第342話 太陽を司る巨竜5

文字数 2,967文字

「それはできないわ。紅蓮さんの攻撃は手数の多さで圧倒する。言うなれば、ゲームシステムの最低値ダメージを利用した戦闘方法で、一撃のダメージは私には遠く及ばない」

 刀の柄に手を掛けて一気に不機嫌になった紅蓮の体を纏う雰囲気に、エミルは両手を前に突き出して静止するよう促す。

「待って! 挑発する気はないの。ただ、相性の問題を言っているの!」
「……相性? なら、貴女は私よりもあのドラゴンと相性がいいと?」
「ええ、私のドラゴンは形態と武装を変える事ができる。最低値のダメージを与えることができない時点でイレギュラーよ。それにあのドラゴンの攻撃で紅蓮さんのスキルが発動しない可能性だってあるわ。それに、紅蓮さんはこの千代の街のプレイヤーを纏めるために必要な存在、失えば士気に関わる。でも私達は言うなれば、一兵士でしかないわ。ここは私に任せて、必ず時間を稼いで見せる!」

 エミルの力強い言葉に、紅蓮も渋々ながら刀の柄から手を放すとゆっくりと頷く。それにホッとしたのも束の間、紅蓮が再び口を開いた。

「ですが、私が無理だと感じたら貴女の意思には関係なく。私が出ますから覚悟していて下さい」

 その彼女の言葉に苦笑いを浮かべたエミルは「そうならないように頑張るわ」と答える。

 すると、紅蓮はそんな彼女に神妙な面持ちで告げた。

「――無理そうなら、すぐに退いて下さい。約束ですよ?」
「はい」
 
 彼女の言葉にエミルも真面目な顔で頷くと、紅蓮の元を後にした。

 次に向かったのは、予想外にも敬遠している影虎のところだった。
 漆黒の巨竜ファーブルに乗った彼は、上空に舞い上がったまま止まっている赤い巨大なドラゴンを見つめ、呆然としている。まあ、それも彼に限った話ではなく。他のプレイヤー達も呆然と空を見上げている。

 だが、それは当然だ――飛行能力を持つ影虎でさえこの有様だ。それ以外のプレイヤー達には飛行する敵と戦う為の攻撃手段がない。しかも唯一の攻撃手段だった弓矢も歯が立たないとくれば、手の打ちようがない。そんな彼等にできるのは、ただただ空に浮かぶ巨大なドラゴンを見上げることしかできないのだ。
 
 空に浮かぶ巨大なドラゴンを成す術なく呆然と見つめていた影虎は、近くにエミルが来たのを見て慌てて自信に満ち溢れた表情へと変えた。

 いつも自信満々で強気な彼のことだ。エミルに弱気な姿を見せて、彼女に情けない男と思われるのを嫌ったのだろう……。

「おう、北条。どうした?」 
「……その北条って言うの止めてくれない? 私は伊勢! まあ、いいわ……あなたのドラゴンを一時的に私に貸してくれない?」

 エミルは影虎の乗っているファーブニルを指差しで言った。だが、それを聞いた影虎は驚き身を仰け反らせると、エミルに向かって叫んだ。

「なっ、なにを馬鹿なことを! 俺のドラゴンの中でも最強のファーブニルを貸し出せだと!? そんな事できるわけがないだろうが! あいつが見えないのか? あんなデカブツを相手に、ファーブニルなしではなにもできない!」
「だからあれを倒すのに、私と同じ固有スキルを持ってるあなたのドラゴンが必要なのよ!」

 しかし、納得できないという至誠を一貫して崩すつもりのない影虎は、エミルの申し出を断るようにそっぽを向いている。

 そんな彼に、エミルは顔の前で手を合わせて頭を下げた。

「――お願い! 私の持っているドラゴンじゃダメなの! もう。あなたのドラゴンに懸けるしかないのよぉ……」

 そう懇願したエミルは上目遣いに影虎を見ると、彼はそれを見て頬を赤らめてむすっと視線を逸しながら言った。

「……フン。好きにしろ! だが、今回だけだからな!」
「ええ、分かったわ! ありがとう。上杉君!」
「――上杉君はやめろ! 俺の事は……影虎と呼べ。え、愛海……」
「…………」

 恥ずかしそうに鼻の頭を掻いた影虎は、どさくさに紛れてエミルのリアルの名前を呼んだ。彼にエミルは少し嫌そうに眉を動かしたが、愛想笑いを浮かべて彼をリントヴルムに乗せる。すると、影虎はドラゴンを巻物の状態に戻して、その巻物をエミルに差し出す。

 エミルはそれを受け取ると、影虎から受け取った巻物を空中に広げて縛っていた紐の先に付いた笛を鳴らした。その直後、エミルのリントヴルムの右に、漆黒の鱗を身に纏ったドラゴンが現れる。

 二体のドラゴンが互いに咆哮を上げると、エミルは首に下げていた赤、青、黄の三色の捻れた笛取り出し、隣にいた影虎の顔を見て無言のまま互いに頷いた。

 覚悟を決めた様な表情で握っていた笛を吹くと、二体の間にブラックホールの様に渦巻く闇のワームホールが現れ、その中に二体のドラゴンが吸い込まれてしまう。
 空中に放り出されたエミルと影虎だったが、影虎が素早くワイバーンを召喚して事なきを得た。だが、現れたワームホールは一瞬の内に集束して消えてしまった……。

「「……え?」」

 さすがにこれには、エミルも影虎もびっくりした様子で目を見開いたまま呆然としている。
 まあ、無理はない。リントヴルムとファーブニルは、2人にとって最大戦力のドラゴンなのだ。それを一度に失えば、それは言葉も出なくなるというものだろう……。

 呆然と消えたニ体のいた場所を見ていた影虎がハッとしたように我に変えると、隣にいるエミルに向かって叫んだ。

「おい! どういうことだ! 合体したら強くなるって言ったじゃないのか!?」
「私だって知らないわよ! まだ謎の多いアイテムだし、私だって全部を把握しているわけじゃないのよ!」
「どうしてそんな危険なアイテムをホイホイと使ってるんだ! だいたい効果も分からない道具を普通は使うか!? これだからお前の一族は……常識がなさすぎるだろ!!」

 彼の『常識がない』という言葉に、エミルの我慢が爆発する。
 
 俯いている彼女は全身を小刻みに震わせながら拳を握り締めて言った。

「……常識がないですって? 中学の時から、私のストーカーをしている。あ・な・た! に言われたくないわよ!! だいたい。私だけが悪いって言うの!? 私のドラゴン達だけなら普段はちゃんとできてるんだから、原因はあなたのドラゴンの方にあるんじゃないの!?」

 詰め寄った彼女は影虎の顔に指を差しながら強い口調で言うと、彼もそれに反論した様に言い返す。

「なんだと!? ドラゴンを貸してくれって泣きながら言うから貸してやったというのに、なんだその口の利き方は!!」
「貸してとは言ったけど、泣きながらは言ってないわ!! いつどこで私が泣いて頼んだって言うの!? あなたのその目は節穴ね!!」

 そう叫んだエミルに、我慢の限界と言った様子の影虎は腰に差していた刀に震えた手を乗せた。

 その直後、彼の体から凄まじいほどの殺気が湧き上がる。

「……この。やはりお前とは、刀を交えて決めるしか方法はないようだな!!」
「……ええ、こっちだって望むところよ。この機会に厄介払いして上げる!!」 

 エミルも左右の腰に差した剣の柄に手を掛けると、全身から殺気を滲ませながら鋭い眼光を放って影虎を睨み付けていた。

 険悪なムードが漂う中。突如として、消失したはずのワームホールが出現する。向かい合って殺気を放っていた2人は、それに気が付き空中に現れた闇の空間を見つめている。
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