第236話 作戦決行4

文字数 2,710文字

 体制を整える為、一時的に物陰に息を潜めると、意識を失っているカレンの頬を軽く叩いて目を覚まさせる。

「カレンさん。早くHPを回復して、動けるようになったら小虎君と合流してくれ」
「でも、デイビッドさん。1人であれを相手するのは……」
「……いや、そうでもないさ。マスター達が来るまでの時間稼ぎはできる。それにほら……」

 デイビッドが辺りを指差すとカレンもその差す場所を見た。
 そこには多くの雑魚モンスター達が、目をギラギラさせながら一定の距離を保った状態で待機している。

 おそらく。ミノタウロスの攻撃範囲に入って、同士討ちを防ぐ為のプログラムが施されているのだろう。

 ミノタウロスは辺りの木々を手当たり次第に薙ぎ払い、姿を消した2人を探している。カレンの攻撃を受け激昂しているのか、大きなハルバードをところ構わず振り回すその姿はまるでバーサーカーだ――デイビッド達が見つかるのも時間の問題だと思われた……。

「もう隠れているのも限界だろう……他のメンバーの所に行かれるのもまずい。俺はいくから、カレンさんは早く回復を!」
「――ちょっと、デイビッドさん!」

 止める声よりも早く木の陰から飛び出していったデイビッドの背中を見送り、カレンが急いでヒールストーンを頭上に投げてHPを回復する。

 急に視界に入ってきたデイビッドを見て、ミノタウロスが嬉しそうにニヤッと笑い天を仰いで咆哮を上げた。

 デイビッドは神妙な面持ちで刀を構えると、大きく叫んで突っ込んでいく。

 突撃してくるデイビッドを見たミノタウロスの瞳が大きく見開き、手に持っているハルバードを振りかざす。

 雄叫びとともに力強く振り下ろされたハルバードの刃をかわし、デイビッドが地面を蹴って跳び上がる。

 デイビッドは柄を握る両手に力を込めると、ミノタウロスの胸に大きく刀を振り抜く。その巨体の胸元に、斜めに大きな斬り傷が付いた。

 ――ブロオオオオオオオオオオオオオッ!!

 苦痛に口から体液を撒き散らし、天を仰ぎ咆哮を上げたミノタウロス。

 だが、すぐにその赤い瞳がデイビッドを捉え拳を振り抜く。
 その拳が当たる直前、デイビッドの体が赤く光り、地面を球の様に転がったが彼はすぐに体制を立て直し。  

「はあああああああッ!!」

 雄叫びを上げたデイビッドが間髪入れずに、再度ミノタウロスに攻撃を加えた。だが、今度は怯むどころかミノタウロスもすぐに反撃してくる。

 ノーガードで互いに激しい攻撃を繰り返し、HP徐々に減少していく。だが、攻撃を受ければ受けるほど、デイビッドの体を覆う赤い光が強く大きくなっていく。
 デイビッドのHPゲージが危険域のレッドゾーンに突入した時、今まで肉薄した接近戦を繰り返していた彼がミノタウロスの体を蹴飛ばし、その反動を利用してあからさまに距離を取った。

「これだけ削れれば十分だろ! 行け。アマテラス!」

 振った刀身からは赤黒い炎が先程とは比べ物にならないほどの勢いで、ミノタウロスに向かって放たれた。

 ミノタウロスは先程同様に地面を踏み荒らし土煙を立てて掻き消そうとしたが、その程度の小細工が通用するレベルの勢いの炎ではない。先程の炎とは桁が違う……。

 波の様に押し寄せる赤黒い炎がミノタウロスの全身を飲み込み、断末魔の叫びを上げながら、もがき苦しみながら持っていたハルバードを辺り構わずがむしゃらに振り回す。

 凄まじい勢いで減っていくミノタウロスのHPゲージを見て、デイビッドはやりきった表情でその場に倒れ込む。地面に大の字になったまま円状になっている自分のHPバーの残量を確認して、呆れたように苦笑いを浮かべた。

「ははっ、ほんとギリギリだったな……」

 小さく呟いた彼の言葉通り。HPバーは残りわずかで円の中心に表示されている数字は『15』だった。デイビッドの元のHPが上限値の『1000』だから、本当にギリギリだったことが良く分かる。 

 笑いながら上を見上げているデイビッドの視界に、赤黒い炎に包まれた激昂するミノタウロスの姿が映る。
 
「――なっ!? まだ動けるのかッ!?」

 咄嗟に動こうと体に力を入れたが、ダメージを受けすぎたせいなのか、体が思うように動かない。
 咆哮を上げながら振り下ろされたハルバードの漆黒の刃を見つめ、諦めにも似た笑みを漏らす。

 デイビッドは『まあ、ミノタウロス一体と相打ちなら、十分か……』と思いながらゆっくりと瞼を閉じた。その直後、ミノタウロスの叫びが聞こえて閉じた瞼を開くと、カレンに殴られたミノタウロスの巨体が揺らいで倒れる姿が彼の目に映った。

 地面に倒れたミノタウロスの体が光に変わり、振り返って微笑むカレンだけがその場に残った。

「油断しすぎですよ、デイビッドさん。敵を撃破する前にそんな格好をしているなんて」
「……ど、どうして君が、まだここに?」

 驚きを隠せないと言った表情で、見開いた瞳を彼女に向けるデイビッド。

 そんな彼に、当たり前のようにカレンが言葉を返す。

「どうしてもなにも、俺は師匠の言葉に従っただけです。『雑魚に構わず、ミノタウロスを撃破しろ』と……それとこれを!」

 カレンがデイビッドに向けてヒールストーンを投げると、ヒールストーンがデイビッドの空中で緑色の光を放つ。

 同時にデイビッドのHPが上限まで回復して、ヒールストーンは輝きを失ってただの石に戻る。 

 だが、HPが回復したからと言って油断できないのが、この【FREEDOM】というゲームの仕様で、ダメージを受けるとHPの減少とともに血は出ないが負傷も負うことになる。

 負傷を受けた状態でダメージを受けると、負傷がない状態よりも多くのダメージを受けることになってしまう。
 HPや異常状態はそれぞれのストーンで回復できるものの、負傷だけは宿屋などでしか回復することはできないので、戦闘をして怪我をすればするほど、HP管理が難しくなってしまうのだ――。

 しかし、ミノタウロスを倒してほっと一息つくのも、どうやら敵は許してはくれないらしい。

 2人を取り囲むようにして、雑魚モンスター達が血の気の多い眼差しで得物を構えている。
 まあ、雑魚とは言ったものの、全てのモンスターに村正と同じ物を持たせている以上。レベルやステータスは上限であるLv100の状態まで強化されていてる為、一体一体が手強いのだが。

 スケルトン、ゴブリン、リザードマン、オークの下位、上位種の入り混じった無数のモンスター達の殺意に満ちた突き刺すような視線を受け、2人も気を引き締めた表情にならざるを得ない――気を抜けば敵の勢いに飲み込まれそうなほど、モンスター達の放つ闘気は凄まじかった。
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