第299話 マスターの最大の敵2

文字数 2,899文字

 マスターは口元に不敵な笑みを浮かべると、覆面の男に向かって言った。

「どうやら、まだ夢でも見ているようだな。この世界では自滅はありえん。最も、己がそれを望まん限りはな!」

 そう告げると、彼の返答を待たずにマスターは地面を蹴って彼に襲い掛かる。

「いや、それがあるんですよ……」

 余裕な表情でニヤリと笑みを漏らす男にマスターの拳が炸裂しようとしたその時、間を遮るように何者かが割り込んできた。
 マスターの拳を間に入った者の拳で迎撃する。凄まじい破裂音と衝撃波が辺りに広がり、周囲に生えている森の木々を衝撃で捻じ曲げる。

 地面に着地し、自分の攻撃を防いだ者の顔を見てマスターは絶句した。
 それもそのはずだ。目の前に立っていたのは紛れもなく自分と同じ容姿の人物だった。

 黒い道着に尻尾の様に垂れた後ろで結んだ白髪に、肌は褐色になっているという違いはあれど、その目鼻立ちは間違いなく自分そのものだった。

「――なに、儂だと?」

 驚く彼を目の当たりにして覆面の男は面白可笑しく笑う。

 そしてしばらくして笑うのを止めると、大きく息を吸って呟く。

「貴方は素晴らしい。その力はすでに、このゲームでバグとして削除されてもおかしくないレベルですよ! しかし、私の用意した彼は、私の権限でその数値すら超えている。しかも彼には貴方の身体能力。このゲームで、これまで培った全てのスキルが入っています。つまり、貴方では絶対に勝てない最悪の相手ということです――自分の最大の敵はその己の力そのものなんですよ! 拳帝!!」

 そう告げた直後、彼を守るように立っていたマスターのコピーが、本体である彼に攻撃を仕掛けてきた。
 一瞬で目の前に現れたその姿にマスターが目を見開いていると、ものすごい衝撃が彼の体を突き抜ける。

 まるで蹴り飛ばされた道端の石ころの様に軽々と吹き飛ばされたその体が地面を転がり、木々も岩も突き抜けて遥か先にある木に背中を打ち付けてやっと止まった。だが、むくっと立ち上がったマスターはすぐにヒールストーンを体に軽くぶつけて受けたダメージを回復する。

「どうですか? 私からのプレゼントは……貴方の一撃は効くでしょう? さあ、自分に撃破されて、この世界からも現実世界からも消えてしまいなさい!!」
「…………ふふっ、そうか。これが好敵手と出会った時の感覚か――悪くはないな……」

 マスターはニヤッと笑みを浮かべると、体の前に拳を構える。
 すると、間髪入れずに地面を高速で移動しながら、コピーが肉眼で捉えるのがやっとの勢いで向かってくるとまるで弾丸の様な拳を突き出す。

 その攻撃を間一髪でガードするが、その勢いを抑えきれずに後方に勢いよく吹き飛ぶ。
 しかし、今度は地面を踏ん張ってギリギリ止まることができた。いや、正確には吹き飛ばされてもギリギリ踏ん張れるくらいの勢いに抑えたと言った方が正しいかもしれない。

 彼は、コピーが拳を突き出したと同時に後方に大きく跳んで勢いを殺していたのだ――本来。初激の一撃で、マスターのHPを削り切るには十分なほどのダメージを受けていた。だが寸前で攻撃をガードし、しかも後方に跳ぶことによってその威力を抑えたのだ――。

 初激ではその力を見切れずに相殺しきれなかったが、二度目の攻撃ならばそんなことはありえない。達人の域に達しているマスターにとって、コピーの一撃の威力を見定めるのに一発受けるだけで十分であり、戦闘経験の差が今のこの状況を作り出したのである。
 
 とは言え、さすがは彼のコピーだ。攻撃が効いていないと見るや、すぐに次の攻撃を仕掛けてくる。それをマスターも分かっているのか、すぐに迎撃の体制に入り先程と同じようにコピーの攻撃の威力に合わせて勢いを殺す。

 彼等の戦いを見て不気味に笑う覆面の男。まあ、マスターが防戦一方になっている姿は彼にとって相当な娯楽なのだろう。
 まあ無理もない。彼のコピーは覆面の男が己で手を加えて作り出したもので、プログラマーとしても科学者としても興味深い対象なのだ――。
 
 防戦一方のマスターは攻撃を受けながらも、隙を見てヒールストーンで回復を入れている。

 ここはさすがと言ったところだろう。瞬きする程度の時間で向かってくる攻撃の合間を見極めるのは針の穴に糸を通すようなものだ――しかし、ギャラリーはそうはいかない。さすがに同じことの繰り返して飽きてきた様子の覆面の男がニヤリと不敵な笑みを浮かべると、コピーに距離を取るように指示を出す。

 マスターは警戒を解かずに拳を構えながら突然の彼の行動に、訝しげな瞳で洞窟の入り口に浮いている覆面の男を見上げる。
 度重なるマスターのコピーの攻撃で地面は崩壊し、もはや周囲は見る影もなく。木は衝撃波で吹き飛ばされ、大きく抉られた地面は地割れの様に大きな亀裂を数多く作っていた。

「マスター。もう貴方に興味はありませんよ。がっかりです…………決めろ! あの者を消し飛ばしてしまえ! 真の拳帝よ!!」
「――ッ!?」

 彼の言葉の直後、マスターの目の前でコピーの全身から漆黒のオーラが炎の様に立ち上がる。
 それはマスターの持っている中でも最も信頼する固有スキルの一つであることは間違いなく。しかも、その手にはトレジャーアイテム装備『デーモンハンド』がはめられている。

 それはマスターの戦意を喪失させるには十分だった……。


 マスターは固有スキルを発動した直後からHPの回復ができない。そして回復の為にスキルを解除すれば、再使用には24時間という膨大な時間が掛かる。
 普段ならそれほど苦にならない時間だが、相手が自分のコピーであり強化版であれば、そのクールタイムは膨大な時間へと変わる。

 固有スキルを惜しげもなく使える奴とは違い、マスターは固有スキルの発動は不可能に近い。

 実力で上回っている相手に回復アイテムがないというのは、流石の彼でも勝負にならない。
 その後の戦況は圧倒的で、固有スキルを発動したコピーに一方的にいたぶられるかたちになった。もはや防御もできず、回復アイテムでなんとか命を留めている状態だ――。

 これほど一方的にやられている彼の姿など見たこともない。

「はっはっはっはっはっはっ! もう虫の息のようだな! 拳帝とまで呼ばれた男が哀れだね!」
「…………くっ、まだ……終わらんのか……」

 地面に伏せて苦しそうに顔を上げるマスターが、うわごとのように呟く。

 そんな彼に向かって、覆面の男が叫ぶ。
 
「終わりなんて来ませんよ! 貴方が死ぬまではね。これはPVPではありません! HPは残らない。脳にダメージに受け続け、負ければ貴方は死ぬんですよ! ……惨めなものだ。自分に負けるのはあまりにも惨めですね。最後は私の手で止めを刺してあげますよ」

 宙にいた覆面の男が地面に降り立ち。目の前に現れた剣を取ると、一歩一歩地面を踏みしめながら倒れているマスターの元へと向かってくる。その直後、マスターがニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 覆面の男はそれに驚き、慌てて彼から距離を取る。即座にマスターのコピーが覆面の男を守るように立ち塞がった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み