第334話 姉としての意地

文字数 3,205文字

* * *


 星の姿を見失ったレイニールは、星との約束を守る為に黄金に輝く玉を持ってエミルの元に急いでいた。
 来た道を急いで戻り。エミルの元に着くと、森の入り口にある切り株に腰を下ろしていたが、その表情は暗く周囲の空気は重い。

 そこには覆面の男のアジトを突き止めると息巻いて出ていったミレイニやエリエの姿もあった。だが、メルディウス達の姿はなく、ミレイニとエリエを見つけたことで役目を終えたということもあり街に戻ったのだろう。

 レイニールは重そうな黄金の玉を持ってフワフワとエミルの元に向かうと、顔の前で止まってじっと目を見る。
 その視線に耐えかねたエミルは咄嗟に視線を逸らしたが、レイニールがすぐに視線の先に移動して言った。

「――エミル。お前は、どうしてこんなところでじっとしておるのじゃ!」
「……どうしてって、私にどうしろって言うのよあなたは……」

 ふてくされたように吐き捨てた彼女に、レイニールはむっとした表情で叫ぶ。

「姉だと自負していたお前が、お前が主を追いかけないでどうするのじゃ!」
「だって仕方ないじゃない! ステータスは最低値に固定されたんだから……あの子には勝てない。私は…………無力なのよ……」

 レイニールの言葉に反論したエミルだったが、最後は弱々しく呟き俯くしかなかった。
 
 だが、いつもの彼女ならば自分のステータスが弱体化したことなど引き合いにも出さない。レイニールはその言葉を聞いて、更に怒りを表に出すと持っていた黄金の玉を地面に置いてエミルの胸ぐらを掴み上げる。

「エミル! お前はそんなことを言わない奴だったはずじゃ! 弱くなったからどうした! 主との絆は変わらないんじゃないのか? そんな保守的なお前などお前らしくないのじゃ!」
「……あの子は敵だった。敵だったのよ……私に言ったわ、私達を騙す為の演技をしていたって……昼間はあんなに楽しそうにしてたのに、あれも全部演技だったのよ!」

 顔を上げて叫んだエミルとレイニールが鼻を突き合わせて互いに睨み合っていると、そこに聞いたことのない何者かの声が響く。

「あはははっ! 妹だと思っていた子に裏切られたんだって? かわいそー。でも、本当の姉じゃないんだから当然よね! でも安心していいわよ? あの子は私がこの手で殺してあげたから……」

 レイニールとエミルが一斉にその声の方を向くと、そこには空に浮いている長い黒髪を束ねた赤い瞳の小学生くらいの女の子がいた。

 その手には星の着ていた服がボロボロの状態で握られていた。少女は不敵な笑みを浮かべて、それをエミルに見せびらかす様にヒラヒラと揺らす。

 星の服の哀れな有様を見て、動揺して動けなくなっているエミルに変わってイシェルが素早く弓を構え、浮遊している少女を射抜く。
 光の矢が少女に当たるが、その威力はたかが知れている。周囲に広がる煙を煙幕代わりに、素早くエミルの体を抱きかかえるとその場を離れようと走り出す。

 直後。その方向へ先回りするように少女が姿を現して勝ち誇った様に不敵な笑みを浮かべている。

 イシェルは悔しそうに唇を噛むと、舌打ちしながら呟く。

「チッ! 時間操作系の固有スキルか――こんなんチートやないか……」 

 だが、イシェルがそう思うのも無理はないだろう。時間を操作できるということは、時間を止めて自分達の命を容易に消し去る事ができるということだ。それがどれほどの脅威になるかは、子供でも分かることだ――。

 勝ち誇った笑みを浮かべている少女を見て、イシェルは地面にエミルを下ろしてその前に立ちはだかると。

「殺し足りないって言うなら、うちを殺せばええ! せやけど、うちの仲間達には手出しせんと約束して!」
「――イシェ!!」
「ええんよ。うち一人でエミル達を護れるんやったら、安い取り引きや……」

 そう言って振り返ってにっこりと微笑んだイシェルに、エミルは涙を流しながら首を横に振ったが、イシェルは再び前を向いて「どないや」と少女に尋ねた。

 少女はニヤリと笑うとポケットの中から取り出した虹色に光る宝石をイシェル達の頭上に放り投げる。
 直後にエミル達に虹色の光が降り注ぎ、イシェルはエミルをかばうように体を重ねた。彼女の心配を他所に、エミル達のステータスは通常時の数値まで一気に上昇する。

 自分のHPバーを確認してステータスが戻ったことを認識すると、不思議そうにイシェルとエミルは首を傾げる。
 それもそうだろう。本来なら倒す相手の弱体化したステータスをわざわざ元の数値まで回復させる必要はない。しかも、少女の使った回復アイテムは、ベテランプレイヤーのイシェルやエミルでさえ知らない代物なのだ。

 訝しげに体のあちこちを調べている彼女達に向かって、少女は満足そうな笑みを浮かべながら言い放つ。
 
「私はフェアな戦いが好きだ――ステータスはお互いに最大。そして、お前達の中で代表者一人が私と戦え……そうだな。青髪の女、お前が私と戦え!」
「――ッ!?」

 少女の言葉に驚いたイシェルが慌てて、彼女に言葉を返す。

「うちがやる! 一人だけ代表者を立てるなら、誰でもええやろ!」
「……ちょっと待つし! その勝負。あたしが受けるし!!」

 イシェルのその言葉に誰よりも早く反応したのは、少女ではなく炎帝レオネルのアレキサンダーに乗ったミレイニだった。

 それに一番驚いたのは、イシェルでも少女でもなくエリエだ――手を上げているミレイニに叫ぶ。

「バカ! あんたが戦って勝てるわけないでしょ!?」
「チッチッチッ……エリエこそ何言ってるし。あたしはこの中で一番強いし!」

 苛立つイシェルの気配を察し、エリエは顔面蒼白でアレキサンダーに乗っているミレイニの足を引く。しかし、ミレイニはイシェルの放つ殺気に気が付いてないのか、未だ強気に胸を張っている。

 だが、そこに今度はレイニールが立候補する。イシェルが殺気をみなぎらせながらレイニールを観るが、それ以上にレイニールの発している殺気は凄まじいものがあった。

 その瞳に宿る復讐心は、その場にいる誰よりも凄まじく、レイニールの瞳は怒りに満ちていた。
 まあ、無理もない。主人である星を手にかけ、その証拠にボロボロに引き裂かれた彼女の服をぞんざいに扱う少女に憤るのは当然だろう。

 なんと言っても、最後に星にあったのはレイニールなのだ。その姿は未だに鮮明にレイニールの脳裏に焼き付いているに違いない……。

「我輩がやる! 奴が主を殺したのなら、我輩が奴を殺さなければならない!!」

 巨大化し、ドラゴンの姿になったレイニールは、その鋭い瞳で少女を睨みつけている。さすがにこれにはイシェルも恐怖を覚えているのか、反論どころか微動だにできないようだ。

 少女はそれだけで人を殺しそうな凄まじい殺気を受け、余裕とも取れる笑みを浮かべていた。

「ドラゴンか……面白い。あの子を相当したっていたようだが、その巨体ではただの動く的でしかない。妹同様にその五体をバラバラにしてやる!」
「…………妹ですって?」
 
 少女の放ったその言葉に反応したのは、レイニールでもイシェルでもなくエミルだった……。

 今まで抜け殻の様になっていた彼女とは比べ物にならない殺気を放ちながら、エミルは少女の方に向かって歩き出す。

 イシェルの止める声も聞かずに少女の前までいったエミルは、宙に浮かんでいる少女に向かって尋ねた。

「――貴女は実の妹を……家族をその手で殺したと言うの?」
「ああ、そうだ。その存在が目障りだった……憎んでいた。それを殺してなにが悪い! 私の家族を私が殺してなにが悪いって言うんだ!」

 それを聞いたエミルは俯き加減に「そう……」と小さく呟いて、腰に差していた剣をゆっくりと引き抜くと、その剣先を少女に向けて鋭く睨みつけた。
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