第194話 ライラの企み

文字数 3,403文字

 エミルの天敵であるライラはカレンが言うには、早朝どこかに消えていたらしく。それもあってか、マスターを中心に話は順調に進んで行った。

 どうやらマスター達は、街に出て昨晩の村正騒動を独自に調べていたらしい。しかし、有力な情報は聞けずじまいで、何の手掛かりも得られないままひとまず戻ってきたという話だった。

 結局。エミルと星も被害にあった『村正』だが、その全貌は未だに謎のままだ。
 しかも、エミル達の居た宿屋以外の場所でも発生していたとマスターの口から聞いた時には星も驚いたが、テーブルいっぱいに広げた街の地図に付いた多くのバツ印からは、類似点は感じられない。

 もちろんバツ印は事件が発生した場所なのだが、それを線で繋いでみても五芒星を描くわけでもなく、六芒星を描くわけでもなく、何か他の物を象っているわけでもない。

 そう考えると、村正を何者かが自分の鍛冶の腕を見せる為に大量に作ってばらまいているだけ――なんてことも考えてしまう。

 しかし、エミルは昨晩の出来事で黒刀を所持していた男の、モンスターからドロップしたという言葉を聞き忘れてはいなかった。
 っと言ってもそれだけだ――真相は分からないにしても。こちら側が何らかの対応を取らなければいけないことに変わりはない。

 だがエミルの言葉を聞くまでもなく、マスターもすでにその事実は承知していることだった。

 マスターは持っていた駒を地図上に置き、その駒を中心に次々に円を描いていくと、20箇所近い円がほぼ街の全体を覆い尽くす。

「加害者――いや、奴等も被害者か。その話をまとめると、武器はモンスター『ホブゴブリン』のドロップによって入手したらしい。しかもドロップ率は100%だ。これを考えると、すでに多くの者が『村正』を所持しているとみて間違いない」

 その言葉を皮切りに、マスターは手に持った棒で地図の一点を突く。その直後、皆も食い入る様に地図を見下ろす。

 皆の視線が集まったのを確認してから、マスターが口を開く。

「見ての通り、街の出入り口は全部で4箇所。この場で検問をするという手もあったが、素直に渡す者の方がおそらく少ないだろう。逆に興味本位で使用される危険もある。そこで、儂が取った対策が街の高台から街全体を監視する方法だ」  
「確かにこの方法なら、近い者が現場に駆けつけて対処できます。それに、事態に遭遇した者達から噂というかたちで街中に注意喚起ができますが。でも……」

 マスターの意見に、エミルが口を開いて表情を曇らせている。
 確かにマスターの作戦は最も迅速かつ円滑に事を運べる最良の策だろう。だが、今のままではとても現実的ではない策でもあった。

 それもそうだ。今この場に居る人数では、明らかに人員が不足している。
 また、村正にはPVPでHPを『0』にできる機能が備わっている。PVPでは回復アイテムの使用ができない以上、それを考慮に入れると一対一の戦闘はできる限り避けなければならない。

 そうなると、現実的にエミル達の守れる範囲は、5箇所程度ということになる。本来マスターの予定していた監視場所の四分の一でしかないのだ。このままでは、街全体をカバーするのは不可能に近い。

 かと言って人数を減らして、メンバーの中から犠牲者を出すわけにもいかないだろう。いくら腕に自信のある古参のプレイヤー達でも、まだ武器の全貌も分かってはおらず、理性を失った村正所持者相手に一対一では心許ない。

 この状況下で最善の対策を考え、苦悩しているエミル達を見守りながら。

(やはり自分は皆と同じ場所には立てない。みんなの役には立てないのか……)

 っと星はそう思うと、どうしようもないくらいに胸が締め付けられるのを感じた。その時、何者かが自分の両肩に手を置くような感触を感じて、星は慌てて振り返る。すると、そこには微笑みを浮かべているライラの姿があった。

 先程のカレンの話だと、ライラはどこかにいったはずなのだが、それがどうして……っとは感じるものの。元より神出鬼没な彼女だ、別に今この場所に現れても不思議ではないのだろう。

 突如として星の背後に現れたライラの姿に、今まで皆と一緒に苦悩した表情で考え込んでいたエミルが、猛獣の様な顔付きでライラに鋭い眼光を浴びせる。

 ライラはそれを察したのか、すぐに両手を挙げながら星から離れた。
 エミルを刺激しないようにするその素振りから、今回はエミルを挑発する気はないらしい。

「ちょっと待ちなさいよ~。お姉さんは、まだなにもしていないわよ~?」

 だが、その相変わらずの口調が、エミルの敵意を刺激したらしく。

「うるさい! 今すぐ私の前から消えないと許さないわよ!」

 大きくテーブルを叩いて、エミルが立ち上がる。エミルにとって、その言葉は最後通告なのだろう。
 何故なら、ギリギリのところで理性で踏み止まっているということは、エミルの体から発せられている殺気から十分感じ取れた。

 直ぐ様。ライラが星から距離を取ると、急いで星に駆け寄った。そして、徐に口を開く。

「――あの村正だけど。私達の調べた情報だと、あれはプレイヤーのステータスそのものを、別のプレイヤーのものに上書きするシステムが組み込まれてるらしいわ」

 そのライラの発言は、その場に居た全員を震撼させるには十分過ぎるものだった……。

 皆が驚くのも無理はない。今までは村正を装備することで、使用者の性格に影響を及ぼすと考えていた。しかし、ライラの発言から察するにそれは間違いで、使用者はステータスも性格すら全くの別人のものになる。というのだ――。

 それはつまり、自分のキャラクターを一時的とはいえ、何者かに乗っ取られるということを意味していた。これはオンラインゲームで言うところのアカウントハックと同じであり、必ず悪事を働く分、更に悪質と言える。

 見た目には、アカウントハックの様に金品などを強奪されていないのだから、何の問題もなく思えるのだが、事はそれほど単純ではない。

 何故なら、この事件では本来は被害者のはずだった人物が殺戮を繰り返す加害者へと変わってしまう。しかも、事が終われば元の自分に戻りに、周りからはまるで殺人鬼の様に扱われてしまうのだ。

 キャラの死がプレイヤーの死に直結する状況でなければ、実害はあってないようなものなのだろうが、今の状況ではその後のプレイヤーの人生を狂わせるほどの一大事なのである。

 この事実に最も憤ったのは、以外にもデイビッドだった。

「ふざけている! 侍の魂である刀を、こんな事に利用するなんて!!」

 怒りを抑えきれず。柄にもなくテーブルを力一杯に叩いたデイビッドを皆一斉に見つめた。

 日本の侍を模した鎧と刀を愛していると言ってもいい。そんな彼のことだ、刀を悪事に利用するのが心の底から許せないのだろう。だが、熱くなっているデイビッドとは裏腹に、驚いた表情を見せていたエリエが冷静に言葉を返した。

「――いくら熱くなったって無理だよ。だってデイビッド弱いし……今回は大人しくしてなよ」
「くぅー。お前は、どうしていつも俺をバカにするんだ! エリエ!」

 声を荒らげるデイビッドに、エリエは冷静な声音ではっきりと答えた。

「だって、私に勝ったことないじゃん。固有スキルも『1』残せないと無意味だし。アマテラスだっけ? あの技だって、効果範囲がコントロールできないんでしょ? もう、デイビッドに勝てる要素なんて一つもないじゃん」

 彼女の心を抉る様な的確な言葉に、ぐうの音も出ない様子のデイビッドは唇を噛み締め、ゆっくりと椅子に座る。

 肩を落とすデイビッドの姿を横目で見ると、エリエはしてやったりという顔付きで笑みを浮かべた。 

 その発言から分かるように、エリエはデイビッドに負けたことは事実らしい。
 ダークブレットのアジトでの一件でも、エリエの並外れた戦闘センスは証明されている。まあ、実際に武闘大会の連続優勝者であるエミルも彼女のレイピアを使用した剣術には一目を置いているのだ――。

 再び沈黙が流れる部屋の中。ライラが衝撃的な一言を言い放つ。

「安全に村正に対処したいなら、その子を使えばいいじゃない」

 その直後、無責任とも言える彼女の突拍子もない言動にエミルが怒りを抑えきれず、ライラに向かって飛び掛かった。だが、エミルの手がライラに触れるよりも早く彼女の姿が消える。
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