第360話 別れの宴会3

文字数 3,327文字

 長いお説教を受けたエリエとミレイニは疲れ切った様子でげっそりとしている。

「ごめんなさいねサラザさん。随分と遅くなってしまって……」

 そういって申し訳なさそうにサラザに軽く頭を下げるエミル。

 そんな彼女をカウンターの席に座るように促すと、その後ろに立っていたエリエとミレイニにも同じように席に座るように言った。

 エリエとミレイニは席に着くなり、カウンターに顔を付けるように倒れ込んで大きなため息を吐き出す。

 その大きなため息を聞いたサラザは2人に料理を小分けにした皿を差し出したが、エリエもミレイニもその皿に手を伸ばそうとしない。この2人が料理に手を付けないというのは、それだけエミルのお説教で疲れたということなのだろう……。

 料理に手が伸びない2人を他所に、カレンとレイニールがサラザの作った料理を次々に平らげていく。

 星はガツガツと食べ進めているそんな2人を横目で見ながら、小皿に取り分けている酢豚を少しずつ口に運んでいる。
  
 それからしばらくして、レイニールとカレンの食べる早さが収まっていくに連れて、カウンターに伏せてぐったりしていたエリエとミレイニが、今までの食欲を取り戻すように食事を始めていた。

 その様子を見たガーベラとカルビ、孔雀マツザカも楽しく談笑しながら料理に箸を付けている。
 料理の作るサラザも、うきうきしながら鼻歌を口ずさんで上機嫌な様子だ。だが、星にはこの食事会が楽しければ楽しいほど、これで本当に最後なのだと実感してしまう。

 それを察しているのか、エミル達もこの時を全力で楽しもうとしているようにも見える。
 
 ミレイニとオカマイスターのガーベラ、カルビは仲良く話をしているし。エリエとデイビッド、カレンはカウンターを隔ててサラザにデイビッドの悪口を言って、それにカレンがエリエの悪口を言っては、今度はエリエがカレンに噛み付きサラザとデイビッドがそれを止めるというテンプレのようなやり取りを繰り返している。

 そして星とエミルは、孔雀マツザカのマジックショーを見ながら、楽しげに談笑していた。今は孔雀マツザカの黄色いモヒカンが背中から出てくるという芸を見せている。

「あの目立つモヒカンが消えるなんて凄いわね。星ちゃん」
「はい」

 エミルは微笑みを浮かべながら、星の方を向くとそんな彼女に星も微笑み返す。

 食事に集中していたレイニールも、もう食べ物を食べることに飽きたのか、星の頭の上にパタパタと飛んできてちょこんと乗った。
 
「主。もう食べなくてよいのか?」
「うん。もうお腹いっぱいだから……」

 そういって微笑む星に、レイニールは「そうか」と短く返して前を向く。

 口数は少なかったが、それも星との別れが近いことを察しているからなのだろう……だが、それをレイニールは口にしようとしない。それを口に出したら、雰囲気が悪くなるのを避けたのだろう。
 
 
 それから数時間もの間。サラザの店で宴会を行っていたエミル達だったが、さすがに時刻が午前1時を回ったことで星やミレイニのことを考えてお開きにしたのだが……。

 年少組のミレイニと星はまだまだ元気なようで、眠くなっていない。まあ、現実世界ならまだしも、ゲーム内ではどのプレイヤーも均等にステータスが割り振られている。

 実年齢がなんであれ、身長などで攻撃範囲が狭まるのは攻撃力と攻撃速度、移動速度に自動で割り振られるボーナスポイントで相殺される。
 アバターの状態で差別をなくすシステムは、身体能力だけではなく精神面でも同じなのである。つまり、星とミレイニがいくら幼くても、疲労も眠気も同じくらいで感じるのだ――。

 元々、この世界での睡眠はシステムを一度リセットして再移動させる為の、一種のセーブポイント作りでしかない。
 ログアウトできる状況となった今の正常なシステム状態なら、仮想メモリーに蓄積できるデータ量が限界を超えない限りは、激しい睡魔は襲ってこないだろう。
 
 ギルドホールを出たエミル達は、繁華街がまだ多くのプレイヤー達が行き交い。まるで熱が冷めないお祭り騒ぎで、煌々と提灯や店の明かりが江戸時代の様な町並みに広がっていた。

 通路を覆うほどの人集りが、店から店へと移動している。そんな中でも、もう店に入り切れずに外で酒やジュースなどの飲み物を一気に飲み干している者達もいる。

 ギルドホールを出たエミル達がメルディウス達を探して、繁華街の人波を掻き分けていると、ある店の前からメルディウスが出てきた。

「おう! ごちそうになったな店主!」

 のれんを腕で持ち上げて店の中に向かって叫んでいた。

 中から出てきた紅蓮と星の目が合う。まあ、視線が同じくらいの高さなのだから当たり前だが……。

 目が合った星は視線を逸らすと、紅蓮はその横にいるエミルの顔を見上げた。

「用事は終わりましたか?」

 視線を逸らされた星のことは全く気にしていないのだろう。その声音は普段通りというか、全く動じている感じがなくて怖いくらいだった。

 エミルは紅蓮の顔を見て「ええ」と短く告げると、紅蓮は「そうですか」と口元に微かな笑みを浮かべる。

 そして紅蓮は言葉を続けた。

「なんと言っても、今回の戦闘の功労者は貴女方です。主賓がいなければ、せっかくの宴会もどうしても華に欠けます。本当はマスターとも…………いえ、なんでもありません」

 紅蓮はぼそっと呟き、すぐにその言葉を呑み込んだ。

 彼女にとって、マスターがいなくなったことは相当大きなことだったのだ。だからこそ、安堵した今になって彼女の口から彼の名前が出てきたのだろう。

 普段と変わらず無表情なはずなのだが、どこか寂しそうにも見える紅蓮の後から白雪、小虎が現れる。

 小虎はデイビッドの姿を見つけると、表情を明るくして彼の方へと駆けてきた。
 
「随分と掛かってたみたいだけど、もう荷物の整理は終わったんですね!」
「ああ、もう終わったよ」
「それじゃー、四次会は参加できますね!」

 嬉しそうに笑った小虎にデイビッドも頷いて返した。なにより驚きなのは、こちらがまだ二次会になろうとしているのに、彼等はすでに四次会まで進んでいることだった。それは相当なハイペースで、彼等が飲み続けていたということの証明でもある。

 そんな中、メルディウスの側にギルドメンバー達が複数人集まり。彼に涙ながらに頭を下げると、メルディウスはそんな彼等の肩を叩く。その後、空中で指を動かしてスッと消えていく。

 そして彼の前にいるギルドメンバー達が全員消えていくと、彼は拳を天に振り上げた。

「よし! 次の店に行くぞー!!」

 そう次の店に向かって、ギルドメンバー達を先導しながら歩き出した。

 ぞろぞろと店から出てくるギルドメンバー達が全員出たのを確認して、紅蓮がエミル達を先導して歩いていく。
 彼等が次にいったのは、千代でも大きな酒場の一つで外見は時代劇などで出てくるような大きな店の名前の書かれた2つの提灯が店先を照らしている。

 その提灯には『大国屋』と書かれている。酒場というよりは旅館という感じの外観であり、その外観を見る限り相当な数のプレイヤーが入りそうだ――。

 そこにメルディウスを筆頭に、紅蓮、白雪、小虎、剛のギルドを代表とするプレイヤー達が入っていく。それにエミル達が続き、その後をぞろぞろと彼等のギルドメンバー達が入っていった。

 木造の廊下を歩いて行くと、聞き慣れた声が耳に飛び込んでくる。障子の戸で仕切られた前の廊下に置かれた木製の立て看板には『メルキュール』と書かれていた。

 メルキュールは始まりの街の大手ギルドで千人規模の大きなものだ。そのギルドマスターは特徴的な漆黒のドラゴンを模した兜に漆黒の鎧を身に纏う『ダイロス』そしてサブギルドマスターは茶色く長い髪を三つ編みに結んだ西洋の鎧を身に纏った『リアン』だ。

 彼等のギルドも始まりの街からの離脱に一役買った言わば、信頼して気を許せる仲間である。

 エミルが前を歩く紅蓮に「彼等と一緒にしないのか?」と尋ねると、紅蓮は歩みを止めることなく無言のままその場を去った。エミルがその彼女の様子に困惑しその場に留まっていると、背中から肩をポンと叩かれた。
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