第321話 反撃の意志2

文字数 2,671文字

 ギルドホールを出ようとしたエミル達を、入り口で紅蓮が待っていた。まるでここにエミル達がくると最初から分かっていたかのようだ……。

「――やはり来ましたか……彼女が倒れた時、白雪が救出に入る前に貴方達が先に助けに入ったので来るとは思ってました」
「――――ッ!?」

 紅蓮の言葉を聞いたエミルの表情が一変した。それは彼女が星の話を出したからなのは間違いない。
 そんなエミルの言葉を待つ前に、紅蓮は深く頭を下げた。もちろん、それに驚いたのはエミルだけではなくその場にいた全員だった。

 そして顔を上げた彼女はそれ以上に驚きの提案をエミル達にしてきたのだ――。

「それでは戦力不足です。私は体の関係で残念ながらいけませんが、代わりにメルディウスを連れて行って下さい。戦力としては一人で5万人に匹敵しますし、彼も戦闘ができずにイライラしていたのでちょうどいいでしょう」
「えっ!? で、でもそれでは街の守りは……」
「そうだぜ! 俺が出たらお前はどうするんだよ!」

 驚き目を見開くエミル。そしてそれを聞いて、慌てて紅蓮の前に出たメルディウスは彼女の赤い瞳を見つめた。

 紅蓮はため息を漏らし、動揺を抑えきれずに細かく動く瞳を真っ直ぐに見つめて告げた。

「私達はそれほどやわではありません。もし、貴方達が居ない間に敵が別方向から奇襲してきたとしても、貴方達が戻るまでは耐えてみせますよ。貴方やマスター、剣聖が居なくて落とされたと言われたら四天王と呼ばれてきた私の立場はないですからね……貴方一人だけがテスターであり、四天王と呼ばれる存在ではないのです」

 彼女のその瞳の奥には、己が死んでも街とそこにいるプレイヤーを守り抜くという決意が見えた。それを見たメルディウスは「分かった」と小さく頷く以外にはない。もし、それ以上彼女に言葉を吐けば、彼女のプライドを踏み躙る行為だと分かっていたからだろう。

 彼が頷いたのを見て、微かに表情を和らげた直後、今度は彼女の横に立っていた白雪が真剣な面持ちで言葉を発する。

「……紅蓮様。私もギルマスと一緒に行ってもいいでしょうか!」

 少し驚いた様子で隣に居た白雪を見上げた紅蓮は、彼女の瞳を見て全てを悟ったように頷いた。彼女もそんな紅蓮に軽く頭を下げると、礼を言ってエミル達の方へと歩き出す。

 白雪としては、以前エレベーターの中での星とのやり取り。そして、戦闘で彼女が倒れたことを自分の責任だと思ったのかもしれない。

 紅蓮の話でも白雪が倒れた星を助けに行こうとして、エミル達が先に入って助けたと言っていた。
 本来ならば星に助けるのは、先に彼女に助けを求めたのは白雪のはずだった……そんな彼女が、目の前で先にエミル達に連れていかれたのを見せられるのは断腸の思いだっただろう。その時、自分の無力さを彼女は何より呪ったに違いない。

 白雪からすれば、今回の戦闘に参加するということは星に責任を背負わせるしかなかった彼女のせめてもの罪滅ぼしなのかもしれない……。

「――白雪」

 紅蓮は突如歩いている白雪を呼び止めた。驚き振り向く彼女に歩いていった紅蓮は、コマンドを操作してある物を彼女に向かって突き出す。その手に握られていたのは、真っ白な鞘に金色の紐の下げ緒が付いた美しい刀だった。

 それを見た白雪は驚いた表情で、紅蓮の手に握られているその刀を見た。

「敵は物理攻撃が効きません。これを持っていって下さい」
「それは小豆長光! ですが、それは紅蓮様の愛刀ではないですか! 持っていくと言っても、トレジャーアイテム装備には使用者登録が……」

 白雪の言う通り。比較的に高額になるトレジャーアイテムの中でも武器や防具などの装備アイテムには、盗難や窃盗などの防止機能として使用するプレイヤーの名前を記入しなければ使えない処置が施されている。これを解除するには、プレイヤーがゲーム内から完全に引退する必要があり。しかも、ギルドホールから譲渡するには基本的に180日間の期間を要する。

 何故なら、RMTによってリアルの金銭の取り引きを許可している以上。ゲーム内アイテムであっても資産であり、実際に譲渡する人間に現実世界で確認を取って書類を送り署名捺印してもらわなければいけないからなのである。
 
 ゲーム内通貨は仮想通貨扱いであり。しかも、本来ならば税金の掛かるはずのものである。

 しかし、開発元がどこの国にも所属していない国際的な組織である為、例外として税金を免除されている。これもこのゲーム【FREEDOM】が全世界的に爆発的にヒットした理由である。だからこそ、運営と完全に連絡手段を切断されているこの状況下で、今すぐに紅蓮が使用者登録を行っているこの武器を白雪に譲渡するのは不可能なのだ――。
 
 そんなプレイヤーならば誰でも知っていることを、ベータテスト時代からこのゲームをプレイしている紅蓮が知らないはずはない。

「安心して下さい。これは私が使っているものとは違います。貴女専用に私が用意していたものです」
「――私専用……ですか?」

 白雪はそれを聞いて紅蓮の言葉が信じられないと言った表情でその場に立ち尽くしている。

 そんな彼女の手を取ると、紅蓮が持っていた刀を握らせる。

 白雪は放心状態のまま、口を開けて手渡された刀を見下ろしていた。

「貴女の今の装備では物理攻撃の効かない敵とは戦えません。それに――」

 紅蓮は自分の着ている真っ白な着物の上に手を置いて、感慨深げに瞼を閉じた。そして少し間を置いて、再び口を開く。

「この着物を渡された時に貴女は言いました。この着物を私だと想って下さいと……私はこれを気に入っています。何度もこの着物には助けてもらいました。いつかお礼をしたいと思っていましたから、これはいい機会です。貴女もこの刀を私だと思ってしっかりやってきて下さい――信じていますよ白雪……」

 紅蓮のその言葉に、正気を取り戻して受け取った刀を掲げて地面に膝を突いて頭を下げた。

「必ず紅蓮様の期待に応えてみせます!」

 満足そうに白雪を見つめる紅蓮の優しい眼差しに、メルディウスが笑みを浮かべ周りに居たエミル達に叫ぶ。

「さあ、俺達の準備は整ったぜ! お前達が良ければすぐにでも出れる!」

 エミルも仲間達の顔を一人一人見ると、皆決意に満ちた瞳で頷く。それを確認してエミルも頷くと、決意に満ちた瞳でメルディウスを見た。

 メルディウスはニヤリと不敵な笑みを浮かべ告げる。

「準備はできてるようだな……なら行くぞッ!!」

 皆無言のまま頷くと、ギルドホールを飛び出していった。
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