簡単な言葉では表せない。もっと深い何かが、自分を心と体を突き動かすのを感じる。

 何度も何度も剣を飛ばされながらも、星は丸太相手に剣を振り続けた。 
 いくら額を汗が流れようとも、その汗が目に入ろうとも、一心不乱に星は剣を振り下ろす。その姿からは、星の戦いに対する強い想いを感じざるを得ない。
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